イオンとのお出掛け
今日は久しぶりに外に出掛ける日だ。
アレシアは気分転換をしたくなった要因と隣り合わせで座り、馬車に揺られている。もちろん、片手は繋がれたままだ。
「どこに向かっているの?」
「アレシアに見せたいものがあるんだ。」
とてつもなく機嫌の良いイオンは、行き先を答えることをはぐらかした。どうやら、着くまで秘密にしておきたいらしい。
「着いてからのお楽しみってことね。」
馬車は、アレシアが市井に通っていた時と同じ道を辿っていた。窓から懐かしい風景が流れ込んでくる。
だが、街が近づくに連れ、アレシアは自分の記憶と何かが異なっていることに気が付いた。
「なんか街の感じ変わってない?気のせいかしら?どことなく雰囲気が明るいような…」
いや気のせいかな?とアレシアは窓の外をじっくりと見ながら自問自答していた。
頭を悩ませるアレシアを微笑ましそうに見つめながら、彼女の頭をポンポンと撫でた。
「君のおかげでこの街は変わったんだよ。」
「え?なんで?」
心底分からなそうな顔をするアレシアに、堪らずイオンは吹き出した。
「ふふふ。君って人は、自分がどれだけのことをしたのか気付いてないのかい?」
「そんな謎謎みたいなこと言わないで、勿体ぶらずにはっきり言いなさいよ…」
ジト目で睨んでくるアレシアを愛おしそうに見つめたイオンは、握っていた彼女の手の甲にキスをした。
「君が発案して始めた無料食堂のおかげで、この街の治安が改善されたんだよ。」
「なんで??関係ある??」
「大アリさ。食べ物に困る者が減ったことにより、スリや強盗などの犯罪に手を染める者がかなり少なくなったんだ。素晴らしい結果だね。」
「なるほどね。そんな副産物まであったとは。本当に…あの時イオンに助けてもらえて良かった。1人だったらあのまま意地で続けて頓挫させてしまっていたと思うの。」
イオンはゆっくりと首を横に振って微笑んだ。
「これは紛れもなく、頑張ってきた君の結果だ。もし僕の行動が良き影響を与えていたのだとしても、それはきっかけに過ぎない。誠心誠意頑張ってくれた君が存在して初めて成り立つのだから。」
「ありがとう。イオンにそう言ってもらってすごく嬉しい。けれど…改めて褒められるとやっぱりちょっと照れるわ…」
アレシアは照れた顔を隠すようにそっぽを向いた。イオンは堪らず、アレシアの肩を抱き、そっと自分の胸に引き寄せた。
「へ?」
いきなりの密着に驚いたアレシアから、間抜けな声が出た。
「こんなにすごいことをしているのに、それを自覚もせず、褒められて照れるって…僕の奥さんはいじらしくて、もう閉じ込めたくなっちゃう…」
はぁと儚げなため息を吐いたイオンは、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。
閉じ込めるという不穏な言葉に、イオンの闇事件を思い出したアレシアは、動悸がしてきた。
マズいマズいマズいマズいマズい…
この流れは駄目なやつ、、、何か話題を変えないと、、、えっと何かないかな、、ガラッと雰囲気が変わるような、突拍子もない話題…
あ!!そうだ!!
「イオンは、もし私が嫉妬したらどうする?」
デートっぽく、もしもの話で盛り上がるかななんて気軽に話し始めたアレシア。
「すごく嬉しい…でも、アレシアに無用な心配は掛けたくないから、まずは法整備をして、女官を廃止し、物理的に不安のない状況を作ろう。」
「は?なんか壮大な話になってない?」
「でもそれだと必然と男の目が多くなってしまうな…やはりアレシアには専用のスペースを用意する必要があるな。戻ったらすぐファニスに指示をして…」
「ちょっと待って!!!もしもの話だから!!現実世界とごちゃ混ぜにしないで!!!」
「あぁ…君が僕に対して嫉妬心を抱いてくれるだなんて、身悶えるほど歓喜に沸いてしまって、つい現実だと思い込みそうになってしまったよ。」
ふふふと嬉しそうに笑うイオンを見たアレシアは、いやあいつならやりかねない…と疑いの目で彼のことを見ていた。嫉妬という単語は、アレシアの中では禁句として認定された。
二人がいつもの応酬をしている間に馬車は目的地に着いたらしく、外側から到着の報せとしてノックの音が聞こえた。
今回は、国王陛下と王妃殿下のお忍びのお出かけのため、護衛はもちろん、御者でさえも存在感を消すことに徹底している。
「アレシア、着いたみたいだから行こうか。」
「ええ。」
前を行くイオンの手に支えながら馬車から降りたアレシアは、目の前の光景に思わず息を呑んだ。
「すごーーーーい!!!」
声を上げて喜ぶ彼女が目にしているのは、一面の花畑だった。花畑と言っても手入れされたものでは無く、小高い丘の斜面に広がる野花だ。
抜けるような青空に、鮮やかな緑の芝、その上に広がる色とりどりの花達。
思い切り深呼吸をしたくなるような、素晴らしい風景だった。
「喜んでもらえたようで嬉しいよ。でも、一番に見せたかったものは、もう少し先なんだ。」
「え…?」
ついておいでとイオンに差し出された手を取り、二人は一歩ずつ斜面を登って行く。数分で一番高い場所までやってきた。
イオンに促されるまま、アレシアは登り切った斜面とは反対側に移動した。
「あっ…」
目の前に現れた光景に、アレシアは目を見開き、驚いたように口元を両手でで押さえた。




