信用とは
『私の幸せを貴方が決めるの?』
『貴方はイオンの何を知っているの?』
自分よりも年下のアレシアから発せられた芯のある言葉に、レンブラントは衝撃を受けた。
イオンの事情で、わけもわからないまま婚姻後すぐに王妃にされてしまった少女。顔か家柄で選ばれただけだと思っていた。王妃という名に喜び、年若い国王とおままごとをしているだけだと勝手にそう考えていた。
たが、目の前の少女はレンブラントの想像と遥かに異なっていた。
彼女の発する言葉には、王族ならではの風格と威厳があり、目の前の者の戦意を奪ってしまうほどの言霊が宿っていた。
単なる興味で、いつものようにちょっかいを出して掻き回してやろうと思っていただけなのに、自分はとんでもないことをしてしまったのだと嫌でも自覚させられる。
レンブラントは、アレシアに対して得体の知れない恐怖の感情を抱いた。
「イオンは王国のために自分の人生の全てをかけているの。それほどまでして、この国を幸福に満ち足りたものにしたいと、本気でそう思っているの。何も知らない貴方がどうしてそんな勝手なことを…冗談も大概になさい。」
「そんな夢物語を本気で信じているのです?」
「理想を見ずして、何を手に入れられる?出来ることしかやらない国に発展などあり得ないわ。イオンは王国の発展を心から願い、そのために死ぬほどの努力をしている。それが事実よ。それ以外のことなんて私にとってはどうでもいいの。彼が決めたことなら私は支持する。彼は、自分本位の選択をする人じゃないから。」
「でも、隠されていたことは事実では…信頼されていないのに、貴女だけ彼を信じるのですか?それは不公平ではないですか?」
「イオンは、私のためになることしかしない。彼が判断したことなら、それは私にとって有益なことよ。だから、そこに疑う余地などないの。」
「そんな、そんな綺麗事ばかり言って…それで裏切られたら?良いように使われたら?貴女の心はどうなります?そんな甘いことばかり言っていると、簡単に捨てられてしまいますよ。」
レンブラントには信じられなかった。
実の兄弟でも疑えと、人の言葉を鵜呑みにするなと、善意には必ず裏があると、そう言われ続けて育ってきた。
常に周りを疑い、騙し騙され、人を信用することなくここまで来た。それなのに、今更そんな性善説を理解出来るわけがない。
「そんなあり得ないこと、考えるだけ時間の無駄だわ。貴方は、この世界から空気がなくなったらどうしようって悩むことある?そんな無駄なことしないでしょう?私にとって、彼への信頼は同じようなものよ。」
「おかしいおかしいおかしい…そんなふうに相手のことを信頼し切るなど、そんなことは普通じゃない。貴女は狂っている。」
「そうね。それはきっと、イオンの愛が尋常じゃないからだわ。それは間違いないわね。」
「何をいきなり…私は、そんなことを聞いているのでは…」
理解できないアレシアの話に、レンブラントは苛立ちを隠せず、頭を掻きむしった。
「だからもう、私達に構わない方がいいわ。こんなことをしても意味がないもの。」
アレシアは哀れみの目を向けた。
レンブラントが理解出来ないと頭を抱える様が、絶対的な価値観を押し付けられて育った昔の自分と重なったのだ。
だが、これは自分で気付かなければ脱することは出来ない。今ここでアレシアが教えてやるわけにはいかなかった。
それに加えて、王国と帝国の考え方が合うことは絶対にないだろうと思った。慈愛に満ちたイオンが率いる王国と、権力を振りかざす帝国では何もかもが違う。価値観が異なるものに優劣を付けることなど出来やしないのだ。
でも、自分が洗脳に気付かないまま、レンブラントのような人と結婚していたら、自分も同じように考えて他国を陥れようとしていたかもしれない…
つい、そんなありもしないことを想像してしまったアレシアは、湧き起こった処理し切れない複雑な感情に視界が滲んだ。
「ありがとう、アレシア。もう大丈夫だから。」
「え…」
アレシアは、すぐ耳の側で聞こえた声と、後ろから包み込むような暖かな体温と、目元を拭う優しい指の感覚を同時に認識した。
「イオン…?どうしてここに…?」
「君とそこの皇子が共に出ている姿を目にしてね。場所はクロエラ嬢から聞いたよ。」
イオンはアレシアのことを抱きしめたまま、彼女の髪を撫で、落ち着かせるようにいつも以上に優しい声で言った。
ぽんぽんと軽く頭を撫でると、今度はレンブラントに向き合った。
「二度目はないと伝えたはずだが、宜しければ言い訳をお聞きしても?」
これ見よがしに、ジャケットの隙間から帯刀している剣を見せ、にっこりと極上の黒い笑顔を見せた。
アレシアとは比べ物にならないもほどの気迫に、レンブラントは思わず身震いをした。
剣のツカに手を掛けたイオンは、相手の返答次第では、斬り伏せる気が満々という顔で相手の出方を伺った。




