【番外編】イオンからの手紙
『愛するアレシアへ
君のプラチナブロンドの髪は天蚕糸よりも繊細で美しく、その瞳はタンザナイトよりも青く煌めいていていつだって僕の視線を釘付けにする。いかなる時も僕の心を掴んで離さない。
どんな宝石を並べても、月や星が地上に降りてきたとしても、君が放つ輝きとは比べものにならないだろう。君を前にすれば、真夏の太陽さえ霞んでしまう。
それほどまでに君は僕にとって唯一無二の絶対的な存在なんだ。例えるならそれは、生きるために不可欠の水や空気のようなものであり、僕の生命活動を支えてくれる根幹だ。
君の瞳に見つめられなければ、僕の鼓動はすぐにでも停止してしまうだろう。僕の命など、君を前にすれば取るに足らないものであり、君以上の価値などあるはずがない。
僕は君に生かされている。
君が存在しなければ成り立たない小さき僕のことをどうか赦してやってほしい。僕は君の虜であり、囚われ人なのだから。僕の全てを掌握した君には、その責任を取って片時も離れることなく僕の側にいてほしい。僕も君の側を離れないと誓う。
もう僕は、君なしでは生きていけないのだから。
こんな哀れで愚かな僕にアレシアの慈悲を与えて貰えるのなら、どうか今夜はこの僕と晩餐を共にしてくれはしないだろうか。今日は隣国から珍しい食材が手に入ったと聞いている。公務も早く切り上げるから、いつもより少し早い時間に迎えに行っても良いだろうか。
君と晩餐を共にすることを考えるだけでどうしようもなく胸は高鳴り、指先が震えてしまう。文字が読みにくいと感じたらすまない。これも君を心から愛する故のことだ。どうか受け入れて欲しい。
君のことを愛して止まない、
アレシアの夫より。
イオン・サフィックス 』
「アレシア様、なぜ一番最後の便箋からお読みになるのですか?」
イオンから渡された手紙を読んでいるアレシアに、クロエは不思議そうに声を掛けた。
本来であれば、手紙とは封筒から取り出して開き、そのまま読み進めていくものだ。それなのに、アレシアは毎回一番最後の便箋から読み始めて途中で読み終える。
クロエは、そのことにいつも疑問を感じていたのだ。
「読めば分かるわよ。」
国王であるイオンからの私的な手紙を躊躇なく差し出すアレシア。
自分が見ていいものかと躊躇ったが、探究心の強いクロエはその欲求に抗うことが出来なかった。
いつものように突然現れては困ると、ドアの方に視線を向ける。人の気配はない。クロエは意を決して受け取った便箋を開いた。
便箋を開いて僅か一秒、すぐに閉じて元の形に戻した。さすがは臙脂色の制服を纏うエリート騎士、文字を視認するスピードが常人離れしている。
「だから言ったでしょう?文末に用件が書いてあるから前半は読まなくても問題ないのよ。」
「…申し訳ありません。」
自分の行動を不甲斐なく感じて小さくなるクロエ。彼女にしては珍しく、分かりやすいほどにしょんぼりとしている。
色んな意味で衝撃だったらしい。
一方、アレシアは便箋を掲げて何やら思案している。
「紙って貴重よね。」
「そうですが……」
嫌な予感しかしないクロエは、歯切れの悪い返事をした。
この話の続きを聞きたくなく、お茶の時間を口実に退出しようとしたが、その前にアレシアが口を開いた。
「この便箋、勿体無いから再利用出来ないかしら?水に溶かしてまた紙に生成出来るんじゃない?」
「・・・」
この国で最も高位な者からの苛烈な恋文をただの紙に戻そうと考えているアレシアに、クロエは返す言葉が見つからなかった。
今回ばかりは、さすがにイオンが可哀想だと思ってしまった。
「アレシア様、イオン国王陛下の私室に入られたことはございますか?」
「え?ないわよ。いつも執務室の方に行くから、寝室は一緒だし、私室に入ることは無かったわ。」
「では一度いらしてみてください。それまでこちらの手紙は私が責任を持って預かっておきますので。」
「???」
どうして紙の再利用の話からイオンの私室の話になるのか全く理解出来なかったアレシア。
だが、まだ入ったことのない部屋というのはなんだか無性に気になってしまう。アレシアは、仕事のキリが良いタイミングで早速イオンの私室を覗いてみることにした。
自分の私室から共用の寝室を抜け、イオンの私室のドアを開けたアレシア。
想像よりも殺風景なその部屋には、小さな本棚とデスクと椅子しかない。
クロエは、どうしてこんなものわざわざ私に見せようとしんだろう……
自分の執務室に戻ろうとしたアレシアがふと部屋の壁に目を向けると、その光景に目を疑った。
「な、なによこれっ………」
壁に飾られた額縁を見て大きく目を見開いているアレシア。驚き過ぎて口も開けっぱなしだ。
並んでいる額縁は、何かの表彰状か国に関わる権利証だと思っていたのだが、よく見ると直筆で書かれた何かであった。更によく見るとそれは見慣れた自分の文字であったのだ。
婚約者時代、アレシアがイオンへ送った手紙が一枚ずつ額縁に入れられて飾られていた。
厳密に言うと、イオンからもらった手紙に対する返事だが。
複数枚並んでいる手紙は全て、『季節の挨拶+畏まりました。』のみが書かれている。とてもじゃないが、飾るような代物ではない。そして、婚約者に書くような手紙ではない。
こんなものを壁一面に飾っているイオンの私室は、彼の愛が常軌を逸していることを物語っていた。
「如何でしたか?」
青い顔をして戻ってきたアレシアに、クロエは少し心配そうな目を向けた。
「もう少しマシな返事を書くわ。」
さすがのアレシアも罪悪感を抱き、紙の再利用の話など忘れて机に向かうと、一心不乱にペンを走らせていた。
その後、アレシアから初めて手紙らしい手紙を貰ったイオンの喜びようは半端なく、一ヶ月ほど最高に機嫌が良かった。その結果、ファニスの仕事がかなり捗ることとなった。思わぬ副産物だ。
そして、職人を呼び寄せて保存用と持ち歩く用と飾る用と自慢する用に複写させたのだった。
どうしても描きたかった話です(´∀`)
番外編としての今後の二人の話はまた追って書きます!




