ファニスからの提案
「突然の訪問にも関わらず、温かく迎えてくださりありがとうございます。改めまして、わたくし、イオン王子殿下の側近のファニスと申します。」
赤毛で黒目の彼は、目付きが凛々しく、整った顔立ちをしていた。
冷たい印象を持たれることの多いファニスは、無用な警戒心を抱かれぬよう、意識して笑顔を作った。
が、アレシアに対して、それは無意味だった。
「ええと…何のご用かしら?」
ファニスの突然の訪問の目的が気になって仕方のないアレシアは、怪訝そうな顔のまま、挨拶もなしに気軽に問いかけた。
友達感覚の彼女の態度に、ティモンがアレシアの袖を引っ張って、注意した。
「姉様!挨拶くらいは返しなって。」
「ティモン様、お気になさらず。いきなり来た無礼者はこちらの方ですから。で、早速、本題ですが…今何かお困り事は無いですか?」
ファニスはにっこりと笑った。
「いや、まさに今…」
「ね、姉様!」
不敬過ぎる発言の予感に、ティモンは姉の肩を軽く叩いて、慌てて発言をやめさせた。
「ふふふ。アレシア様は本当にお変わりになりましたね。私は、こちらの方が人間らしくて俄然良いと思いますよ。で、お困り事の話ですが…そうですね…例えば、領地経営の立て直しのこととか。」
ファニスは意味深な顔つきで、アレシアの方をちらりと見た。
「え、、、それ今物凄く困っているわ。もう何から手を付けて良いのか分からなくて、、八方塞がりなのよ。」
アリシアは、先ほどまでの収穫ゼロの悲惨な状況を思い出し、目に手を当て天を仰いだ。
「では、僭越ながら私がお力になりましょう。王子の側近として、事務仕事はそれなりに得手ですからね。」
「え!!手伝ってくれるの!?」
「はい、もちろん。」
「ちょ、ちょっと…姉様!」
ティモンはアレシアの腕を引っ張って自分の方を向かせた。
2人は、そのまま姉弟会議を始めた。
「姉様、そんなに簡単に信用していいの?王子の側近だよ、こんなこと頼んで後から何を言われるか…」
「困っているのは事実なんだから、使えるものは全て使うべきよ。」
「でも、もし、報酬として、とんでもないことを要求されたら…」
「それは、結果が出た時の話でしょう?使ってみなければ、彼の有用性は分からないし。問題解決した後の話なんて、今はまだ早いんじゃない?」
「確かに、それはそうだけど…」
ファニスの目の前で繰り広げられた、失礼過ぎる2人の会話は、しっかりと彼の耳にも届いていた。
「お二人とも、聞こえていますよ。」
必死に笑顔を保ちながら放った彼のひと言は、激しい議論の応酬をしていた彼らには届いていなかった。
ファニスは静かにため息を吐き、彼らが結論を出すまで大人しく待つことにした。
気を利かせた使用人が、彼の前に新しい紅茶を運んできた。
「ぜひ、お願いするわ!」
会議を終えたアレシアが嬉しそうに声を掛けてきた。隣のティモンはまだ少し不安そうな顔をしている。
「承諾頂きありがとうございます。このファニス、謹んで、お受け致します。」
彼はにこやかな笑顔で対応したが、内心は冷や汗が止まらなかった。
待っている間、イオンからの命令なのに、ここでアレシアに拒否されたらどうしようと気が気でなかったのだ。
断られなかったことにホッとし、気付かれないよう、小さく安堵の息を吐いた。