アレシアの猪突猛進
『ちょっとくらい良いんじゃない…?』
アレシアは、側に控えるクロエのことを期待に満ちた目で見上げた。
見つめられたクロエは、非常に険しい顔をしている。
『皇宮の外に出るわけじゃないし』
『こちらでは何があるか分かりませんから』
『せっかく来たんだから、この機会を逃したら次は一体いつになるっていうのよ』
『しかし、イオン様の許可が…』
『イオンよりも早く戻って来れば良いのよ。大丈夫、言わなければバレないわ。』
『そういう問題では…』
皇族に仕える従者の手前、声に出して話すことは出来ないため、二人は視線だけでやり取りを交わした。
「こちらから近いんですの?」
クロエの後ろからひょっこりと顔を出したアレシアは、興味津々な態度で従者に尋ねた。
「ええ、すぐ側にございます。」
「それでしたら、案内をお願い出来るかしら?」
「光栄にございます。では、僭越ながらわたくしめが案内をさせていただきとう思います。」
勝手に了承してしまったアレシアに、クロエがため息をつく気配がした。
皇族との食事の後、アレシアと部屋に戻ってきたイオンだったが、その後重役達との会議の為またすぐに出て行った。
部屋に残されたアレシアが夕飯までの僅かな時間を何をしようかと考え始めた頃、従者が部屋を訪ねてきたのだ。
部屋と言っても、プライベートな空間ではなく、その手前にある側近達が控える部屋だ。
そして、いくら皇族の従者とは言え、王妃であるアレシアと直接話をさせるわけにはいかず、クロエが応対した。
その従者曰く、昼食の席で庭園に珍しい花があるから是非見て頂きたいということを伝え忘れたため、皇帝の命により部屋まで訪ねてきたのだと言う。
『伝え忘れていた』という後から取ってつけたような幼稚な理由に、クロエは猜疑心を抱いた。しかし、『珍しい花』という言葉に、隠れて話を聞いていたアレシアは、金儲けの匂いを感じ、自ら姿を現してしまったのだ。
その結果、アレシアが興味関心を止められるわけがなく、クロエの制止を無視して従者について行くことを決めてしまった。その後ろを、達観した顔のクロエが続くこととなったのだ。
「こちらにございます。わたくしめは、端に控えてますので、お帰りの際はお申し付け下さいませ。ではどうぞごゆっくり。」
アレシアを庭園の入り口まで案内すると、恭しく礼をして下がって行った。
その様子をクロエは疑わしげな目で追った。
護衛である自分が同行しているとは言え、他国の王妃を案内してその場に放置するなどあり得ない。
何か裏があるはずだと辺りの気配を探ったクロエは、すぐにその真意に気付いた。
「皇宮の庭園は如何です?中々に見応えがありましょう。」
待ち構えるように、にっこりと微笑むレンブラントが両手を広げて佇んでいた。
く、やられた…っ
クロエはつい舌打ちしていまいそうになるのを堪えた。
最も警戒していた人物と主君を相対させてしまったことを心の底から悔やみ、一刻も早くこの場を立ち去るべく、尤もらしい言い訳を必死に考えた。
一方のアレシアは、よく手入れされ、庭園の端から端まで美しく咲き誇っている花々に心を奪われていた。
王都では見かけたことのない、青とピンクのグラデーションの花弁を持つ花や、白水色ピンク黄色の花びらが混ざっている花など、見るだけで心躍るものばかりであった。
噴水を取り囲むように円形に二段造り花壇が並んでおり、ベンチと一体型をしている。これを見ただけでも分かる、王国にはない精巧な技術だ。
自然と技巧が上手く調合した美しさに、アレシアは目を細めうっとりとした表情を浮かべている。
人形のような整った見た目のアレシアが惚けている横顔に、レンブラントは息を呑み、つい見入ってしまった。
そんな刺さる視線も気にすることなく、庭園を眺め続けるアレシア。クロエは不躾な視線から守るため、さりげなく主君の斜め前方に移動した。
「ええ、本当に素晴らしいですわ。王国とは何もかもが異なり、卓越した技術の高さが窺えます。」
「気に入って頂けたようで何よりです。宜しければ、このまま案内をさせて頂いても?」
腕を構え、スマートな流れでエスコートを申し出たレンブラント。
そのあまりに自然な動きに、うっかりその腕を取ってしまうのではと内心ヒヤヒヤしながらクロエは主人の反応を待った。
「お心遣いに感謝申し上げますわ。その前に、少しお話をお聞きしても宜しいかしら?」
「ええ、何なりと。」
アレシアの返答を好感触と解釈したレンブラントは、構えてた腕を胸の前に持っていき、どこか満足げな様子でにっこりと微笑んだ。
「こちらの土には、何という肥料をお使いになっていますの?」
「…………は」
全く予想していなかったアレシアの質問に、レンブラントはこれまで発したことのない間抜けな声を出した。
何と言っているかは理解できたが、どうしてそんなことを言ってきたのかは全く分からず、未だ嘗て経験したことのない混沌に、レンブラントは脳の処理が追いつかない。
いつもの突拍子もないアレシアの発言。普段なら頭を抱えるクロエだが、今回ばかりはアレシアの発言に、心の中で拍手喝采を送っていた。




