新婚旅行の行き先
『新婚旅行に行こう』
突然のイオンの言葉に、アレシアは言葉が出なかった。
国が安定していないこの時期に個人的な旅行など…と一瞬頭をよぎったが、彼女が本質的に心配していることはそこではない。
「えっと、新婚旅行って、まさか二人きりで…?」
目の前で機嫌良くにこにこしているイオンに、アレシアは恐る恐る尋ねた。
旅行の間、朝から晩までイオンと二人きりなど色々な意味で恐ろしくて想像ができなかった。
「本当は二人きりが良かったんだけどね。ファニスが護衛をつけろとうるさくてね…立場上仕方のないことだとは分かっているのだけど…ごめんね。」
「よかったーーー!!!!」
二人きりではない聞いた瞬間、アレシアは一気に笑顔になった。
「ア レ シ ア ??」
「あ!新婚旅行が嬉しいなって、そう思って喜んだのよ!で、どこに行くの?山?川?海?」
イオンの圧にビビったアレシアは、必死に取り繕った。焦るあまり、新婚旅行先として聞いたことのない川まで候補に挙げてきた。
「ふふ、アレシアも同じ気持ちで良かった。まぁ、二人きりではないと言っても、往復の馬車の中は二人だけだし、道中の宿も滞在先の部屋ももちろん君と二人きりだから、十分に満喫出来るんじゃないかな?普段できないことをしよう。せっかくの新婚旅行だからね。」
「え、泊まりがけで移動って、かなり遠くへ行くの?」
アレシアは、最後の怪しい台詞を丸ごと無視して気になったことを尋ねた。
「ああ、帝国に行こうかなと思ってね。」
「え……………」
帝国は戦好きで知られる大国だ。
派手に近隣諸国に喧嘩をふっかけては、戦利品として土地や人を奪い取って国力を高めてきた歴史がある。そして、今もこの王国とは比べ物にならないほど膨大な軍事力と全世界への影響力を持つ。
近年ではその攻撃性は弱まったと言われているが、今代の皇帝に代替わりしてからやり方が姑息になっただけで、本質は何も変わっていないという噂もある。そのため、なるべくなら関わりを持ちたくない国であり、小国の国王夫妻が新婚旅行先に選ぶような国ではないのだ。
「本当はアレシアと一緒に行き先を決めたかったんだけどね。諸事情があって、帝国から招待を受けてしまったんだ。」
「それ………新婚旅行なんかじゃなくて公務じゃ…」
イオンはアレシアの口を軽く手で塞いだ。
本当はキスで塞いでやろうと思ったのだが、クロエから放たれる視線が殺気を帯びていたため、今回は控えることにしたのだ。
「アレシア、僕と愛しい君が共に向かうのなら、それは全て新婚旅行と同義だ。例え行き先が地獄であろうと、君さえいてくれれば僕の心は歓喜に沸き立つ。」
イオンは妖艶に微笑むと、アレシアの口から手を離し、彼女のおでこにキスをした。
「いや、一国の王が動くならそれは全て公務だと思うけど…」
アレシアの最もすぎる考えは、イオンによって華麗に聞こえないフリをされた。
「クロエ、今回の帝国行きの件、お前には特別任務を与える。帝国に滞在中は、帝国人の令嬢のフリをしてアレシアの側に控えろ。その方が色々と都合がいい。」
「御心のままに。」
クロエはイオンに対して、恭しく一礼をした。
え…令嬢のフリって、ま、まさか、クロエがドレスを着るの…??このいつも臙脂色の制服しか身に付けないあのクロエが…!!?き、金髪美女の普段とは異なる令嬢姿…これは間違いなく萌えるわね。
これはファニスもきっと嬉しいだろな。
「ファニス、良かったわね!」
アレシアは、いつの間にかイオンの後ろに控えていたファニスに向かって親指を立て、笑顔を見せた。
元々無表情に気配を消して控えていたファニスだったが、それにも関わらず、表情が凍り付いていた。一方、アレシアはそんな彼の異変に気付くこともなく、何も反応を示さないファニスにもう一度声を掛けようかと口を開きかけた時、イオンの冷たい声が部屋に響いた。
「ファニス、後で話がある。」
「…畏まりました。」
ファニスは死を悟ったような表情で深く一礼をした。そんな彼を心配そうな顔でクロエが見つめている。
アレシアだけは訳が分からず、首を傾げてイオンとファニスの顔を交互に見比べていた。




