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第二話 古本とお給金の行方

「それで、どうしてあの恋愛小説、エリザベスの憂鬱だっけ? それが欲しかったんだ? ブレスレットを手放してまでのもんじゃないだろ。」


 古書店までオフィーリアを迎えに来た男性が、そう尋ねた。彼は、胡乱な眼差しをオフィーリアに向けている。


 二人はあれから防具屋の依頼で、港近くにある倉庫に来ていた。


「だって、孤児院で、テッドと一緒に読みたかったのよ。あと、マリーにもエリザベスのお話の内容を聞かせてあげたかったし、テッドには、良い読み書きの勉強にもなるのよ。

マリーだって、あの子、結構おませさんで、お姫様とか、王子様の話に興味津々なんだもの。それに、私だってたまには最終回まで本を読んでみたいし、――みんな、あの小説に夢中なのよ。」


 レオンは、長めの金髪から覗く目を極限まで細め、納得のいかない表情をしていた。その逞しい腕を組みながら彼は大きく深いため息を吐いた。


「わかっているのよ。私は、勇者の先祖返りで、また魔王が襲ってきたらきちんと撃退できるように、すぐに対処できるように魔王を感知できるこのブレスレットは肌身離さずに持っていなきゃならないって。

でも、でも、魔王ってもう何百年も来てないじゃない? 私たちが生きている間に来るって決まったわけじゃないし、一生来ないかもしれないじゃない?

だったら一週間くらい大丈夫かなって......。だって、だってー。もう、正直、最終回、読みたかったんだもの!」


 オフィーリアとレオンが住んでいる島国は、かつて魔王と賢者、そして彼が召喚した異世界人たちの戦いの主戦場であった。


 魔王は、賢者らの活躍により魔界へと逃げ帰ったが、それ以降島は、魔王島と呼ばれるようになり、島には異世界人の能力と魔法を受け継いだ人間が生まれるようになった。彼らは、先祖返りと呼ばれた――。


「リア、倉庫の外まで君の声が丸聞こえだよ。」


 背後から聞こえた男性の声にはっとしたオフィーリアは、慌てて口を塞いで後ろを振り向いた。視線の先には、眼鏡をかけた男性が苦笑しながら、オフィーリアとレオンに向かって歩いて来ていた。


「ロイド。そっちは、もう終わったのか?」


 レオンは、そう言いながら眼鏡の男性を見上げた。ロイドと呼ばれた眼鏡の男性は、微笑みながら頷いた。


「僕の方は荷物の数が少なかったから、今日は余裕だったよ。」


 オフィーリアは、きょろきょろと周囲を見回しながらロイドに尋ねた。


「周りに誰かいた? 誰かに、私が話した事、聞かれちゃったりしてない?」


 動揺しきりのオフィーリアに、ロイドは、柔らかい笑みを向けて彼女の頭を撫でた。


「大丈夫。周りには誰もいなかったよ。」


 ロイドは、彼のカールがかった茶色の髪の毛から少しだけとがった耳を出してそれをぴくぴくと動かして見せた。ロイドは、獣人の先祖返りである。彼は自身の能力を使って常に周囲の状況を把握していた。


「ふぁー。危なかったー。」


 オフィーリアが大きくため息を吐くようにして、よかったーと、胸をなでおろした。彼女はそれからロイドを見上げ、彼に白い歯がこぼれるほどの笑顔を見せた。


 ロイドは、オフィーリアの反応に困ったように眉尻を下げてから、静かに話し始めた。


「リア、僕たち四人の力の事は絶対に貴族に知られてはならないのは、知っているね。

彼らは、僕たちの魔法や異世界の能力を手に入れようとして、この島に移り住んできたんだったよね。

数百年前、この世界を征服しようとした魔王みたいに、今度は彼らが、この島を乗っ取ろうとしているんだよ。だから、何度も言うけど、僕らの事を話すときは――。」


 わかっているね。そう言って自身の銀色の耳を指さしたロイドに、オフィーリアはこくこくと頷いて見せた。


「それに、古書店のマーク、彼は、元は貴族なんだよ。男爵家の次男で継ぐ家が無くって、本来なら、他の高位貴族の家に奉公に行くか、騎士職を得るかでしか真っ当に貴族街で生きていく術はなかった。でも、マークはどちらもかなわなかったんだ。

それで、平民として市井に下りるしかなくなった息子を不憫に思った男爵家の当主が、古書店の店主に圧力をかけて、無理やり古書店を手に入れたんだ。平民になっても店さえ構えていればそれなりの収入が見込めるからね。

それなのに、マークは今の自分の立場に不満でね。できるものなら貴族に戻りたいと考えているんだ。

だから、いいネタが無いかといつも周囲に目を光らせている。そんな彼に、たとえ数日だったとしてもブレスレットを渡すなんて事はとっても危険なんだよ。レオンが聖剣に使う材料を島の平民の為に使っている事とは状況が全然違うんだ。」


 わかるかい? そう言って、ロイドは静かにオフィーリアに諭した。レオンは、眉尻を下げて苦笑しながらオフィーリアを見守っている。


 ロイドは、ギルドで諜報員としても働いていたため、島の貴族に関する情報にも詳しかった。彼は、平民の中に入り込んでいる元貴族の動向をいつも注視していた。島の住民を虐げる貴族のほとんどはこういった貴族と平民のはざまにいる連中であったからだ。古書店の店主であるマークもその一人であった。


「ごめんなさい。マークさんの事も。ブレスレットの事も。これからはちゃんと気をつけます。しっかりと考えます。」


 しゅんと萎れた様子のオフィーリアは、二人にぺこりと頭を下げて謝った。


「しっかし、リア、お前。ギルドから結構、金もらってるだろ? あの本だって高いっていってもそんなに手が出ないほどの値段ではなかっただろ? お前の金、一体何に使ったんだ?」


 俯き続けていたオフィーリアは、気まずそうに顔を上げてレオンを見上げた。


「レオンと、ロイドに、その、プレゼントをしようと思ったのよ。刺しゅう入りの。武器屋で働いているレオンは作業用のエプロンで、ロイドは診療所で働いているから、白衣。

二人とももうすぐお誕生日でしょ? でも、私刺繍刺すの下手だから、失敗続きで。何度も買い足したのよ。最近はこっちで扱っている布も材料もずっと、ずっと高くなったから。

夢中になっていたら、先月分のお給金、全部注ぎ込んじゃってて――」


 言い終わらぬうちに、レオンがオフィーリアを抱きしめていた。


 苦しいよと言いながらじたばたと暴れる彼女をそのままに、レオンは、満面の笑みを浮かべている。可愛いやつめ、プレゼントだと、と呟きながらレオンはその腕に力をこめ続けた。ロイドも嬉しそうな表情をしながら、オフィーリアを見つめている。


 レオンの胸に顔をうずめていたオフィーリアは、彼らの喜びをよそに、ようやく二人が許してくれたことに安堵し、そしてニヤリと黒い笑みを浮かべた。


「――実はね。エリザベスの憂鬱で、エリザベスが婚約者の誕生日に刺しゅう入りのハンカチをプレゼントしていたの。

私も、それ、してみたくなっちゃって。小説出てくるハンカチに刺されているみたいにとっても綺麗な刺繍が出来たわ。あ、ちゃんと小説に出てくる王子様の名前も刺繍したのよ。ふふふ。完コピってやつよ。誕生日まで楽しみにしていてね。」


 オフィーリアは先ほどまでの殊勝な態度など微塵も感じさせないほどのはちきれんばかりの笑顔を見せた。


「結局、恋愛小説かい。」


 レオンとロイドの二人はげんなりしながらため息を吐いた。


 後日、オフィーリアが満面の笑みで披露したエプロンと白衣には、それはそれは大きな薔薇の刺繍と、それに負けないほどの大きな文字で、『愛しのレオンハルト様、最高!』と刺繍されていた。

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