伝えたかった想い
息を呑むアレシアの目には、市井の街が見えていた。
遮蔽物のない丘の上からは、街全体を難なく見渡すことが出来た。今まで切り取った部分しか見れなかったアレシアは、四方八方に道や建物が広がり、その隅々まで多くの人が行き交う様を初めて目の当たりにした。
「すごい…こんなに沢山の人がいたのね…とても立派な街だわ。」
もちろん、人口という無機質な数字としては把握していたが、実際に目にすると、想像以上の多さに驚く。
「ああ。ここにいる一人一人の生活のおかげで僕らの生活が、僕らの国が成り立っている。そして、僕達もその一人一人を大切に想っている。それが皆に伝われば良い国になると常日頃から僕は考えていたんだ。」
丘の上から見える景色を食い入るように見ているアレシアの隣に立ったイオンは、彼女の手をそっと握った。
「そして君は、誰よりも先に、行動で想いを示した。本当に素晴らしいことだよ。彼らはアレシアという国母にこんなにも愛されているのだから。」
羨望の入った眼差しでアレシアのことを見つめたイオンは、彼女の手を握ったまま、その場に片膝をついた。
「えっ?」
「順序が逆になってしまって本当に申し訳ないと思っている。これは僕の自己満足だ。でも出来れば僕の想いを聞いてくれたら嬉しい。」
真剣な青い瞳に抗うことなど出来ず、アレシアも真っ直ぐにその目を見つめ返しながら、しっかり頷いた。
「僕は、君という存在を知った時から君のことが愛しくて堪らないんだ。君の存在にどれだけ救われたことか…だから僕は、君のために自分の人生を歩むと決めた。前に君の心はいらないなんて格好付けて言ってしまったけれど、今は、君の全てが欲しい、君と全てを分かち合いたい。アレシア、愛している。僕と共に人生を歩んで欲しい。」
イオンの言葉に、アレシアは目を滲ませながら、自分も膝をついて向き合った。
「私は、どんな時でも味方でいてくれるイオンがいるから、自信を持てるの。こんな私のそばにいてくれてありがとう。私も、貴方なしの人生なんてもう考えられないわ。」
「アレシア…」
イオンは目の前で自分と同じように膝をつくアレシアの肩を抱いて身体を支え、もう片方の手を彼女の顎に添えた。
ゆっくりと顔を近づけ、アレシアが逃げないことを確認すると、目を閉じて唇を重ね合わせた。
その瞬間、一瞬だけアレシアの身体が強張ったが、イオンの優しい口付けに、すぐに緊張を解いた。
二人の間に、お互いの気持ちを確かめ合う、優しい時間が流れた。
名残惜しそうに唇を離したイオンは、アレシアのことをきつく抱きしめた。
「ごめん、幸せ過ぎてちょっと今余裕がない…もう少しだけこのままでいさせて。」
イオンの掠れ声にドキッとしたアレシアは声を出せず、彼の腕の中で数回頷くことが限界だった。
どのくらい時間が経っただろうか、ようやくイオンはアレシアの肩から顔を上げ、抱きしめる腕を解いた。
彼はジャケットの裏ポケットに手を伸ばすと、徐にネックレスを取り出してアレシアに見せた。
「これって、もしかして…」
イオンが見せてくれたネックレスは、5カラットほどのフェイントイエローのダイヤモンドで、その周りは金で囲われていた。
よく見ると、その金は鷹の姿をしており、広げた翼がダイヤモンドの周りを取り囲んでいた。鷹の目には、小さなブルーダイヤモンドが埋め込まれていた。
イオンがネックレスを裏返すと、そこには王家の紋章の刻印があった。
そうこれは、前にアレシアが欲しいと言っていたイオンとの結婚を証明するため特別に作られたものだ。
青い目をした金の鷹が、アレシアの髪色と似ている宝石を取り囲んでいる様は、イオンの執着心をものの見事に再現していた。
「遅くなってしまって悪かった。本当はもっと早くに渡そうと思っていたのだけど、ちゃんと自分の気持ちを伝えて、それを受け取ってもらってからにしようと思っていたんだ。」
「ありがとう。すごく、嬉しい。イオン、付けてもらえる?」
「もちろん。」
イオンはアレシアの後ろに回り、彼女の首元にネックレスを付けた。
彼女の白い肌に、金色がよく映えていた。
「素敵…本当にありがとう。大切にするわ。」
「気に入ってもらえて良かった。」
嬉しそうに笑うアレシアは、この鷹がイオンの紋章であることを知らない。
一方、イオンは、この独占欲丸出しのネックレスを嬉しそうに受け取ってくれたアレシアを見て、実は彼女自身も囲われたいって思っているのかもなどと都合の良いことを考えていたのだった。




