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第十七話 おおかみ王子とひつじ勇者

 オフィーリアとルーク、テッドは、鍛冶屋の先代が遺した聖鋼を集めるため、朝早くから平民街を回っていた。


「あそこの隅の街路灯、あれで最後?」


 ルークが、平民街にある空き地の隅を指さしながら隣を歩いていたオフィーリアに尋ねた。


「そうよ。あれで最後。」


 オフィーリアがそう言うと、ルークはすぐに街路灯に駆け寄った。慣れた様子でガラス製の外枠を外し、中の聖鋼を取り出した――。


 鍛冶屋の先代は、聖鋼と火魔法を融合させることによって、半永久的に燃え続ける(ともしび)を創り出していた。彼は、それを街路灯に見立て、平民街の路地裏に隈なく設置した。彼の創り出した街路灯は、夜の平民街を隅々まで灯し、長年街の平和を守っていた――。


「この空き地、夏なのに暑くないし、気持ちいいな。お、あそこに座るところがあるぞ!」


 ルークが最後の聖鋼を袋に詰め終わると、テッドが空き地の隅に据えられていた古い木製のベンチを指して言った。すぐにベンチに駆け寄ったテッドは、勢いよく腰かけた。


「あー、疲れたー。気持ちいい。リア姉ちゃんもルークもこっちにおいでよ! 一緒に少しだけ休もう?」


 テッドは、ベンチの端っこに移動しながら笑顔で二人を誘った。


 ベンチに腰かけ、ゆらゆらと足を動かしながらテッドは、空を仰いだ。初夏の陽射しがキラキラと輝きながら彼に降り注いでいる。テッドは、気持ちよさそうに目を細めながら鼻歌を歌い始めた。


 安堵の表情でテッドを眺めていたルークが、それから気持ちよさそうに深呼吸して空を見上げた。


「本当に、気持ちいいね。」


 そう呟きながら、笑顔でテッドに駆け寄り、彼の隣に座った。


 オフィーリアも、「最高にいい天気ね。」と言って、大きく息を吸いながら伸びをして、ルークの隣に腰かけた。


 近くの港から流れてくる爽やかな海風が、ベンチに座る彼らの頬をやさしく撫でる。


 三人に、穏やかな時間が流れた――。


 テッドがおもむろにルークに寄りかかってきた。すうすうと、寝息を立てている。


「テッド、寝ちゃったよ。」


 ルークが小声で隣のオフィーリアに伝えると、彼女は微笑みながら頷いた。ルークの横顔を眺めていたオフィーリアが、彼の目の下にうっすらと隈が出来ている事に気がついた。


「ルーク、王宮の仕事大変なの?」


 オフィーリアは心配そうに彼の顔を覗き尋ねた。


「ちょっとね。イザベラ嬢のお世話役をさせられてるんだ。」


「イザベラ嬢って帝国の王女様の事よね。お世話役って、そんなに大変なの?」


「そう。すっごく大変なんだよ。義兄に命じられ仕方なく引き受けたけど、彼女、とってもわがままで、うるさいし。」


 ルークは、眉間をぐりぐりと揉みながらオフィーリアに答えた。


「それにあの人、やたらめったら僕に触ろうとしてきて、ほんっと気持ち悪いんだ。だから、彼女がこれ以上僕に纏わりつかないように、僕のぬるぬる魔法を改良してるんだ。それで夜も時間がとられちゃって、睡眠不足なんだよね。」


 ルークは、力なくオフィーリアに笑いかけた。


「王女様、ルークが嫌になるほど、そんなにいっぱいルークの事を触るの?」


 オフィーリアが困惑した様子で、ルークに尋ねた。


「そうなんだよ。あいつ自分の護衛騎士にもべたべたしててさ。『この世のものすべてが自分の所有物なのよ。』みたいな感じで振舞うんだよ。ここは、帝国とは違うんだって言ってやりたいよ。」


「疲れた。」と言って、ルークは、オフィーリアの肩にもたれ掛かった。横目でルークをちらちらと見ながら、もじもじとしていたオフィーリアは、それから思い切った様子でルークに尋ねた。


「そ、それでルークも、その王女様とその、くっつくの? そ、その、小説みたいに。

イザベラ殿下は、帝国のお姫様だし? え、エスコートとかするのよね? 一緒に踊って、それでそのまま、手を繋いで......二人っきりになっちゃって、バルコニーで? え? うそ? 小説の世界そのままだわ。」


 驚いた表情を見せたルークは、オフィーリアの肩から離れ、彼女と向き合った。


「くっつく? イザベラ嬢と? ちょっとフィー何言ってるの?」


 眉を顰めながら、ルークは不満をあらわにしてオフィーリアに言った。


「また、小説か......そう。ふうん。そっか。ねぇ、フィー。君は、僕がイザベラ嬢とくっつくことになんにも感じないの? くっついて欲しくないなぁとか、もやもやするなぁとか、ぜんっぜん、これっぽっちもないの?」


「え? あ、えっと、大丈夫......じゃないような事もないような。もやもや? しないこともないような。ルーク、もしかして、怒って......ますよね。そうよね。えっと、ルークと一緒にいられる時間が少なくなってるのは、寂しいよ。ほんとにとっても。」


 眼前まで迫ってきているルークの表情を見たオフィーリアは、必死になった。あたふたしているオフィーリアに、ルークは、なおも詰め寄る。


「オフィーリア、君、島に戻ってからずっと僕の気持ちをはぐらかしているよね。僕の事も全然見ようとしてくれないし、それなのに恋愛ごとには興味津々になっちゃってさ、しかも僕じゃなくて、シンシアやレオンに絡んでばっかり。僕、フィーの事ずっと好きなの知ってるよね? フィー、どうして僕の事だけを避けるの?」


 お互いの吐息が触れるほどまでに近づいたルークは、オフィーリアの顔を両手で包みこみ、彼女に熱のこもった眼差しを向けた。


 オフィーリアは、ルークを上目遣いで見つめて困ったような、泣きそうな表情をした。


「えっと、違うのよ。王女様とルークがとかじゃなくて、その...何ていうの...えっと、小説に出てくるお姫様みたいに、現実の王女様も...ルーク、いや、王子様も、騎士様とか、みんなどんな生活してるのかなって...ええと...ご、ごめんなさい。もう、もう聞かないから。ね。」


「ほらまた、そうやって誤魔化す。ねぇ。フィー、僕を見て。」


 ルークの熱い息が、オフィーリアの頬を赤く染めた。


 ルークは、黙りこくってしまったオフィーリアの耳もとでその低い声を響かせて囁いた。


「フィー、逃がさないよ。」


 オフィーリアは、体をびくっと硬直させた。涙をためて頬を染めているオフィーリアに妖艶な笑みを浮かべたルークは、ゆっくりと手を放して、彼女の頭を撫で始めた。


 ルークの指が、オフィーリアの飴色の髪を深く絡めとる。


「恋愛。したいからたくさん小説読んでるんでしょ? だったら、それ、僕としようよ。オフィーリアのやりたいように、小説に出てくる通りでいいからさ。しようよ、僕と。恋愛の完コピ。」


 ルークはいやらしくその口角を上げて、オフィーリアを見つめた。絡めていた髪を口許へと近づける。


「僕も、恋愛小説を読みはじめたんだ。僕の読んでいる小説はね、大人向けだから、フィーが想像している事よりも、もっと、ずっと、ずーっとすごい事をしていたよ。こんなんじゃなくて、もっとやばいの。それ。俺と試してみる?」



 ――パシンッ


「やっぱり、シンシアより、ルークが危険だ。」そう言ってテッドは聖剣でルークを叩いた。


「テッド、もう起きちゃったのか。残念。」


 ルークは眉尻をさげていつもの調子に戻り、テッドの聖剣を指でつついた。


 オフィーリアは、「助かったぁ。」と小さな声で囁きながら、小さく息をついた。


 涼しい海風が、オフィーリアの火照った頬を撫でていった――。

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