第十一話 ぬるぬる魔法とおんぶ融合
「テッドの容態は、落ち着いたよ。今は、診療所のベッドで静かに寝てる。ルークの回復薬が良く効いたみたいだ。」
獣化したロイドが、鉄製の箱を持ちながらそう言ってオフィーリアとルークに近づいてきた。狼獣人の先祖返りであるロイドは、獣化させた両脚の銀色の毛をなびかせて一足飛びで彼らの目の前までたどり着いた。
現在、三人は学校とギルドを結ぶ渡り廊下の中央部分にいる――。
テッドの状況を聞いたオフィーリアは少しだけ安堵の表情を浮かべた。しかし、すぐに表情が厳しくなった彼女は、ルークの袖をきつく握り締めた。ルークは、彼女の固く握りしめる彼女の手を柔らかく包んで静かに彼女の手を擦った。
ロイドは、硬い表情のオフィーリアを見ながら困ったような少し悲しい表情をみせたが、すぐにルークに向き直り、自身が持っている四角い箱を見せた。
「学校内にいる魔物を、全部この箱に集めようと思うんだ。それでまずは、学校内の安全を確保しよう。」
そう言ってロイドは、オフィーリアとルークに鉄製の箱のふたを開いて中を見せた。二人が箱を覗き込む。それは、二重構造になっていた。内側には、外側よりも一回り小さい透明な箱が収まっている。
「このガラスに、魔物を入れる。それで、このガラスと鉄の箱の隙間、ここね。ここに僕らのブレスレットを入れようと思っているんだ。レオンからオフィーリアのブレスレットに落ちた魔物の話を聞いたよ。僕たちがつけてる聖鋼製のブレスレット、これに触れた途端、魔物がすぐに消滅したってね。
僕としては、捉えた魔物はしばらく生かして観察して、色々と敵の情報を探りたいから魔物には大人しくこのガラスの中にいてもらいたいけど、そううまくはいかないだろうから、魔物が逃げ出してもすぐに始末できるようこれをみんなのブレスレットで囲いたい。だから、君たちのブレスレットも預からせてほしいんだ。」
説明しながらロイドは自身のブレスレットを箱の隙間に滑り込ませた。それを見て、オフィーリアとルークも同じようにすぐにブレスレットを外して、箱の中に入れた。ありがとうと言ってロイドは、続ける。
「でも、初めて現れた魔物が小さくて本当に良かった。これくらいなら、ブレスレット程度で何とでもなりそうだものね。聖剣の原料、聖鋼が手元にあれば良かったんだけど、レオンによるとすぐには用意できないらしくって、聖鋼を集めるのには時間がかかるらしいんだ。それについても、今後、また落ち着いたらレオンが話し合おうって。」
ロイドは、話しながら自身の獣化を両脚から両耳へと変えていた。彼は、ぴくぴくと探るように耳を動かし、オフィーリアへと視線を移した。それから彼は、眉尻を下げて穏やかな表情を作った。
「僕は、学校内に誰か残っていないか、被害が無いか確認をしてくるね。それが終わったら、君たちが気絶させた魔物もサクッとこの箱に回収してくるから、ルーク、いつもの索敵魔法をすぐにお願い。リアも、雷魔法でサクッと魔物退治、お願いね。猪を狩るのと一緒だから。すぐ終わるよ。大丈夫だよ。リア。リアの心臓から聞こえてくる鼓動が早すぎて心配だけど、ま、ルークが居れば大丈夫だよね。ルーク、リアを頼んだよ。」
ロイドは、自身の胸を指でつつきながらそう言った。オフィーリアに再度微笑みかけたロイドは、それからルークを見て、静かに頷く。ルークも、真剣な表情で頷き返した。それから、ロイドは、彼らに背を向け学校の奥へと向かった――。
「じゃあ、始めようか。フィー、見ててね。僕も君と会っていない間に進化したんだよ。学校内くらいなら一気に探知できる。ほら。」
そう言ってルークは、両手を天井へと広げる。ルークの頭上に大量の水滴が現れた。小さくきらきらと輝くそれは、それから一気に周囲に拡散した。
懐かしそうに微笑んで口角を上げたオフィーリアは、ルークが発現させた水滴の一つを器用に摘みあげた。オフィーリアの目線の高さまで上げられたそれは、それからすぐにパチンと弾けて彼女の指先に、とろりと纏わりついた――。
「久しぶりのぬるぬる魔法ね。」指をこすり合わせながらそう呟いたオフィーリアに、ルークは残念そうな表情で言った。
「これは、ぬるぬるしちゃってるけど高度な水魔法なんだよ。僕のオリジナル索敵魔法。このぬるぬるから伝わる振動でありとあらゆる生物の位置を正確に感知できるんだから、さらさらしてたらダメなんだ。ぬるぬるじゃないと正確性に欠けるんだよ。しかもこのぬるぬるのおかげで敵の足止めも出来てるんだからさ。一石二鳥。それに、これは、ロイドの聴覚を使う索敵能力と違って、魔法を使って位置情報を得ているから、魔力を通じて、僕が得た位置情報をフィー、君とも共有できるっていう、これは、僕の最強魔法だよ。ぬるぬるは、仕方ないの。」そう言って、ルークは、不貞腐れた表情をしてオフィーリアに抗議した。
あまりにも必死に反論するルークに拍子抜けしたオフィーリアは、「ふふ。ルーク、ぬるぬる必死すぎ」と言って笑った。オフィーリアの笑顔を見たルークは、良かった。と小さく息を吐いて安堵の表情をみせる。
「じゃあ、僕の、ぬるぬるだけど高性能だよ索敵魔法も、学校中に行き渡ったようだし、次は、フィーとの位置情報共有の時間だよ。さ、フィーこっち来てチャチャっと蜘蛛を気絶させちゃお?」
そう言って、ルークはオフィーリアに背を向けてしゃがみ込んだ。振り向いたルークは、笑顔でオフィーリアに「ほら。」と促す。
「うん! サクッとちゃちゃっと終わらせて、テッドに会いに行こ!」そう元気に言ったオフィーリアは、勢いよくルークに飛びついた。彼女を背負ったルークは、それからゆっくりと立ち上った。
オフィーリアの両手は、しっかりとルークの首にまわされた。ルークの両手も彼女を下からしっかりと支え、二人はぴったりと密着している。
ルークの首筋に顔をうずめたオフィーリアは、ゆっくりと瞳を閉じた。オフィーリアは、彼の両手から、首筋から、背中から、彼の全てから伝わる感覚に意識を集中させた。ルークと密着して彼の魔力を捕捉したオフィーリアは、彼の魔力と自身の魔力を融合させる――。
「うん。完全にルークとくっついたわ。完璧。思ってたより魔物の数は少ないかも。さあ、一気に終わらせるわよ。」そう言ったと同時にオフィーリアは、右手を天井に突き出した。
オフィーリアの手のひらから閃光が弾けた瞬間、学校内にいくつもの雷鳴が鳴り響いた――。
「さすが、僕のかわいい勇者さま。」
ルークは、彼女をきつく抱きしめるように両手に力を込めて、満足そうに、にんまりと笑った。