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ティモンはこの日、叙爵の手続きのため王宮を訪れていた。渡された書類にその場でサインをし、簡単な質疑応答が終わると手続きは完了となった。非常にあっけないものであった。
功績を受けて叙爵となる場合は、王家主催で式典を開き、国の祝い事として大々的に取り上げることもあるが、今回のように親から継いだ場合には手続きのみで終わることがほとんどだ。
予想よりもだいぶ早く終わり、次の予定まで少し余裕が出来たティモンは、姉に挨拶をしていこうとファニス経由でイオンの許可を取った。
ティモンは、姉に会うため言われた通り建物の裏に回ったのだが、そこには畑と小さな小屋、そして、観賞用ではないと一目見て分かる、素朴な池があるだけだった。
なぜこんなところに…
不思議に思いながらもぐるりと歩いてみることにしたティモン。遠目から見た時には、単なる物置小屋かと思っていたが、近づくと中に数羽の鶏がいることに気付いた。
「これって…」
『アレシア+鶏』の図式に嫌な予感しかしないティモン。
とにかく誰かいないかなと目を凝らすと、かなり離れた場所に人影が見えた。金髪と臙脂色の見た目に、クロエだと分かったティモンは彼女の元へ向かった。
「ティモン様、お久しぶりにございます。ご壮健のこと、お喜び申し上げます。また、叙爵されましたこと誠におめでとうございます。」
「あ、ありがとうございます。クロエさんもお変わりないようで良かったです。いつも姉のことをありがとうございます。」
さすがはエリート騎士、気配でティモンの接近に気付くとすぐさま後ろを振り返り、クロエの方から挨拶をした。
丁寧な挨拶に、ティモンも日頃の感謝と慰労の思いを込めて丁寧にお辞儀をした。
「あの、大した用事ではないのですけど、せっかく王宮に来ましたので、姉に会えればと思ったのですが、姉様がどこにいるかご存知でしょうか。」
ティモンの言葉に、クロエは珍しく困ったような顔で淡く微笑んだ。
どう捉えて良いか分からない彼女の反応に、ティモンは首を傾げた。
「アレシア様はそちらにいらっしゃいます。」
「えっ???」
クロエが手のひらで指し示したのは、目の前に広がる畑だった。見渡す限り人の姿はないが、こんなことでクロエは嘘をつくような人物ではない。ティモンは、言われた場所を目を凝らして凝視した。
すると、土盛りかと思っていた場所が横に移動した。
「あっ!!姉様!!!」
「あら、ティモン!」
畑でしゃがみ込んで作業をしていたアレシアは、ティモンの声に反応して立ち上がった。
その格好は王妃、いや、貴族にすら見えない、泥に塗れた農夫が着ていそうな見た目であった。
あまりにも酷い格好に、ティモンは開いた口が塞がらない。
「なんて格好をしてるの!姉様は王妃様でしょ!そんな姿、周りに見られたらどうするの!!」
「私はこの国の王妃だから、王宮の敷地は言わば私の庭よ。だから問題ないわ。」
ティモンの焦った声に動じることはなく、アレシアは尤もらしい屁理屈で対抗してきた。
「そんなことより、ティモンどうしたの?王宮に来るなんて珍しいわね。」
「そんなことって…でも姉様だからな…もう何言っても聞いてくれないだろうな…国王陛下大丈夫かな、こんな姉で…捨てられないか心配だよ…」
「イオン国王陛下は、アレシア様が何をなさろうと深く愛していらっしゃいますから、ご心配になることはありません。」
「そうですかね…そうだと僕も安心なのですけど…それにしても何事も限度ってものが…とりあえず邸に戻ったら詫び状を送らせてもらおう。」
「ティモン様のお心遣い、イオン国王陛下にこちらからもお伝えしておきます。」
『お互い、苦労しますね…』
『いえ、ティモン様に比べたら私はまだまだこれからです…』
そんな酷似した苦労を共有した二人は、自然な流れで固い握手を交わした。
「ちょっとー!!二人とも私のことを無視しないでよ!!」
アレシアは、握手を交わす二人の間に割り込んでいった。
「ごめんね、姉様。えっと、色々言いたいことはあるけれど、ひとまず、いつもと変わらない元気な姿が見られて良かったよ。それと、もうすぐ帝国に行くんだって?ファニスさんから聞いたよ。新婚旅行に行くって。気を付けて、楽しんできてね!」
「いやあれは、完璧に公務の一環だから…イオンが勝手に新婚旅行ってこじつけてるだけよ…」
「そう、だったんだ…何も知らずに気軽なことを言ってごめん。イオン様への手紙にそれとなく、姉様が公務じゃなくて本当の新婚旅行に行きたいって言ってたことを伝えておくね。大丈夫、イオン様ならきっと姉様の願いを叶えてくれるよ。」
「ちょっと!!そういうのじゃやいから!!!そんなことを言ったら大変なことになるわ!!」
「あ!もうこんな時間。そろそろ行かなきゃ。急にごめんね。次はちゃんと約束を取り付けてから会いに来るから。またね!」
「ティモン!私の話を聞いてっ…あ、行っちゃったわ…はぁ…どうか忙しさに呑まれてさっきの話は全てティモンの頭から消え去ってくれますように。」
青い顔をしているアレシアの肩に、クロエがそっと上着をかけた。
「日が傾いてきましたから、今日はもう戻りましょう。」
「ティモンが軽く頭をぶつけて、部分的に記憶喪失になっていますように…なるべく怪我はしない方向で…」
ぶつぶつと怖いことを呟くアレシアに、クロエは苦笑していた。




