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ある歴史的悪女の手記

作者: こめ

お姉様のことが気に入らない。

そう思ったのはいつの頃からだろう。

小さい頃はとても仲の良かったお姉様。

家の庭で二人でピクニックをしたのを覚えている。

あの時もらったバラの押し花はどこへやったのだろうか。

今もまだ、家の押し入れに入っているのだろうか__。

この頃はまだ愛されていた。平等に。

愛が不平等になったのはいつからだろう?

多分、お姉様が勉強を始めてから。

お姉様はとても優秀だ。

努力が好き。

学ぶことが好き。

自分のためより人のために動く。

自頭もよくて、努力することも、勉強することも好きなお姉様はすぐに頭角を表した。

私はどうだろう。

努力が嫌い。

好きなことだけをして生きていたい。

自分のことを見てほしい。

お姉様とはまるで真反対。

もちろん、勉強なんてできるはずもなかった。

両親も召使もお姉様にばかり構う。

何かあれば、お姉様の名前を呼ぶ。

それが、気に入らなかった。

その時に気づいた。

私の容姿は優れているのだと。

例えるならば、私が道を歩いていたらすれ違った全員が振り返るような、美女だ。

これは自慢でも驕りでもない。

ただの真実だ。

髪はかつて聖女と謳われた女性と同じ白銀の髪。

長く、艶やかで、しなやかな。

目はお父様ゆずりの真っ青な目。

肌は真っ白。

華奢な体つき。

ある男は、私のことを天女と言った。

それくらい私は美しいのだ。

因みに、お姉様はブロンドの髪にお母様譲りの赤い目。

ここまで真反対とくると本当に姉妹か疑いたくなるほどだ。

とにかく、自分は容姿に優れていると気づいた私は、泣いた。

召使の前で。両親の前で。泣いた。

私が泣くとみんな私に駆け寄ってきてくれたし、お姉様もお父様もお母様も皆欲しい物をくれた。

そうして我儘の限りを尽くして育てられた私は、酷いものだった。

欲しい物があれば泣き、奪い取る。

それが普通だったし、おかしいとも思わなかった。

それは、何年経っても変わらなかった。

7年経って、お姉様はその頭を活かして王都の学校へ行った。

私はというと、勿論王都の学校なんて行けるわけもない。

私は夜会に入り浸っていた。

会場の全ての人が私を見てくれる。

私に注目してくれる。

全ての男が私に愛を囁いてくれる。

嬉しかった。

純粋に満たされてると、そう思った。

それまでの人生で、私には一人も信用できる人が居なかった。

私の愛も私に与えられる愛も薄っぺらい。

いつからだろう、信用できる人がいなくなったのは。

一度でも私から目を離した人は全員が私の悪口を言っているように思えた。

全員がグルで、私のことが嫌いで一人で泣いている馬鹿な女を見て嘲笑っているのかもしれない。

そう思うと夜も眠れなかった。

だから、自分を磨いた。

ひたすらに美しさを追求した。

全ての人が自分を見てくれる間だけが心が休まる瞬間だった。

そういう生活を2年ほど続けてると、お姉様が王都から帰ってきた。

優秀で飛び級で卒業したらしいお姉様は、第二王子の婚約者として帰ってきた。

お姉様と同じく、飛び級をした王子がお姉様に惚れたらしい。

いまこの国では、第一王子は病弱で婚約者が居ない、となれば第二王子はいつか王になるだろう。

つまり、第二王子妃とは、すなわち王妃。

私は、王妃になりたい。

そう思った。

その時ほど強く何かを思ったことはなかったかもしれない。

その時は、王妃になれば全ての人が私を愛してくれる。見てくれると思っていた。

でも、今思えば、私は怖かったのだ。

恐ろしかった。

王妃になって私の上に立ったお姉様が私の悪口を言うことをすべての人に許してしまうのが。そしてお姉様自身が悪口を言うのが。

まぁ、冷静になって思えばお姉様がそんなことするわけはないのだけれど。

私は今まで何かに強迫されて生きてきたのだろう。

例外なく、その時も正気じゃなかったのだ。

とにかく、私は王妃になることを強く望んだ。

王子を落とすのは簡単だった。

王子がお姉様に会いに、家に来るときを狙って王子と二人きりなる。

その後はいつもの手口。

私の美貌と、愛くるしい泣き顔で落とせば良い。

噂で聞いていた計算高くて冷酷な王子はそこには居なかった。

ふと、思った。

この人なら、信用できるようになるのでは。

他の皆のように薄っぺらい愛などではなく、重い愛をくれるのではないか、と。

王子はいままでのどの人とも違った。

私の話に耳を傾けてくれて、全てに相槌を打ってくれる。

かと、思いきやちゃんと意見も言ってくれる。

そんな人、ざらに居ると思うかもしれないが、少なくとも私の周りには一人も居なかったのだ。

そうして、私が完全に恋に落ちた時に、やっと王子が婚約破棄をすると言い出した。

舞台は、お姉様と王子の成人パーティー。

王立学校を卒業して一年。

王子とお姉様は座して成人するらしい。

わざわざ、成人パーティーで婚約破棄するなんて酷いと思われるかもしないが、これは私ではなく、王子が提案したことだ。

こんなに酷いことをして、信じられないだろうが、私は別にお姉様のことが嫌いな訳では無い。

ただ、羨ましかったのだろう。

なんでも完璧に出来て、自然体で居て誰かに愛してもらえるのが。

だから別にわざわざ成人パーティーで婚約破棄しようとは思っていなかった。

私も王子がそう言ったことに驚いた。

てっきり、優しい彼は隠密に済ますのだろうと思っていたから。

でもその時だけはいつになく激しい口調でどうしても成人パーティーでやりたいというから承諾してしまった。

それが私の破滅につながるとも知らずに。

成人パーティー当日。

一番上等なドレスを仕立ててもらって王子にエスコートされ、会場に入った。

お姉様は後から来て驚いたようにこちらを見つめていた。

そして、こちらへ向かってくる。

私の目の前に来た時、王子が高らかに宣言した。

「私は、この女が私を誑かし、籠絡しようとしたことを告発する!さぁ、おいでリア。」

私のことを氷ように冷えた目で見つめ、お姉様を愛称で呼ぶ王子。

姉のフルネーム、リリア・ルドウィンの名前から取ってリア。

私のことは一度も愛称で呼んでくれたことなどなかったのに。

そこまで考えてやっとわかった。

嗚呼、私はこの人にはめられたのだ。陥れられた。

いままで生きてきた中でこれほど人に見られたことはあっただろうか。

人に注目されたことなら何度もある。

そうやって生きてきたのだから。

だが、ここまで多くの好奇の目にさらされるのは初めてだ。

結局は運命の人などいなかったのだ。

作られた人格に恋をしていただけ。

私を本当に愛してくれる人など居なかった。

ここまで考えて、そして次に心が行くのは人々からの視線。

私は、そのまま近衛騎士団に連れられて、家へと戻った。

貴族は情報伝達が早い。

より早く情報を知って家にとってより良い選択ができるように。

今日中に貴族中に、明日になればこの国全体に私は王子を籠絡しようとしたバカで浅はかな女として知れ渡るのだろう。

まぁ、なにも間違ってなどいないけれど。

そんな私のことをまだ愛してくれる人などいようか?答えは否だ。

母と父に勘当され、縁を切られ平民となった私はそのまま騎士団に連れられて城へと向かう。

遠くからでもよく見える塔。

昔から高貴な身分の死罪にできない人を幽閉していたらしい。

がさつにその塔の頂上に放り込まれる。

一瞬、私が公爵家の娘だからかとも思ったが、今はもう違う。

それにあの王子なら公爵家だとて遠慮せず国家反逆罪で打首にするだろう。

なぜ幽閉なのか。

しかも待遇が良い塔で。

答えは一つ。

お姉様が口利きしたのだ。

私の罪を軽くするようにと。

あのお人好しはいまなお私のことを家族と思っているのだ。

なんと、馬鹿なのだろう。

目から雫が溢れる。

結局なにもない私に残ったのはお姉様だけだった。

お姉様は私にないものすべてを持ってる。

自然体で愛されている。

ずっと前から気づいていた。

私が嫌いなのはお姉様でも私のことを愛してくれない人でもない。

私自身だ。

私は私自身が憎い。

何もできなくてバカで、浅はかで、美貌だけあって性格は最悪で。

なんで私なんかが生まれてきてしまったのだろう。

いや、ポジティブに考えれば物語に悪役は必要不可欠。

むしろ私のお陰でお姉様がよりしあわせになれるのでは?

いや、流石に無理がある。

結局幽閉されて一週間経っても誰も私を訪ねてこなかった。

結局は薄っぺらい愛。

私のことを本気で想っていた人など一人も居なかったのだろう。

もうすぐ、看守が来たらこの手記も取られてしまうだろう。

この先、どうなるのだろうか。

今、私は19歳。

衰弱死するまでだいたいあと40年。

まぁ、おそらくお姉様のほうが長く生きるだろうからずっと幽閉されたままなのだろうか?

それとも、途中で地下牢に移される?

いや、結局死刑かもしれない。

結局はどれも一緒だ。

今思えば私には本当に「愛」というものがわからない。

正直、好きな人も嫌いな人も居ない。

愛が、想いが薄っぺらいから別に誰のこともそれほど深く想っていない。

或いは、人間なんてそんなものなのだろうか?

お姉様が素晴らしすぎるだけ?

一つ、永遠とも思われる牢の中で考える事が出来たかもしれない。

結局私は後世に残る大馬鹿女として歴史に刻まれたわけだが、将来、歴史の教科書にこの手記が載っていたりするのだろうか。

それはそれで面白そうでもある。

もう、看守の足音がそこまで迫ってきた。

それでは、最後まで悪役でいるとしましょう。


「おい、罪人!」

看守が牢の中の彼女に呼びかける。

彼女はふっと笑って高らかに叫んだ。

「違うわ!私は罪人なんかじゃないのよ!ねぇ、お姉様、王子様、お母様、お父様。私は何も悪くない。悪いのはこの世界よ____。」


ご覧いただきありがとうございました。

少しでも面白いな、感動したな、などありましたら↓より評価、いいねしていただけると嬉しいです!!


追記 誤字報告ありがとうございます。順次訂正しております。

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