婚約解消の話し合い
「姉様!これから王子が来るって聞いたけど、婚約解消の申し出をするんでしょう?心配だから僕も同席していい?」
報せを聞いたティモンが、慌ててアレシアの部屋に入ってきた。
「ありがとう、ティモン。そうね、念の為証人がいた方が安心だし、お願いするわ。」
「うん、任せて。姉様がどんな手を使おうとも、僕は最後の最後まで味方でいるから。」
ティモンは、自信満々に胸を張った。
「貴方、私のことなんだと思ってるのよ…」
予定時刻ぴったりにイオンがやってきた。護衛は馬車に待機させ、側近のファニスだけを連れている。
応接室で、テーブルを挟んで向かい合って座る、アリシアとイオン。話し合いに関係のないティモンとファニスは、それぞれ椅子の後ろに立って控えている。
「アリシア、体調はもう大丈夫なのかい?」
イオンは心から心配しているような口ぶりで言った。が、アレシアは自分の病気設定を完全に失念していたため、忘れてた!!と、内心慌てていた。
「あ、えっと…ええ、もう大丈夫ですわ。せっかくのお誕生日会を台無しにしてしまい申し訳ありませんでした。」
アレシアは慌てぶりを全面に出しながらも、なんとか謝罪の言葉を口にして頭を下げた。
「気にしなくていいよ。君が元気ならそれでいい。それで、婚約の話なのだけど…」
「ご、ごめんなさい、無かったことにさせて下さい!」
イオンの言葉に被せて、アレシアは勢いよく自分の気持ちを伝えた。
王族の言葉を遮るなど、完全なる不敬行為だが、今の彼女にそんなことを気にしていられる余裕はなかった。
「アレシア、愛している」
アレシアの言葉など耳に届いていなかったかのように、何一つ動ぜず、イオンは愛おしそうに見つめて自分の想いを伝えた。
「はぁっ!?」
アレシアは思い切り顔を顰めた。
彼女のその反応に、側近のファニスは驚愕の表情を浮かべた。
姉の変貌ぶりにもう慣れたティモンは、アレシアの反応ではなく、王子に対して不快すぎる発言に、罰せられたらどうしよう…と、内心めちゃくちゃビビっていた。
「ははは!すごいな。本当に君は変わったんだね。こんなに感情を表に出してくれるなんて…僕は嬉しくて堪らないよ。益々君が愛しい。」
恍惚とした表情を浮かべて、うっとりとアレシアのことを見つめるイオン。
「いや、あの…私は王子との婚約を解消したいのですわ。その話をさせて下さいませ。」
「君は…前は僕のことをイオンと呼んでくれていたのに、、、もう呼んでくれないのかい…?」
イオンは、それはそれは悲しそうな瞳で眉を下げ、すっと目を伏せた。
「は…??私、一度も名前で呼んだことなんてないでしょうに…」
イオンの悲しそうなお目目攻撃にびくともせず、アレシアは速攻で否定した。
「なーんだ、残念。記憶喪失だったら流されて名前で呼んでくれるかなと思ったのに。しっかり覚えていたんだね。」
イオンは、騙そうとしたことに対して悪びれる素振りもなく、ニコニコしながら言った。
「えっと…どういうおつもりで…?」
アレシアは、自身の変貌振りを棚に上げ、王子ってこんな性格だったっけ!?とパニックに陥っていた。
「僕は、君との婚約を解消しない。」
「どうして?」
「僕は、君を心から愛しているから。」
「は?冗談でしょ…私は嫌よ。」
アレシアは、パニックにパニックが重なり、言葉遣いも態度も表情もどんどん令嬢のそれとはかけ離れていく。
彼女の変容に比例するように、ティモンの顔がどんどん青ざめていく。
「本当に君は…自分の気持ちを話してくれるようになったんだね。初めて見せてくれる表情ばかりだ。こんな日が来るなんて…夢みたいだよ。」
「いやだから、私は婚約を解消したいって話してるんだけど…」
話の通じないイオンに対して、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうになっているアレシアは、語気を強めた。
「怒った君はこんな表情になるんだね。君はどんな顔も美しく、そして魅力的だ。」
が、イオンには全く効果がなかった。
イオンは、机の上で組んだ両手に顎を乗せたまま、ずっとニコニコしてアレシアを見つめている。
は…こんな話の通じない相手に、私はどうやって婚約解消の話を進めらたらいいのよ…
てか、王子、性格変わりすぎじゃない…??
アレシアは、頭を抱えた。