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第五十七話 勇者は気になる古書店のカーテンの向こう側

「よし、これで最後か――。平民街(こっち)はいろいろと不便だな。」


 水がなみなみと入った木桶を手押し車に積みながらアーチャーは、オフィーリアに話しかけた。


 東の空が白み始める。夏も終わりに近づいてきた島の早朝は、キンとした海風が支配するようになっていた――。


 孤児院の子どもたちの飲料水を調達するため二人は、初代白魔法使いが遺した地下の井戸と地上の手押し車を何度も往復していた。


 アーチャーの額には汗が滲み出てきた。息を荒くしながらアーチャーは感心したようにオフィーリアを眺めていた。


「それにしても、伝説とか昔話だと思っていた勇者が本当に存在していたとはな。しかも、こんな小さな――」


 手押し車にもたれ掛かりながらアーチャーは、息を整えながら言った。


「何よ。また私の悪口? がりがりしていても水くらい運べるわよ。」


 オフィーリアは、頬をぷくりと膨らませながら腕を組んだ。彼女は、アーチャーのように疲れた様子を一切見せずにただ淡々と彼と同じ量の水を運んでいた。


 汗すらかくことなく、彼女は目を細めてアーチャーへの抗議の表情を作っている。


「あ、それ、覚えたてのリアちゃん渾身、怒りのぷりぷりか? やめとけ。やめとけ、それただ可愛いだけだから。そんな顔を島の男たちにプレゼントして歩いてたら、あのヤンデレ魔法使いがまた怒るぞ。俺は、感心してるんだよ。こんな重いものを何度も......しかも毎日だろう? よく続けているな。」


「こんなの大したことないわよ。帝国に住んでいた頃は、ずっと山の中で水や食料を自分たちで調達していたもの。綺麗な水が出る井戸があるだけまだましよ。」


 アーチャーは、オフィーリアの言葉を聞いて少し驚いた表情を見せた。


「お前、帝国に住んでいたのか? あっちってどんな感じのところなんだ?」


「帝国っていっても、私たちが住んでいたのは大陸の隅の山の中よ。半年に一回とか、山を下りて村に必要なものを買い出しに行かせてもらえたけど、ここよりずっと田舎だったわよ。」


 オフィーリアは、大したことなかったわと答えた。


「そうか。俺、ここを出たことないから――。ほら俺が働いていたカフェあるだろう? お前の言ってたシャンデリアの――」


 オフィーリアは、横目でアーチャーを見ながら頷いた。


「そこのオーナーが変わって俺は仕事を辞めた訳だが、その前のオーナーってのが、投資に成功したとかで帝国に移住することになったんだ。」


「投資――。もしかして、マークさんみたいに?」


「そうなんだよ。こっちとは違って、帝国は景気が良いんだな。俺たちみたいな貴族崩れも投資するだけの金があれは、みんなあっちで心機一転、悠々自適な暮らしができるんだもんな。」


「アーチャーは、お金を貯めなかったの?」


 オフィーリアは、不思議そうにして尋ねた。


「ああ、俺は、まだ慰謝料の返済がな――」


 アーチャーは、そう言って表情を暗くした


「そっか」


 オフィーリアは、アーチャーの言葉を聞いてまるで自分のことかのように落ち込んだ表情を見せた。オフィーリアが悲しそうに俯いているのを見たアーチャーは、彼女の頭を撫でながら言った。


「これは、俺が決めて、俺が婚約破棄をして、俺が金を払ってる。全部俺が決めたことで続けていることだ。納得もしているし、間違ったことをしたとも思っていない。ま、婚約者にあんなことして間違ってなかったなんてことはないが――、俺にもいろいろあったんだよ。」


 大丈夫だ。心配するなと呟いたアーチャーにオフィーリアが上目遣いで彼を見た。


「お、おい! お前、その顔マジでやばいぞ。そんな顔――ぷりぷりより、ひでぇ......」


 破壊力はんぱねぇと言いながらアーチャーは、頬を染めた。それからすぐに場を取り繕うようにして、オフィーリアの頬をつついたアーチャーは、まだ足りないと、今度は、彼女の頬をつねった。


「いたっ。なんなのよ。せっかく人が。――まあ、いいわ。今日はね。これからが勝負なのよ。」


 オフィーリアは、アーチャーの焦りをよそに、白い歯をみせてニカっと笑うとまた、腕を組んで見せた――。




「――ここよ。予想以上に時間が掛かってしまったわ。水をなみなみと入れていたから、仕方ないわね。」


 オフィーリアは、そう言って一人で推していた手押し車をそっと地面に置いた。


「お前、正気か?! 何も持っていない俺すら追いかけるだけで精一杯だったのに――、そのひょろひょろの身体のどこにそんな力が――。」


 はぁはぁと息を切らしながら、アーチャーは驚きの声を上げた。


 オフィーリアは、「アーチャーは、鍛錬が足りないのよ。」と言って口角を上げてみせた。


「さ、少し時間が掛かってしまったけど、まだ――、大丈夫ね。」


 古書店を目の前にしてオフィーリアは、満足そうに頷くと、すぐに扉を開け放った。


「カール!! おはよう! さぁ! 私にカーテンの向こう側を見せてちょうだい!」


「リア、あんた。また、馬鹿なことを。」


 店内では、呆れた表情をした商会長のクレアが腕を組みながらオフィーリアを出迎えた。オフィーリアの後ろから現れたアーチャーに気がついたクレアは、ニヤリと意地悪そうに口角を上げると、


「あんたが、あの有名な悪役だね。これから私らの仲間になるんだってね。知ってるよアンタのこと、でもこっちの住民はみんな逞しいからね。あんたの姑息な罠にひっかかる女なんて一人もいないから――。諦めな。」


 しっかり働くんだよ。と言ってアーチャーの視線を捉えた。


 アーチャーは、クレアの鋭い視線に、肩を竦めながら答えた。


「リアをみてりゃあ、分かるよ。平民街(こっち)の女は、逞しいどころの話じゃないだろ。怪物だ。怪物。余計なことしたら一瞬で()られるよ。俺もそこまで馬鹿じゃない。――それに、もう誰にも手を出さねぇよ。」


 オフィーリアは、二人のやりとりなどまるっと無視して足早にクレアの横を通り過ぎた、彼らの後ろにどっしりと構えているカーテンに手を伸ばしたところで、カーテンが内側から開いた。中から満面の笑みのルークが顔を出す。


「残念だったね、フィー。あと少しだったのに。」


 ルークが嬉しそうにオフィーリアの伸ばしかけの手を取った。


「なんで?! 完璧だったのに!」


 オフィーリアは、悔しそうにして顔を歪めた。


「誰でもわかるさ。あんた、マークが店主してる時からこのカーテンの向こう側に興味津々だったろう?」


 クレアがやれやれと言った表情で答えた。


「あそこは、まだあんたには早いよ。中のものは今朝早くカールとルークと一緒に移動したから、もうなんにもない。諦めな。」


 クレアの言葉にオフィーリアはキッと顔を上げてルークを見た。


「うそ!? ルークは、見たの?! 移動したってことは見たってことよね? ずるい! 一人だけ! ねぇ。何があったの? 島のおじさんたちがスキップしながら入るのよ!! 絶対いいものがあったのよね!?」


 教えて、見たのでしょう。と縋り付くオフィーリアにルークは、顔を真っ赤にしながら、「知らない、見てない。言わない。」と繰り返している。


 アーチャーは、三人の様子を眺めながら力が抜けたようにふっと笑顔を見せた。


 彼が平民街に来て初めて見せた自然な笑顔に、先ほどからずっと静かに隅で佇んでいたカールが嬉しそうな笑顔を浮かべた。

大人しか入れないカーテンの向こう側って、わかるだろ流石に16歳なら…っていうのは、ご都合主義と言うことでお願いします!

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