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第五十五話 勇者と悪役令息アーチャー

「――カール、そろそろお昼にする?」


 オフィーリアは、すっかり綺麗になった部屋の中を満足そうにして見渡しながら尋ねた。


 オフィーリアとカールは、貴族街でカールが住んでいた部屋を訪れていた。カールは、騎士見習いとしてバスティオン侯爵家で鍛錬を積んでいたが、体調不良の妹に少しでも付き添いたいとの希望で、当面の間、平民街に住み、オフィーリアたちとともに働くこととなった。


「――リアさん、この部屋、見違えました。こんなに綺麗にしてもらって、俺が住んでいた頃とはまるで別の部屋みたいだ。」


 カールは、部屋にかけられた淡い色のカーテンを触りながら、嬉しそうな笑みを浮かべて、オフィーリアにありがとうと礼をした。カールが使用していたテーブルやベッドは、綺麗に整えられていた。二人は、数日かけてこの部屋を片付けた。オフィーリアは、ギルドで使用していた中古の家具や、手芸店で余った端切れを利用して、カールの部屋の内装を入れ替えていた。


「どういたしまして。本当は、次の人の為にも新しいもので揃えたかったんだけど――。」


 ごめんねと言ってオフィーリアは、眉尻を下げた。


 カールは、いやいやと首を振りながら、「これで本当に充分ですよ。次に住む人も絶対喜ぶと思います。」


 少しだけ頬を染めて彼は、はにかんだ笑顔を見せた。


「――カール、引っ越すのか?」


 開け放っていた扉から男性の声が聞こえてきた。


 カールは、声を聞きつけ扉の近くまで駆け寄った。扉にもたれ掛かっている男性に笑顔を見せる。


「そうなんです。ようやく妹と一緒に住めるようになったんです! アーチャーさんにも夜に伝えに行こうと思ってたんです!」


 カールは、元気よくアーチャーに答えた。


 アーチャーと呼ばれた男性は、深い緑色の瞳を細めると温かい笑みを浮かべた。


「お前の念願の二人暮らしか、良かったな。二人だとここはきついしな。そっか、本当に良かったよ。カール、おめでとう。――それにしてもお前、この部屋、すっかり見違えたな。」


 俺の部屋も頼みたいくらいだと言いながら、アーチャーは部屋をしげしげと眺めた。


 隅で作業をしていたオフィーリアが、ひょっこりと顔を覗かせた。


 突然のオフィーリアの登場に、アーチャーは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにその端正な顔を崩した。にやにやしながら意味ありげにカールを見遣り、なんだ、お前も隅に置けないやつだなと言いながらカールを小突いている。


「ち、違いますよ。リアさんは、ギルドの方なんです。今回、妹が平民街のギルドの孤児院に移ることになって――、俺も妹と一緒にギルドの寮に住まわせてもらえることになったんです。それで、これから一緒に働くことになるリアさんが、今日、退去の手伝いに来てくれただけで――」


 顔を真っ赤にして違うんです、誤解ですと言ってあたふたしているカールを無視して、アーチャーは、すたすたと部屋の奥へと入っていった。


 彼は、オフィーリアの目の前に立つと彼女をまじまじと見つめながら言った。


「カールの恋人ね。なんだかちっちゃい奴だな。がりがりだし。お前、名前は?」


 アーチャーは、オフィーリアの額を指でつつきながら尋ねた。ニヤニヤとしながらオフィーリアを眺めている。


「貴方、初対面の人のことをちっちゃいとか、がりがりとか、まったく失礼な人ね。あとね、カールは、私の新しい仲間よ。大切なお友達なの。」


 勝手に恋人とか決めないで頂戴と、オフィーリアは、顔を背けた。頬をぷくりと膨らませながら、彼女は横目で、ちらりとアーチャーを盗み見て彼の反応を確かめた。アーチャーは、屈託のない笑顔で彼女を見ている。


 全然人の話を聞かないわこの人と呆れたように呟いたオフィーリアは、つっけんどんな態度で答えた。


「オフィーリアよ。」


「オフィーリアちゃんか。だからカールにリアって呼ばれているんだ?」


 カールは、納得した様子でまたオフィーリアの頬を指でつついた。


 不満げな表情を見せながらも黙って頬をつつかれているオフィーリアを見て、クククと笑ったアーチャーは、彼女が抱えている紙包みに視線を移しながら尋ねた。


「ん? 何だこれ? 食いもんか?」


 アーチャーは、ずいと紙包みに顔を寄せた。クンクンと匂いを嗅いでいる彼の飴色の髪がオフィーリアの鼻先をくすぐった。


 思わず身体をのけぞったオフィーリアの手から紙包みがするりと落ちる。


「お、あぶねぇ。あぶねぇ。」


 アーチャーは、素早く手を伸ばしてオフィーリアの手からこぼれた紙包みを掴んだ。紙包みの隙間に鼻を突っ込むようにしてクンクンと匂いを嗅ぐ。


「――これは、焼き菓子だな。一つ、もらっていいか?」


 アーチャーは、紙包みから顔を上げるとオフィーリアに尋ねた。


「良いわよ。でも、焦げちゃったし――あんまり美味しくないわよ。」


 オフィーリアは、ツンとしながら答えた。アーチャーを横目で見ながら、不安げな表情を見せる。


 アーチャーは、笑顔でどれどれと言いながら、紙包みから菓子を一つ摘まみ上げ口に放り込んだ。もぐもぐと噛みしめながら、彼は、何かを考えるようにして目線を彷徨わせた。


「――これは、窯の温度を上げすぎたな。あと、バターが少し足りないな。ぱさぱさしている。それと――、卵が多いかな。だから、焼き色も余計に濃くなる。」


 真剣な表情をして紙包みの中身を眺めた彼は、確信したようにそう言った。


 オフィーリアは、アーチャーの言葉に訳が分からないといった表情で、ぽかんとしながらアーチャーを見上げた。カールは、二人のやり取りを見て口を開いた。


「アーチャーさんは、料理人なんだよ。貴族街の有名なカフェレストラン。ほら、リアさんも行ったことがあるといっていた、アーチャーさんは、あのカフェで働いているんだよ。」


「え? あのおっきなシャンデリアの――」


 オフィーリアは、驚いたといった表情で尋ねた。


「まぁ。そうだな。正確には、働いていた、だけどな。」


 アーチャーは、ばつが悪そうな顔をしながらそう答えた。彼は、ぽりぽりと頭を掻きながら続けた。


「実は、昨日、やめちまったんだ。カフェのオーナーが変わっちまって。あいつの、ジェイミーの父親が新しいオーナーになって、それで――気まずくてな。」


 カールは、ジェイミーという名に少し首を傾げ、それから何かを思い出すとはっとしたような表情で、

「あのジェイミーさんですか?! アーチャーさんの元婚約者の――。」

言いかけてカールは、しまったという風に口を押さえた。


 気まずそうにして俯いているカールを、オフィーリアは不思議そうな表情で眺めた。

 

 アーチャーは、良いって気にすんなと手をひらひらさせてカールに言った。


「ま、有名だからなあの事件は、誰でも知っているから気にすんな。」


 アーチャーは、それからオフィーリアに視線を移すと軽い口調で言った。


「俺はな、十年前、婚約者以外の女に入れ込んで、婚約者に無実の罪を着せて彼女を公衆の面前でこっぴどく振った悪名高い元貴族だ。この貴族街(世界)では、有名な――悪人だ。」


「悪役令息――」


 そう呟いて顔を上げたオフィーリアの目には、苦笑しながら肩を竦めるアーチャーの姿があった。

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