第十八話 妖艶の凶器、賢者マダムクロッシェ
「もう面倒くさいわね。ワーデン、言い訳ばっかり並べてないで、とっとと、あの国王に引導を渡しちゃいなさいよ。この島の平民を守るんじゃなかったの? 島本来の秩序を取り戻すって言っていたのは、どこの口? そんなにてこずるなら、手っ取り早く私の所で小うるさい王族、貴族全員暗殺っちゃうわよ?」
魔王島に君臨する王家、スレッドブルグの王弟であるワーデンに対して冷ややかな視線を向けながら、女性が、うんざりとした様子で言った。
オフィーリア含む先祖返り四人とシンシア、そしてワーデンは、ギルド内にある大広間にいた。
ワーデンの対面には、女性の姿があった。女性の背後には、屈強な男たちが彼女を守るようにして立っている。彼女は、賢者の末裔である。呼び名はマダムクロッシェ。
彼女は、黒髪にラベンダー色の瞳をした蠱惑的な美貌の持ち主で、さらにその豊満な肢体を見せつけるかのように、情欲的な衣装を身につけていた。
この妖艶な賢者は、隣国で傭兵業に特化したギルドを経営している。彼女の冷酷で苛烈な性格、しかし、時折見せるその情の厚さと魅力的な容姿で、彼女は、屈強な傭兵たちを次々と虜にしていき、ついには、帝国最大の武装集団を作り上げた。賢者マダムクロッシェは、妖艶の凶器と呼ばれ国内外から恐れられていた――。
「無理だって。俺、マダムみたいに強くないもん、そんなすぐに物事は進まないんだから。島って言っても一応、国家なんだから、色々と大変なんだよぉ。手順を踏まないとえらいことになるんだから。俺、まだ死にたくないの。それに、ようやく高位貴族が俺の意見に耳を傾けてくれるようになったんだから、もうちょっと長い目でみてよ。これからなの。この間言っていた平民騎士の登用制度だって新しくできたんだよ?」
ワーデンは、目の前で不満げに腕を組んでいる女性に肩を竦めながら言った。
「で、ゆっくりと進めながら、あのバカ王女を受け入れちゃったって訳? で、あの子の世話役に私の大事な、息子同然の、とっても大事な、ルークが指名されたのを、貴方は、反対せずに受け入れちゃったって、そういうこと?」
マダムクロッシェは、隣にちょこんと座っているルークに手を回しながら言った。ワーデンは、罰が悪そうな顔をしている。
「ちょっ。マダム、痛いって.....キース助けて。」
ルークは、マダムの胸に彼の顔が潰されそうになるのを必死で堪えながら、背後の傭兵の一人をキースと呼んで彼に助けを求めた。
「あら、あら、あら、ルーク、貴方照れてるの? 顔が真っ赤よ。」
マダムクロッシェが、目を細めて微笑む。
「マダム、僕もうこれでも16歳なんですよ。子どもじゃないんですって。それに、フィーだって......見て......」
「リア? 見てないわよ。あの子、私の持ってきたプレゼントに夢中だもの」
そう言って、マダムクロッシェは、楽しそうにワーデンの隣に座っていたオフィーリアに視線を移した。
オフィーリアは、何枚もの手のひらサイズの紙を机に並べていた。目をらんらんと輝かせながら、食い入るようにしてそれらを見ている。
オフィーリアの隣に座っていたシンシアも「俺は、この絵姿のこの髪型が良いと思う。」などと言って、オフィーリアと顔を寄せ合いながら楽しそうに会話していた。
がっかりした表情でオフィーリアを見ているルークに、マダムクロッシェは、ふふふと笑顔を見せて、やっぱり、子どもね。と言って抱き寄せた。
幼子を慰めるように、ルークの頭に一つキスを落としたマダムクロッシェは、それから真剣な表情で、ワーデンを見据えた。
「ワーデン、今日は、この子がお世話している王女について話があって来たの。あの王女、イザベラ、彼女危険よ。厳しい箝口令が敷かれていたし、時間がなかったから詳細までは分からなかったけど、彼女、帝国で何らかの犯罪に手を染めていたみたい。
彼女に手を焼いた国王が、厄介払いをするためにこの島に送りつけたのよ、親善交流という形でね。
私の能力で視たのだけれど、あの女狐、一人だけ婚約者のいないルークを狙っているわ。
あいつ、自分の国に見捨てられたからって、ルークを自分のものにして、王子妃としてこの国に居座ろうとしているのね。
ワーデン、だからお願い、他国への留学でもなんでもいいから、ルークを今すぐ王女のお世話係から外してちょうだい。
すぐに彼女から離してルークを平民街に戻して。魔物も出た今、この子を国の争いにまで巻き込むわけにはいかないわ。
貴方が、できないなら......私がこの子を攫うわ。」
マダムクロッシェの話を聞いて顔を上げたオフィーリアは、対面の二人を見た。
マダムクロッシェはルークを抱き寄せたまま、真剣な表情でワーデンを見据えていた。ルークは、泣きそうな顔をしてオフィーリアを見つめていた。