再会
「姉様!」
「ティモン、久しぶりね!」
結婚式を間近に控え、王宮の応接室でアレシアとティモンは約1年ぶりの再会を果たしていた。
結婚式の前に積もる話をしたいだろうと、イオンがこの場を設けてくれたのだ。
今日は姉弟水入らずのお茶会ということで、クロエも席を外し、部屋の前で警備をしている。
「随分と背が伸びたわね!顔付きもだいぶ大人びて、毎日頑張っているのね。」
「姉様も国王陛下と仲睦まじいようで本当に良かった。国王陛下もとてもお喜びになっていたから、僕はとても嬉しいんだ。」
すっかり大人の顔になったティモンだったが、無邪気に笑うその様は、子どもの頃と変わらなかった。
「え?イオンと会っているの?」
イオンから直接聞いたようなティモンの口ぶりに、少し引っかかったアレシアは、首を傾げて尋ねた。
「あれ?姉様知らない?イオン国王陛下は、毎日のように手紙を送って下さるんだよ。いつも姉様のことだけが書いてあるんだ。こと細かに書いてあるから、この1年間、僕も身近で姉様のことを見守っていたような気持ちだよ。」
キラッキラのいい笑顔で話すティモンとは真逆に、アレシアの顔は曇りつつあった。
「何よそれ、初めて聞いたわ…ちなみに、どんなことが書かれていたの?」
「日常のたわいもない話が殆どだけど…あ、少し前に、いつもよりも中身の入った分厚い封筒が届いてね、契約書か何かかなと思ったら、姉様が初めて国王陛下の名前を呼んでくれたって、その時のことと姉様に対する気持ちがぎっしりと書き連ねてあって、それはそれは…」
「…もういいわ。」
これ以上は聞かない方がいいと判断したアレシアは、ティモンの言葉を片手を挙げて制止した。
イオンは、アレシアと結婚した後も、手紙を届けて欲しいとファニスに依頼していたのだが、突っぱねられていた。
隣の部屋に住んでいるのに、わざわざ手紙を出す必要がどこにありますか、そんなことしたら重いと思われてアレシア様に嫌われてしまいますよ、と。
しかし、アレシアに対する思いが止まらないイオンは、ファニスからの忠告を無視して手紙を書き続けた。
日に日に机の上に重なっていくアレシアへの手紙に、とうとうファニスの方が折れた。
折衷案として、これはティモンに届けようと提案したのだ。
こんな美辞麗句の塊、本人に送り付けても困らせるだけだから、代わりに弟に送って近況報告代わりにした方が有益だと、やんわりと伝えた。
その結果、毎日のように、アレシアを褒め称える手紙が実弟の元へ届くようになったのだった。
素直なティモンはそれを嫌がることはなく、姉の近況報告だと、毎日嬉しそうに目を通していた。
「ティモン、領地経営の方は順調?」
イオンが勝手に手紙を送っていた事実に一瞬目が遠くなりかけたが、せっかく弟と会えたこの時間、無駄にしたら勿体無いっ!と気合を入れ直し、180度話題を変えた。
「うん、なんとかね。ファニスさんの協力もあって、赤字は解消したよ。あと1年もあれば、借金返済の目処が立てられそうなんだ。」
「良かった…。家の問題を貴方一人に背負わせてしまって本当にごめんなさい…でもこうやって1人でも立派にやっていて…自慢の弟だわ。」
「姉様は、王妃様という誰よりも責任を問われる立場で、国のために頑張っているんだから。僕のやっていることとは比べ物にならないよ。」
ティモンは照れ隠しのように言うと、誤魔化すように頬を指で掻いた。
「そう言えば、ティモン貴方、叙爵が決まったんですって?」
「うん、無事にね。これもファニスさんのおかげだよ。多方面で助けてくれたんだ。来月には公爵を名乗れる。これまでは何をするのにも委任状が必要で手間が多かったから、本当に良かったよ。」
「すごいじゃない!最年少で公爵を叙爵するだなんて。ファニスの助力もあったかもしれないけど、ティモンが頑張った結果よ!!正式に叙爵したら是非一緒にお祝いをしましょう!」
「その時は僕も呼んでくれるのかな?」
「え?」
声に反応して振り向くと、すぐ後ろにイオンがいた。公務を抜け出してティモンの顔を見に来たのだ。
「国王陛下、このような貴重なお時間を頂戴しまして誠にありがとうございます。陛下の御心遣いに感謝申し上げます。」
イオンに向かって最敬礼の姿勢を取った。15歳とは思えない、堂々とした貫禄のある挨拶であった。
そんな彼に対し、イオンはひらひらと気軽に片手を振った。
「そう堅苦しくしなくていい。僕たちは家族になったんだ。僕のことは、気軽にお兄さんと呼んでくれて良いんだよ?」
茶目っけたっぷりに片目を瞑り、ティモンに向かって笑いかけた。
「ありがとうご…」
「ちょっと、イオンっ!!!!!!」
ティモンの言葉を遮り、アレシアはイオンのことを指差した。
相変わらずの不敬全開の姉の態度に、ティモンは血の気が引き、顔面蒼白になった。
公爵代理として働いて来た今、姉がどれだけのことをしでかしているのか、十分過ぎるほど理解してしまっているのだ。
「ちょっ、姉様!」
「どうしたの?アレシアがそんなに必死に僕の名を呼んでくれるなんて…僕は嬉しくてどうにかなりそうだ。」
うっとりとした顔で、アレシアの手を取り、握りしめたまま熱い瞳で見つめてきた。
ティモンの声など彼の耳には一切届いていない。
「ティモンに送っている手紙の話聞いたわ!勝手に色んなこと書いたんでしょう!?」
「ああ、ごめんね?」
眉を下げ悲しそうな顔ですぐに謝って来たイオン。
仔犬のようなしょんぼり顔に弱いアレシアは、少し言い過ぎたかも…と良心が痛んだ。
「次からは君にも手紙を届けることを約束しよう。ティモンだけに送ってしまって悪かった。」
「は??」
「安心して。君への手紙の方が枚数を多くするから。まぁ、意識せずとも、アレシアへの愛を書き連ねるだけで、便箋など何枚あっても足りないのだけどね。」
「いや、そういうことじゃないからーー!!!」
アレシアの声が響いた。そんな彼女を、イオンはニコニコとひどく嬉しそうな顔で眺めている。
相変わらずの二人であった。




