イオンの秘密
「申し訳ございません。わたくしったらつい…このような重要な事項、他国の王族に話せるわけがありませんわよね…。今のはご放念くださいまし。」
目の前の固まっているレンブラントを見たアレシアは、国家機密に触れる質問をしてしまったのだと勘違いをし、謝罪の言葉を口にした。
「い、いえ…そういうことではなく、少し驚いただけですので、どうかお気になさらないで下さい。」
「そのような寛大なお言葉、感謝申し上げますわ。」
片手を挙げて問題ないことを主張するレンブラントに、アレシアはほっと胸を撫で下ろした。
レンブラント皇子が温厚な方で良かった…帝国相手に不敬をしてしまったら何をやり返されるか分からないから、今後はもっと気を付けないと。イオンに迷惑を掛けてしまう。一国の王妃として、あるべき言動を取ることを今一度心に刻もう。
…………でもやっぱり気になる。
こんなに見事に咲き誇る花を見たことがないもの。後で庭師を探し出して直接話を聞くことにしようっと。
アレシアは小さく息を吐いた。
そんな彼女をじっと見つめてくる瞳と目が合うと、レンブラントは何かを覚悟したような表情で口を開いた。
「アレシア王妃殿下、」
「なんでございましょう?」
「イオン国王陛下の即位に纏わる話を聞いたことがございますか?」
レンブラントはアレシアの顔色を窺うように覗き込んできた。
突然のレンブラントの言葉に、アレシアは不思議そうな顔をし、この後の展開を予測したクロエは皇子相手に殺気を放つ寸前であった。
「いいえ、ございませんわ。」
「やはり、貴女様には隠されているのですね…。あの時期に行われたイオン国王陛下の即位は偶然ではなく、かなり前から計画されてきたものだと。」
レンブラントは、ワザと声を落とし、とんでもない秘密を暴露するかのように言った。
アレシアの不安を煽り、彼女の心を揺さぶるように言葉を重ねる。
「何もかもが計画された上で、意図的に先王を排除し、武力で奪い取った王の座にいるとしたら、それは国民への裏切りに等しい。平和を謳う裏で、自らが暴力で権力を奪い取る。そのようなことがあって良いのでしょうか。それを国王として認めてしまって、国の安寧は得られるのでしょうか。何かあった時に、また暴力で解決をするのではないでしょうか。」
「イオン国王が王座を奪い取った…ですって…?」
「ええ。彼が次に横暴な手段を取った時、一番に困るのは王妃である貴女様だと私は思うのです。アレシア様、私は貴女のことが心より心配なのです…」
レンブラントは、目の前で不安そうに瞳を揺らすアレシアの頬にそっと手を伸ばした。
無粋にアレシアの頬に触れようとするレンブラント。
抵抗する素振りのないアレシアの代わりに、クロエがその手を払い除けようと一歩前に足を踏み出した。
「アレシア、こんなところにいたのかい?」
夕日に輝く美しい金髪の彼が微笑みを携えてアレシアの元までやってきた。
予想外のイオンの登場に、レンブラントは舌打ちを堪えて、伸ばしていた手をさっと引っ込めた。若干、顔が引き攣っている。
「イオン国王陛下、お忙しい中こちらに来てくださりありがとうございます。拝謁頂き、庭師も喜びましょう。」
「ええ、とても美しい庭園ですね。このような希少な場を皇子自ら私のアレシアにご案内下さり誠にありがとうございます。」
「いいえ。私もたまたまこの場にいただけですから。御礼を言われるようなことではありません。では、私はこれで失礼致します。」
何食わぬ顔でその場を後にしようとするレンブラントだったが、彼がイオンの真横を通り過ぎる瞬間、彼だけにしか聞こえない声でイオンは低く呟いた。
「二度目はないぞ」
普段のイオンではない低い声に、突き刺さるような視線、死を感じさせるほどの殺気、一瞬のことであったが、絶望を感じるほどの恐怖を味わったレンブラントは逃げるように立ち去って行った。
「アレシア、遅くなってすまなかった。部屋に戻ろう。」
「え、ええ」
イオンは、アレシアが勝手に庭園に出てきたことを責めることはせず、彼女の手を引いて部屋に戻って行った。
***
アレシアとイオン、二人きりで夕飯を取ったが、彼女の口数は少なく、イオンの話に相槌を打ち、曖昧に笑ってばかりであった。
その後、アレシアは疲れたからと言って早い時間にベッドに潜り込んだ。
イオンは、ベッドで眠るアレシアの髪を撫でると、上着を羽織り別室に向かった。
「クロエ、レンブラント皇子はアレシアに何を言った?」
イオンがアレシアの異変に気付かないわけがなく、クロエに庭園での出来事を洗いざらい話をさせた。
全容を聞き終えたイオンは、空気がピリつくほどの殺気を放った。それを真正面から受けたクロエは顔が青ざめ、後ろに控えていたファニスは防衛本能で無意識に剣のツカに手を掛けていた。
「僕のアレシアに余計なことを…人の最愛に手を出して無事でいられると思うなよ。絶対に赦すものか。」
これまでに聞いたことのないほど、感情的な声音であった。そこにいつもの微笑みはなく、ここにいない誰かに向けられた目は、殺意そのものであった。
「明日の夜会、あいつはまた仕掛けてくるだろう。クロエ、アレシアの側を絶対に離れるなよ。ファニス、いざとなったら僕のことは構わず、アレシアの元へ行け。これ以上、心優しい彼女の耳を汚させるな。」
「「畏まりました」」
何があってもこの秘密は守り通さねばならない。これは僕の誓いだ。僕の身勝手で始めたことに、彼女を巻き込むわけにはいかない。
心の底から愛しているアレシアにもこの件だけは伝えるわけにはいかない。
これ以上、王族の事情に彼女の人生を邪魔させるものか。
この秘密は墓場まで持っていく。
アレシアは汚い大人の世界のことなんて知らなくて良い。綺麗なもなだけ目にして、理想を語って、それに向かって尽力する。それだけでいい。そのためなら、邪魔者の排除でも、国取りでも、僕は何だってしよう。国民を巻き込むことすら厭わない。
だって、僕の人生はアレシアの物なのだから。




