第五話 恋愛小説の読み手を極めたその先には
「なるほど。君と最後に会ってから、百二十三日間。僕は君と一緒に生活するために、廃嫡に向けて必死に引きこもって、裏で着々と根回しして、不眠不休で君の為に頑張っていた。
その時にフィー、君は、君の趣味の世界を広げるために僕の事なんかすっかりと忘れて、島内を奔走していたんだね。
いろんな男を観察しては、さまざまな妄想を働かせていたと。そういう事だね。で、平民街にいるあらかたの男は制覇した。
それで、今度は未知の世界にいる近衛騎士に興味を持ちだしたと。そういう事か。ふぅん。」
全ての感情を削ぎ落したルークが、オフィーリアを見据えている。彼女は、ルークの不機嫌さをひしひしと感じながら、肩を竦めた。
永遠とも思えるほどに流れ続ける静寂。ルークから浴びせられ続ける冷ややかな視線に耐え切れなくなったオフィーリアは、口早に話し出した。
「い、いやだわ。ルーク。私は、ただ、恋愛小説に出てくる主人公、登場人物に、よりリアルさを求めただけなのよ。そのリアルさのお手本となったのが、たまたま近くにいたギルドのみなさんとか、レオンとか、時々、ロイドとか? だったってわけ。
もちろん、ヒロインだって、私じゃあないのよ。ご令嬢のシンシアさんとか、ローズさん? 町一番の美人で有名なアナベルさんとか、いろんな人をお手本に想像して、私とはまったく違う別人格として、新たな人物像を練り上げたのよ? 架空の人物によりリアルさを与えただけなの。
私なりに想像を膨らませて、完璧な理想のヒロインとヒーローを誕生させたの。恋愛小説を読み込んで、より忠実に、そしてリアルに、それがとっても大切なのよ。」
無理やり話しを纏めたオフィーリアは、ばつが悪そうに上目遣いでルークの返答を待った。
「そうだよね。フィーは、とことんやる性格だもんね。今回も、恋愛小説の読み手の頂点を目指すんだろう? それなら、僕も協力するよ。
君の事が心配だからね。君一人で突っ走らせるなんて、とんでもない。
なんせ今回は、編み物じゃなくって、恋愛だからね。
恋愛の頂点なんて、心配過ぎて震えるけど、仕方ない。
やめさせられないなら、近くで監視.....ではなくって見守るよ。
良かった。今、気がついて、手遅れになる前で、本当に良かったよ。うん。
きっと君は、恋愛小説を読むだけに飽き足らず、実際に小説の内容を試してみたいとか言って、レオンやロイドに頼んじゃうんだろうな......。本当に、本当に良かった。良かった。廃嫡されるのが、今で。」
ぶつぶつと独り言を言ったルークは、ふぅとため息をついて、目の前のオフィーリアに尋ねた。
「それで、今回の恋愛小説を読みこむっていう趣味の目標は? リアルさの追求って?」
「もちろん、決まってるわ。恋愛小説を極めて――。真実の愛を見つけるのよ! 人生をより楽しむためには、愛なのよ。愛! だって、エリザベスがそう言っていたもの!」
拳を握りながらキラキラと瞳を輝かせるオフィーリアに、ルークはまた今日二度目のげっそりとした表情を浮かべた。
決意を新たに興奮しきりのオフィーリアと、呆れすぎてあらゆる感情を失くし虚空を見つめるルーク。
二人が身に着けていたブレスレットがほんの僅かな瞬間、微かに光を帯びた。
二人の足元を一匹の小さな蜘蛛が素早く横切った――。