作品づくりの注意点
「あなたのその淡々とした喋り方がよくないんだと思います」
よくない。と言われたところで、楽しくもないしつまらない毎日をどう表現したらいいのか、長年生きているがいまだによくわからない。
「(そっちだって敬語で当たり障りのない事しか言わないじゃん…」
おおよそ俺と相手の間にどれだけの違いがあるのかよくわからないけれど、彼にはたくさんの友達がいて、支えてくれる相手がいて羨ましいなって思うのに、彼は俺が欲しいものを全て持っていながら、人生に納得ができないらしい。
この喫茶店で彼に会うのは何回目になるんだろう。
初めてあったときは、隣の席で必死に勉強しているのかなと思っていたんだ。学生服をきた彼がこの喫茶店に毎日15時半〜16時半の間だけやってくる。それが、いつしか当たり前になったのは、いつの事だっただろう。
俺は、相手がトイレに立った隙に机の上のルーズリーフを覗いた。受験生っぽい彼がペンを走らせていたのは、過去問ではなく小説だった。
「(…………?」
そこには、相手が書いている文章の文字の他に赤ペンが走っていた。彼が初めに書いたであろう文と赤ペンの文を見比べる。たしかに、物語が読みやすくなっているような気がする。
ただ、その赤ペンでも指摘されていない欠点がこの作品にはあるような気がする。
「あ、それ僕の小説…………」
彼がトイレから戻ってきて俺を見ながら唖然としている。
「読むつもりはなかったんだけど、ほら、その…空調の風で床に落ちたから拾うついでに中を見ちゃって…たまたま……ごめん、ね?」
もちろん空調の話は嘘だ。俺は、内容が気になって中身を確認したのだが黙っておくことにした。
「あ、そうだったんですね。すいません。」
彼が席に戻ってきたので、ルーズリーフを手渡し自分は隣の席へと戻る。
「あの!率直に……どうですか?僕の作品」
すると、彼が俺に向かって話しかけてきた。
「え?でも、誰かに読んでもらっているんじゃないの?」
わざわざ俺の意見はいらなくないかな?という空気を出す。
「そうなんですけど、それは家族なので…作品が大きく変わらない程度に直しを入れてもらってはいるんですが……作品をネットにあげてもあまり読まれなくて…なんでなのかなって」
高校生の彼は、作品に行き詰まってしまっているのだろうか?
「それって実話でしょ?」
「えぇ??どうしてですか?」
俺の言葉に彼はビックリしているというよりはドン引きしていた。
「俺が君のストーカーだから知ってるとか、そういうことじゃなくて…俺も小説を書いているんだけどさ。君と同じタイプだから分かるってだけ」
俺の話を聞き終わると彼が少しだけホッとしたような顔になる。そんなに俺は怪しい人に見えてるのだろうか…。
「あ、貴方も小説を書いているんですね。えっと、それでタイプというのは……?」
彼と同じように小説を書いている仲間だという認識に変えてもらえたみたいだ。
「小説家には二種類のタイプがいて、実際に自分が体験した事を物語にする人と、ゼロから物語を作れる人がいるんだ。ゼロから物語を作れる人達がファンタジーとか書けるんだろうね」
……知らないけど、知ったかぶってみた。
「なるほど。ためになります」
そんな、あまりに適当な俺の話を真剣聞こうとする高校生。
「それでいくところの俺達は、実際に自分が体験した事を物語にする側なわけだけど、その方がリアルな作品作りが出来る。…かわりに、自分が目で見てきた事が映像として頭に残っている分、描写の書き込みが疎かになりやすいんだよ」
俺は、喫茶店の紙を手に取ると、自分の視点と他人を書き込む。同じように書いたもう1枚の紙には、自分の視点と他人と背景を書き込んだ。
「自分の頭の中の風景では、目に映った情景は自動で再生されるから、そこに説明なんていらないけど、小説の中においては桜が咲いている季節だった。と書き込まなければ季節は読み手に伝わらないよね?」
喫茶店の紙を見比べながら、相手はハッとしているようだ。
「つまり、作者と読み手の間にはこの紙みたいに左と右くらいの差が生まれてしまう。だから、その部分をどれくらい表現できるのかって事が読みやすい小説に繋がるんだと思うよ?…ま、俺も出来上がったものを第三者に読んでもらって手直ししてもらっている身だから、大きな事は言えないけどね」
俺が、苦笑しながら相手を見つめ返すと、彼は下を向いてしまっていた。
「でも……僕には意見を言ってくれる人もいないし……」
ネットの住民が他人の作品にそこまで関与することはないし、編集者でもない限りは意見なんてもらえないだろう。それに、そもそも…
「他人から意見されるとヘコんじゃうでしょ?」
「そうなんです」
他人の意見はありがたいけれど、誤字報告が誤字ではないケースもあるし、あくまで作者が貫き通したい部分もあることだろう。
「自分は、まだ始めたばかりだし、『ここの部分の解説求めます』とか言われても……」
「ま、実話だと物語の急展開とか、ハッピーエンドばかりが続かないもんね」
「分かります。なんで、皆さん…ハッピーエンドが好きなんでしょうか…」
それは俺も聞きたい所ではあるけど
「皆の人生も君と同じように苦いばかりだからなんじゃない?俺は、逆に「私、こんなにハッピーな人生でした!」っていう作品を読んでも面白くはないと思うんだけどね」
「あなたもハッピーエンドが好きではないんですか?」
「他人の幸せが憎いとかではなくて、ただ俺は人生で幸せだと思った事、一回もないから実感できないだけ、かな?」
実話しか書けないのだから、幸せを感じたことがなければ、そもそも書くことすら出来ないだろう。想像することは出来るけれど、それは…きっと自分の作品として世に出すことを自分が否定してしまうだろうし。
「あの…あなたは、よくこの店に来ますか?」
「うーん?たぶん?」
なんで、そんなことを聞かれたんだろうか?
「これから書く僕の作品に意見を貰えませんか?」
「意見されたくないんじゃなかったの?なにより、俺は人の気持ちが理解できないから無理だよ」
高校生が俺を見ながら首を傾げる。
「まるで自分が人間ではないような言い方をするんですね」
そんなつもりはなかったのだが、俺が書いている小説の一番の欠点が感情表現なだけに、相手の申し出を簡単に「うん。」とは言ってあげられなかった。
「そういう病気?みたいに思ってもらえればいいと思うんだけどね」
いわゆるコミュ症というやつだろうか。
「その、僕も本来なら人と喋るのは得意ではなくて……でも、初めて会った人とこんなに会話できた事に驚いているっていうか……」
それは、共通の話題があったからな気がするんだけど、勇気を出して言ってくれたんだな。と、いう想いを大人が無下にするのもどうかと思い、相手の小説を読んで感想を言うことを許可した。なんとなく、友達でも家族でもない人から言われた言葉なんて、対した意見になどなり得ないだろうと思ったからだ。
日に日に、一緒にいるにつれて、自分の意見が辛辣になった気もしないのだが、心がない俺に対して腹を立てたのか、どうやら彼は俺の話し方が気に入らなかったらしい。
もう、俺の意見は必要ないくらい相手にフォロワーが出来たのだろうか?と勝手に判断した俺は、この喫茶店に通うのを止めた。
それは、ちょうど桜の花びらが舞い散る頃で、彼が受験生でも高校生でもなくなった頃だと思う。俺は、彼が受験に受かったのかも、その後の作品作りは続けていくのかも知らないままだ。
あの喫茶店での1時間は、いったいなんだったんだろう……。俺が、彼のことを頭の片隅に追いやる整理をしていた頃、俺は別の喫茶店で彼を見つけることになる。
そこには、同い年くらいの友達と作品作りについて毎日、毎日、その喫茶店に通って熱心に二人で話し合っている姿を発見した。
俺には見せたことのないような笑顔で彼が笑っているのを見た時、やっぱり俺の存在はこの世界に必要などないんだろうな。と、納得をした。
心なんて簡単に生まれたりするものではない。それを、まざまざと思い知ったかのようで、自分の足が次にどこへ向かったらいいのか分からず途方に暮れた。