第一話 どうしても手に入れたい古本と人質ブレスレット
「ま、まさか、こっちでも、こんなに早く売りに出されるの!?」
オフィーリアは、スカイブルーのそのつぶらな瞳をキラキラに輝かせ、興奮しきりで棚に納められている小説を見つめていた。胸の前で握りしめている手は悦びでふるふると震えている。
「あの人気小説、エリザベスの憂鬱の最終巻。やっと、やっと、エリザベスを虐げ続けていた悪役令嬢がざまぁされるのね。
あぁ。嬉しすぎる。嬉しすぎて、読んでもいないのに、もうスカッとしちゃってるわ。私。
どうしよう。興奮してしまって。
あの王子様ともやっと結ばれるのよね。そう、そう、そうよね。あぁ。最高だわ。」
オフィーリアは、恍惚の表情で古書店の天井を仰いだ。そして、どうしよう。読みたい。絶対欲しいと言いながら、飴色のふわふわとした髪の毛と紺色のワンピースの裾を揺らし、じたばたと躍り始めた。
「でも、残りたった一冊。はぁ。お貴族様の間でもまだまだ人気だって言うもんねこの小説。こっちの平民街まで流れてきただけでも、奇跡。これを逃したら......次は、いつ出会えるか。そもそも出会えるの? 買いたい。欲しいわ。でも、高いわよね......」
オフィーリアが住んでいる島には平民用の古書店と貴族専用の書店の二つの書店が存在する。
平民であるオフィーリアが入店を許されるのは、この古書店のみである。ここに陳列される本は、貴族専用書店での売れ残り、返品商品や貴族街で不要品として破棄されたものだけだった。
続きものの小説でも、最終巻までとり揃えられる事は稀であった。毎日のようにこの古書店に通っているオフィーリアも最終巻まで読み通すことができた小説は今まで数冊しかない。
彼女が所有しているほぼすべての小説の最終回は、彼女のそのたくましい想像力で補っていた。
「これ、おいくらかしら。」
小説の値段をちらりと確認したオフィーリアは、一転、難しい顔をして腕を組んで黙り込んだ。時折天井を仰いでは、うーん、うーんと唸っている。
「リアちゃん、どうする? 買う?」
不意に声をかけられたオフィーリアは後ろを振り向いた。視線の先には、円い眼鏡をかけた男性がいた。
「マークさん、でも、私、今、手持ちが無くて......」
オフィーリアは、残念そうに眉尻を下げながら俯いた。
「そっか。それなら仕方ないね。でも、残念だよね。それ、最初で最後の一冊なんだ。あっちのお貴族書店で下働きしている奴らにも聞いてみたけど、まだお貴族の間で人気が続いているらしくって、当分はこっちに流れてこないって言ってたし、そもそもその一冊がこっちに来たのだって、なんかの手違いじゃないかって疑ったくらいなんだ。ああ。手持ちが足りないか。ほんっとに残念だねぇ。」
マークと呼ばれた古書店の店主は、残念だ。もったいない。と繰り返しながら、俯いているオフィーリアの様子をニヤニヤしながら見ていた。
「最後の一冊か、確かに。もったいない。エリザベスのハッピーエンドをを永遠に逃すなんて、死んでも死にきれないわ。え? え? ちゃんとハッピーでエンドするわるね? まさか、バッド――」
呪文のようにぶつぶつと呟きながら、思案を続けながらオフィーリアは、手首のブレスレットに触れていた。
俯き続けているオフィーリアを見てニヤリと黒い笑みを浮かべたマークは、ゆっくりと口を開きかけた――。
「マークさん! ギルドで働いたお金が入るのが来週なの。だから、それまで、この小説を取っておいてもらえますか?! 必ず、必ず来週お金を持ってきますから! どうか、どうかお願いします!」
オフィーリアは、マークの言葉を待たずに、口早にそう言って、ぶんっと勢いよく腰を曲げた。
マークは、オフィーリアの必死な様子を愉しむかのごとく、首を縦にも横にも振らずに、ニヤニヤしながら、彼女を眺めていた。
彼の態度にしびれを切らしたオフィーリアは、左手のブレスレットを勢いよく引き抜いて、マークの目の前に差し出した。
「と、とりあえず、このブレスレット――」
「リア、お前。馬鹿か。」
聞き覚えのあり過ぎる声を聞いたオフィーリアは、背中に冷たいものを感じながら顔を上げた。
目の前には、金髪の青年が呆れた表情で、仁王立ちしている。
青年もオフィーリアと同じ形のブレスレットを身につけていた。