第六話 シンシア、貴族街に舞い降りる その1
「こんなところで茶会など、陽射しが実に煩わしい。そこに無駄に大きな木があるだろう。なぜわざわざ木陰を避けるように。はぁ。君は、本当に気が利かないね。君の妹とは大違いだ。」
シンシアは、目の前で不平不満を垂れ流している男性を一瞥した。しかし、彼女は何の言葉を発することも無く、すました様子で目の前のティーカップに手を伸ばす。優雅な所作でゆっくりとカップを口へと運んだ――。
シンシアと男性は、魔王島貴族街にある伯爵家の庭園にいる。彼らは、庭園の隅っこに置かれた真っ白なテーブルを囲んで定例の茶会を開いている。
庭園を象徴するかのように堂々と聳え立っている巨木をわざわざ避けるように設置されたこの茶会の会場は、雲一つない空の頂点からの光を一身に受け、ぎらぎらとしていた。
男性は、黙って紅茶を飲んでいるシンシアに対してその不快感を隠そうともせずに、眉間をごりごりに盛り上げて腕組みをしている。それと分かるようにガタガタと貧乏ゆすりも始めた。
シンシアは、つばが上品にうねりひろがる真っ白な帽子をさらりとかぶり、真っ白なワンピースを涼し気に纏っている。艶やかにカールする睫毛を控えめに伏せてゆっくりと紅茶を飲み続けていた。
男性が、煩わしそうに空を睨んだ。陽の光が、男性の漆黒のトラウザーを、容赦なく射貫き、焼き付ける。男性の額には、汗がにじんでいる。
シンシアは、男性をちらと盗み見て、涼しげな笑みを一瞬だけ浮かべた。男性は、彼女の一瞬の表情の変化に気づくことなく、再び文句を垂れ流し始める。
「だいたい、君は、私が何を言っても無反応。無表情。何もない!! 聞いているのか?! はぁ。まったく、いつもだんまり。ひとことも喋らない。ニコリともしない。陰気臭い。つまらない。はぁ。いったい何なんだ君は。
少しでも君の妹のナンシーを見習ったらどうだ? 君と違って、ナンシーは、君との茶会の時、誰よりも真っ先に私を出迎えてくれるのだよ。お姉さまがいつもすみませんと言って、可愛らしく、可愛らしーく私に話しかけてきてくれるんだ。
いつも遅れて出迎える君の代わりにナンシーは、彼女の部屋へと案内してくれて、私の横で彼女は、ずっと私をもてなしてくれるんだ。こんなだだっ広い、暑苦しい庭の隅っこではなく、涼しく快適な彼女の部屋でね。本当に君と違って、彼女は本当の癒しだよ。」
シンシアは、男性が一方的に話すのをただ静かに聞いていた。
「君は、そんな優しいナンシーの事をいじめているそうじゃないか、ずいぶんと熾烈な事をしているようだね。
全部ナンシーから聞いたよ。君は、彼女のドレスを破いたり、彼女が舞踏会に参加できないようにと、彼女の宝飾品を盗んでは彼女を困らせているそうじゃないか。
幾ら君と彼女が腹違いの姉妹だとしても、そこまでいじめる必要はないだろう。もっと寛大な心で彼女の事を受け入れてはどうだい。この貴族の世界で愛人の一人や二人、常識だよ。もう何度も君にそう忠告してきたのに、なぜ君は改心しようとしないんだ。呆れ果てたよ。それでも貴族かね。」
シンシアは、この一方的な男性の言い分にも口を一切挟まずに、静かに紅茶を堪能している。
「はぁー。君がそんなに冷たい人間だとは思わなかったよ。貴族としての資質に欠けるね。わが侯爵家としては、家族を虐げるような性格の歪んだ人間を迎え入れるわけにはいかない。ようやく心が決まったよ。」
ナンシーこちらへ。そう言って立ち上がった男性は、ピンク色のふわふわ衣装に身を包んだ女性を呼び寄せた。
ナンシーと呼ばれた女性は「はーい。ジョーン様ぁ。」と言って、ジョーンの腕に絡まった。ねっとりとした目つきで彼を見上げる。ねっとりとした視線でナンシーを見つめ返したジョーンは、ニヤリと満足げに笑ってからシンシアを見て言った。
「グレース、君には愛想が尽きたよ。家族を平気で貶めるような君と結婚は出来ない。彼女を私の新しい婚約者とする。純粋な心を持っている彼女こそ、私の真実の愛だ。君との婚約は破棄する。私は、君ではなく彼女とこの伯爵家を継がせてもらう。」
満足げな表情でナンシーを見つめたジョーンがシンシアに視線を移す。
シンシアは、ひとつ、かすかに息を吐いた。手に持っていたカップを静かに置き、ゆっくりと顔を上げた。
「もう終わったか? テンプレだな。つまんねぇ。」
地に響くような野太い声色で、シンシアはそう言ってジョーンを睨んだ。