第四話 平民落ちしたい王子様と勇者の最後のお願い
「――実はね、兄上がようやく来年に立太子する事が決まったんだ。」
ルークは、驚いた表情をしているオフィーリアに満面の笑みを浮かべて仔細に説明をし始めた。
「先日、一番上の兄が正式な後継に決まったんだ。そして、次兄と弟にも、正式な婚約者ができた。
後継の兄がどうなろうともその次の次まで候補がいる状態になる。完璧だ。
この国の跡継ぎ問題は、ようやく解決したんだよ。
だから、もう、僕は、お役御免ってわけ。
僕、大体三男なのに、第四王子なんだよ。それだけでももう色々とみんな察しがついちゃうよね。役に立たない側室腹の僕は、いなくなってもかまわない。そういう存在だって周りからも思われていたし......。
もともと僕は、ワーデン叔父さんの配慮で療養目的として帝国に渡っていただろう?
だから、そのまま病弱なふりを続けて自室に引きこもってたんだ。早々に継承権争いから脱落したかったからね。
僕、フィーたちと一緒にいた時間の方が長いから、王宮に未練なんてこれっぽちもないんだ。
早く廃嫡して解放して欲しくって、だから、目立たないようにひっそりと生きていたんだよ。それが功を奏したんだ。スペアにすら選ばれなかった。」
「でも、そんなに簡単にうまくいくの? この前だって療養中だって言ってるのに、無理やり連れて行かれたじゃない。また、あっちの都合が悪くなったら、連れ戻されるとか――。」
オフィーリアは、難しい顔をしながらルークを見上げた。
「三年前、ルークが攫われるようにいなくなった時、マダム、すっごく怒ったんだよ。ワーデンさんに怒鳴り散らしちゃって。扇子で容赦なくぶっ叩いてたのよ。
ワーデンさんはずっとマダムに平謝りしてて、ぺこぺこって、王弟の威厳なんてなんもなかったよ。それでも、結局、三年も連れ去られたままだったでしょ。
私だって、当時はめちゃくちゃむかついて、本気で島のお城をぶっ潰そうと思ったし――。
また、やっぱり戻れとか言われて、連れ戻されちゃったりとか......しちゃうんじゃない......。ルークが、白魔法使いの先祖返りだとか、あっちにはワーデンさん以外には、ばれていないんだよね。」
オフィーリアは、不安そうな表情で尋ねた――。
勇者オフィーリア、獣人レオン、鍛冶屋ロイド、白魔法使いルークの四人は、異世界召喚者たちの先祖返りである。
彼らは、生まれてすぐに海向こうの帝国に移り住み、賢者の末裔であるマダムクロッシェのもとで暮らしていた。しかし、三年前、ルークは突然、強制的に島に連れ戻された――。
ルークは、心配そうに彼を見つめるオフィーリアに柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫だよ。フィー。誰にもばれてない。これは、マダムにも確認をとったことだから安心して。それに、ワーデン叔父さんだって何だかんだ、平民街で暮らしているじゃん。国王にも許可を取ったし。
まぁ。いろいろあるらしくって、完全に平民街に来れるのは、来年くらいになっちゃうけど。
でも、今日からいつでも来たい時に誰の許可も無く平民街に来れるようになったんだ。
今まで僕の周りにいた近衛も今日からはいないんだよ。誰も僕の監視をしないんだ。僕はようやく――自由なんだ。」
喜びを噛みしめるようしてルークは、拳を握りしめた。それからニカっと笑ったルークは、両手を広げて最高だよと、天を仰いだ。
「え? このえ――」
突然オフィーリアは、囁くようにそう呟いて、スカイブルーの瞳をきゅるんと輝かせた。うっすらと涙を溜めながら彼女は、両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。ふっくらとした頬を赤く染めてルークを見つめた。
首から頬まですべて真っ赤に染め上げたオフィーリアに、ルークは、驚いた様子でその目を見開いた。
両手を開いたままオフィーリアを見つめていた彼は、それから何かを悟った様子をみせ、最高に惚けた表情となった。
見つめ合う二人の間に沈黙が流れる――。
意を決したような表情でオフィーリアは、ゆっくりと口を開いた。
「ルーク......。私......。ルークがもう平民になるなら......。私...。」
期待感たっぷりにオフィーリアの言葉を待っているルークに、オフィーリアは、凛とした声音で言った。
「近衛騎士の絵姿が欲しい! お願い。ルーク。貴方の王子様の力で、私に近衛騎士様の絵姿を買ってきて。廃嫡されちゃったらもう買えなくなっちゃうわ。今しかないの! お願い!」
「ふぁ? え? 絵姿? 近衛騎士の? ぼ、僕の廃嫡の事は? え?」
二人の間に不穏な沈黙が訪れた――。