第三話 島の王子様
「あ、ひと目抜かしてしまっていたわ。花模様がひとつ抜けちゃって、歯抜けみたいになってる。歯抜けのブレスレットはさすがにダメよね。もう一度やり直さないと――。」
オフィーリアは、ふぅと息を吐き、手にしていたかぎ針を作業カウンターの上に置いた。
彼女は、難しい顔をしながらブレスレットを手に取ると、その端から飛び出ている糸を勢いよく引き抜いた。
先ほどまで形を成していたレース編みは、彼女が糸を引っ張るごとにするすると解かれて、たちまちに長い一本の糸に変わった。
無造作に重なり合うほどけた金色の糸を眺め、オフィーリアはもう一度、ふぅと息を吐き、天井を仰いだ。
凝り固まった身体をほぐすように伸びをしたオフィーリアは、それからおもむろにカウンター越しの玄関扉を眺める。
ガラス製の大きな扉には『オフィーリア手芸店』と書かれてた。店名の隙間からは、レンガ敷きの大通りが左右に延びている。影一つない大通りは、降り注ぐ陽の光をてらてらと反射していた。
「もうお昼か。編み物をしていると時間が経つのが本当に早いわ。お腹も空いてきたし、お昼にしようかな。」
オフィーリアは、横目で編みかけのブレスレットを見遣った。
半分ほど編まれたそれは、碧色と金糸が複雑に絡まり、その表面には、小さな濃紺のビーズがちりばめられていた――。
「でも、やっぱり......完成はさせたいのよね。中途半端だと、なんか、もやもやするの。シンシアさんによると、これ、エタるって言うのよね、確か。
小説じゃないけど、これ、ブレスレットだけど。エタッちゃって。ふふふ。
ああ。早く夜にならないかなぁ。そうしたら、寮に帰ってシンシアさんが貸してくれた小説の続き読めるのになぁ。
新しく島に越してきたシンシアさん、貴族なのに、島の貴族と違って本当にいい人なのよね。恋愛小説もいっぱい貸してくれたし、シンシアさんを紹介してくれたワーデンさんには、本当に感謝だわ。
シンシアさん、今度一緒にお茶してくれるって言ってたし、いっぱい小説のお話ししたいな。楽しみだなぁ。」
オフィーリアは、独り言をいいながら楽しそうな笑みを浮かべて、その視線を漂わせた。
しばらくしてもう一度金糸の山を見たオフィーリアは、それから短く息を吐いて、よし、終わらせちゃおうと、再びかぎ針を手に取った――。
――コン、コンコン、コッココン
静寂を破り、軽快なノック音が店内に響いた。反射的に顔を上げたオフィーリアは、ノックと同時に扉を開いていた男性を見上げた。
素早い身のこなしで店内に滑り込むように入ってきた男性は、濃紺のきりりとした瞳で、オフィーリアを見据えた。
つかつかと歩み寄り、オフィーリアを眼前に認めると男性はすぐにその精悍さを消し去り、にへらとその表情を崩す。
男性は、目を細めて嬉しそうにオフィーリアを見つめて言った。
「百二十三日ぶりだね。フィー。会いたかった。」
オフィーリアは、きらきらとした瞳でじっと見つめてくる目の前の男性に、久方ぶりとは思えないほどの雑さで応えた。
「え? もうそんなに経った? ルーク、貴方、第四っていっても王子様なんだし、あんまりこっちに下りてきちゃダメなんじゃない? 島のお貴族様に目を付けられちゃったら厄介だよ。」
ルークは、そんなオフィーリアの態度にもそっけない台詞にも気を留めず、特大の笑顔を彼女に向けて言った。
「実はね、フィー。僕、ようやく念願の廃嫡が決まったんだ。」