【番外編】王妃のお茶会
先代国王の喪が明けてから、貴族女子を集めて定期的に王妃主催のお茶会を開いているアレシア。
暮らしの状況や王都の流行をチェックして国家事業に活かしたり、自身の評判を上げることで王妃としての発信力を高めたり、王政の助けとなるため積極的に行っている。
この日も、庭園の中に新しく建てた真っ白なガゼボで王妃のお茶会が開かれていた。
これまでの慣例とは異なり、アレシアの意向で参加者は家柄に関係なく、王都に住まう貴族の中から無作為に選ばれるようになっている。
真っ白な石造りの屋根の下、円形になっているテーブルに招待された参加者達が緊張した面持ちで座っている。
少し遅れて、ゆっくりと優雅な足取りでアレシアが現れた。
彼女は、真っ青なドレスの上から金色のレース素材の裾の長いレースを羽織っており、昼だというのに夜空のような深みのある煌めきを放っていた。
その煌めきに負けない、アレシアの美しいプラチナブロンドの長い髪に、空のように透き通る青い瞳、そして胸元に光り輝く大粒のフェイントイエローの首飾り。
この世の美しさを体現したかのようなアレシアの姿に、参加者は皆羨望の眼差しを向け、うっとりと見惚れた顔でため息を吐いていた。
「皆さん、ご機嫌よう。本日はわたくしのお茶会に来てくださってありがとう。お茶会もお菓子も今流行りのものを用意させたわ。ぜひ皆さんのお話も沢山聞かせてくださいまし。」
緊張している皆に向かって、気さくに話しかけ優しく微笑んだアレシア。
笑顔とともに陶器のように白い肌の血色が良くなり、少女のような愛らしさを見せつけてきた彼女に、耐えきれず目を逸らす者や胸を抑える者までいた。
いつかのパーティーでの出来事を彷彿させるような光景であった。
「そ、そのように勿体無いお言葉至極光栄に存じます。」
参加者の中で最も身分の高い者が意を決して挨拶を返した。
テーブルの上におでこがくっつきそうなほどひれ伏している。
「まぁ、貴女のそれはフェイントイエローのピアスね。とても素敵だわ。」
「え、は、はい。王妃殿下が身に付けているのを一度拝謁したことがございまして、わたくしも同じ石で作って頂きましたの。」
「ふふふ、これは国王陛下がわたくしのことを想って作って下さったのよ。この石がこの国の主流となったら大変喜ばしいわ。」
「「「まあ!」」」
イオンがアレシアのことを溺愛していることはこの国では周知の事実であり、ゴシップ好きの彼女たちはそれを目の当たりにしたことがとても嬉しく、頬を赤く染めている。
そんな中アレシアの頭の中は、相変わらず打算しかなかった。
この宝石が貴族から認知されればもっと流通を増やせるわ!
需要に合わせて安定供給させることが出来れば、もう少し単価を上げられるかもしれないわね。
そうすれば、採掘者の賃金も上げて、彼らの生活水準も上がって、家計の支出も増えて、結果経済が潤うことになる。
ふふふふふ。
やはりお金は大事よね!
さあ、もっともっと国王に愛される王妃の振る舞いをしないと!!
「こちらのお菓子はね、帝国で今流行っているものなのだけど、国王陛下が私のために取り寄せて下さったの。このためだけに外交を正常化させるなんて、少し呆れてしまうわよね。」
「まあ、なんて素敵なお話なのでしょう。」
「ええ、本当に。こんなにも愛の詰まったお菓子をわたくしは知りませんわ。」
「こんなにも王妃殿下のことを愛している国王陛下なら、きっとわたくしたち国民のことも想って下さいますわね。」
この国の王が王妃を想う様子を民に対する想いと重ねる彼女達。
アレシアの思惑通り、イオンの評判も鰻上りに上がっていく。
「アレシア、そろそろ僕との時間もいいかな?」
静かに現れたイオンに、参加者全員が目を見開き息を呑んだ。
長く美しい金髪を低い位置で一つに結い、青い瞳を優しげに細めながらアレシアのことを愛おしそうに見つめるイオン。
その姿は、アレシアと同等かそれ以上の美しさが溢れ出ていた。
「国王陛下、わたくしは今皆様とお茶会をしていましたのよ。」
「それは邪魔をして悪かったね。しかし、僕だって君と過ごしたいんだ。分かってくれるだろ?」
イオンはアレシアに向かって真っ直ぐに手を伸ばすと、プラチナブロンドの髪を掬い上げ、宝物に触れるかのようにキスをした。
神々しいほどの流れるような所作に、周囲にいた女性たちからため息が漏れる。
「まあ、イオン様ったら。そのようなことを言われましたら、お断りなど出来ませんわ。皆様、こちらのお菓子とお茶は自由に楽しんでくださいまし。こちらで失礼させて頂きますわ。」
イオンに腰を抱かれて、ぴったりと寄り添いながら退出して行ったアレシア。
その高貴な二つの後ろ姿をうっとりとした表情で見つめ続ける参加者達。
「あのお噂は本当でしたのね。溺愛なさっている国王陛下が王妃殿下のことを連れ戻しにいらっしゃるって。」
「ええ、本当に。あのような仲睦まじいお姿を見せられ、胸の高鳴りが収まりませんわ。」
用意されたお茶菓子が無くなるまで、彼女達はこの国の王と王妃の話題で盛り上がっていた。
王宮関係者しか入れないエリアまで来たアレシアは、イオンに満遍の笑みを向けていた。
「イオン、ありがとう!お陰で午後の畑の水やりに行けるわ。」
「君の願いなら、僕はいつでも喜んで叶えるよ。君に感謝されるなんて、この世にこれ以上至福なことは無いのだから。」
イオンが迎えにきたことは、アレシアによる完全なヤラセであった。
王妃としての役割をこなしたい一方で、いつもの畑仕事の手を抜きたくないアレシアが考えた苦肉の策だ。
一国の王にこんなことをさせるなど普通ならあり得ないのだが、ファニスが止めようとする前にイオンが嬉々として承ってしまったのだ。
「本当に。こんなこと、普通なら許してくれないわよね。イオン、いつもありがとう。」
「僕は、君の自由と心を守ると誓ったから。君の願いを叶えないなどあり得ないよ。何も気に病むことはない。それに、」
イオンは、既に畑へと気持ちが向いているアレシアを引き止めるように腕を掴むと、素早く一歩を踏み出して彼女の耳元に唇を近付ける。
触れるかの触れないほどの距離で感じる温かさに、アレシアは思わず身体をびくつかせた。
「君の夜はいつだって僕の自由にさせてもらっているからね。」
「…っ」
つい昨晩の、暗がりに見えた金髪と熱く蕩けるような青い瞳を思い出してしまったアレシアは顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
何も言い返せないまま、逃げるように畑へと走って行ってしまった。
「ファニス」
すぐ後ろに控えていた側近に声を掛けると、イオンが命を下す前にファニスが早口で答えた。
「本日の御夕飯はお部屋にお持ちするように手配し、明日朝に予定していた視察は午後の時間に変更致します。」
完璧な返答にイオンは満足そうに頷くと、足早に執務室へと向かって行った。
もちろん、その部屋の窓から畑仕事に没頭するアレシアの姿を眺めるためだ。




