新たな試練
テオ改め、アストラの協力を得られたことで、アレシアの無料食堂はあっという間に軌道に乗った。
彼が仲間に声を掛けてくれた結果、30人ほどの子どもたちが店を訪れるようになったのだ。
様々な事情で店に来ることが難しい子どもたちには、アストラの仲間たちが手分けして配達を行ってくれている。
店で調理をしてくれる者も現れ、週に1度だけ様子を見に行けば十分なほど、彼らだけで運営を行っていた。
そして、規模が大きくなってきたため、国家事業として、王宮内の畑の拡大とその運営を国が巻き取ることになった。
アレシアには、1人で面倒を見るのにちょうど良い大きさの畑が残された。
自分の仕事が無くなることに対して若干の寂しさを感じつつも、それ以上に、自分の始めたことが形になって人の手に渡っていくことをとてつもなく嬉しく感じていた。
そんなひと段落した安寧の日々だったのだが、長くは続かなかった。
「アレシア、僕たちの結婚式のことなんだけど」
いつもの朝食の時間、美しい所作で音もなくオムレツを切り分けながら、イオンが何気なく話を始めた。
「は…」
フォークに刺し、口に運ぼうとしていたミニトマトが、ぽとりと皿の上に落ちた。
「今なんて?結婚式ってなに?」
「皆の前で、神に永遠の愛を誓う儀式のことだね。」
「は!?誰が誓うのよ?」
「僕とアレシア、だね。」
「はああああああああ!?」
ようやく理解に至ったアレシアは、テーブルの上に手をつき勢いよく立ち上がった。
膝の上に置いていたナプキンがハラリと床に落ちる。すぐに給仕係が新しいものに取り替えた。
「喪が明けたら結婚式をしようと伝えてたつもりだけど?」
「貴方の戴冠式はやらないんでしょう?だったら結婚式も無くて良いじゃない!今さらこんな…」
「今さら?」
「なんか恥ずかしいじゃない…」
アレシアの頬は朱色に染まり、目を逸らすように俯く横顔には、長いまつ毛が一層際立っていた。それは恥じらう姿そのものであった。
「え…」
今度はイオンが、口に運ぼうとしていた一口大のオムレツをフォークから落とした。
同じタイミングで、皿同士がぶつかる音や銀のトレーが硬いものにぶつかる音がした。
美女の恥じらう姿の攻撃力が凄まじく、被弾した給仕係が惚けてしまい、うっかり手を滑らせてしまったのだ。
しかし、国王の前で王妃に見惚れる不手際など許されるはずもなく、身の危険を感じた者はイオンから殺気を飛ばされる前に脱兎の如く逃げ出していた。
さすがは王宮務めの者達、給仕係とはいえ、皆玄人並みの戦闘力を持ち合わせている。それはそれは見事な逃げっぷりであった。
「本当にもう…僕のアレシアが可愛過ぎて困る…君の可愛さに免じてあげたいところだけど、君との誓いを立てないわけにはいかないからね。」
「じゃあ、式の代わりに、紙に誓いの言葉を一筆書くわよ。それで誓いとすればいいわ。」
「なんて浪漫の無いことを…でもアレシア、君は肝心なことを失念している。神に誓う時には、口付けが必要だ。紙切れだけは誓いとみなしてもらえないよ。」
「へ…」
口付けという単語に過剰反応したアレシアは、動揺で言葉を続けられなかった。ミニトマトが落ちたフォークをいまだに握りしめている。
「僕とアレシアの口付けだよ。」
イオンは、先回りしていつものやり取りを封じてきた。にっこりと微笑んで、楽しそうにアレシアの反応を待っている。
「クチヅケ、、、ねぇ、それ寸止めとかじゃ駄目かしら?」
「神に嘘を吐くつもりかい?神の怒りを買い、王家が代々呪われるようになってしまったら大変だね。」
「また、、えげつない角度から脅してきたわね…」
遠い目をしたアレシアは、八方塞がりの状況にため息を吐いた。
「そんな恥ずかしがり屋のアレシアのために、僕が手伝ってあげよう。二ヶ月後の挙式に間に合うように一緒に頑張ろうね。」
「一体何をどう頑張るのよ…」
「ふふ、聞きたい?」
「…やめておくわ。」
悪企み顔で微笑むイオンに、アレシアはもう何も言う気になれなかった。
こうして、アレシアにとって苦行でしかない日々がまた新たに始まってしまったのだった。




