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【本編完結】ドールと呼ばれた公爵令嬢の乱逆  作者: いか人参
第二章 王国編

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ファニスの命拾い


アレシアはテオの姿に動じることはなく、淡々と目の前の作業をこなす。


先ほどから子どもたちにあげ続けていたため、もう慣れた手付きで、棒に焼き立てのサーモンを突き刺していく。



「はい、これ。テオにもあげる。」


アレシアは串に刺したばかりのサーモンをテオに向けて突き出した。



「ああ、ありがとう。」


テオは拒むことなく受け取り、躊躇なく口にした。



「は!?何で食べるのよ!」


「なんでって、お前がくれたんだろ。悪いのかよ。」


「それはそうだけど…急にどうしたのよ…」


アレシアは、テオらしからぬ行動に、驚きのあまり手にしていた数本の串を地面に落としかけた。いや、実際落としたのだが、地面に到達する前に、クロエが人間離れした素早さで空中キャッチしており、事なきを得た。




「一昨日、親父が家に戻ってきたんだ。」


テオはアレシアから目を逸らして俯き、独り言のように話し始めた。

その横顔は、気まずそうな顔をしている。



「あら、良い話じゃない。なのに、なんでそんなに暗い顔をしてるの?顔を上げなさいよ。」


「お前の言っていたこと本当だった…。今の国王になってからすぐ、炭鉱送りにされた人たちは解放されたんだと、ある人が教えてくれた。しかも国から見舞金までもらったって。なのに、親の親父はうちに帰らず、その金を持ってトンズラしてたらしい。だから、国は悪くなかったんだ…」


テオの声は震えていた。

これまで敵だと思っていた相手が実は味方で、自分の父親が悪いことをしていたなんて考えもしなかったからだ。


実の父親に対する怒り、情けなさ、目の敵にしてきた国への罪悪感、そして何より…



「悪かった。お前は、国は変わっていくと懸命に伝えようとしてくれていたのに、俺は聞く耳を持たなかった。どうせ次の国王も同じだと決め付けて勝手に諦めていたんだ。被害者面して、何も見ようとせず、差し伸べられた手すら拒んできた。お前には本当にひどいことをした…」


最後の言葉は今にも泣き出しそうな声だった。

テオは話し終えても顔を上げようとせず、俯いたままだ。




「良かった…」

「は?」


頭の上から降ってきた予想外の言葉に、テオは思わず頭を上げてアレシアの顔を見た。



「この国を愛する国王の気持ちが少しでも伝わったのなら、私は死ぬほど嬉しい。これでやっと、自分のやってきたことに価値を見出せる…」


感極まってまた目を潤ませるアレシアに、クロエがそっとハンカチを差し出した。



「俺のこと、責めないのかよ。」


テオは、嬉し泣きしているアレシアのことを信じられないものを見るかのように、驚愕した表情で見ている。



「ようやく互いの誤解が解けたんだもの。ありがとうで良いじゃない。」


「変なやつ…」


テオはようやく顔を上げたが、アレシアのことは見ずに明後日の方向を見ている。



「俺の名前は、アストラ・リージェだ。」



アレシアは大きな瞳を瞬かせた。突然のことに一瞬驚いたが、すぐに彼の真意を思い、花のような笑顔を見せた。



「私の名は、アレシアよ。アレシア・サフィックス。」


「サフィックスってお前、本当に…」


「アレシア様…」


またもや驚愕するアストラの声と、諦めたようなクロエの声が同時に聞こえた。



「だからそうだって言ってるじゃない。あでも、これは秘密にってイオンと約束してるから、アストラも内緒にしてね。」


「お前はとんでもない爆弾を落としていくなよ。巻き込まないでくれ…」


「また来るわね!」


「お前な、人の話聞けよ。」



帰りの時間も迫っているため、アレシアは爽やかに踵を返したのだが、何かを思い出したかのように、またくるりとアストラの方を振り返った。


「あ、最後に一つだけアストラに聞きたいのだけど。」




気になっていたことを聞けたアレシアは、子どもたちに別れを告げ、馬車へと戻った。


アレシアとアストラが話している間も、真面目にサーモンを焼き続けていたクロエは、最後まで子どもたちに配っていた。





王宮に戻ったアレシアは真っ直ぐにイオンのいる執務室に向かった。



「アレシア、おかえり。」


彼女の帰りを心待ちににしていたイオンは、自ら扉を開け、両手を広げてアレシアを迎え入れた。

しかし、アレシアの視線は、目の前にあるイオンではなく、部屋の奥にいるファニスへと向いていた。



「ファニス!アストラから聞いたわ。貴方が説明してくれたんでしょう?おかげで誤解が解けたわ!ありがとう!」


全開の笑顔でファニスにお礼を言ったアレシア。



「…それは、何よりです。」


何よりだと言っている言葉とは真逆に、彼の額からは汗が吹き出していた。いつも冷静沈着な彼にしては珍しく、とてつもなく焦ったような顔をしている。よく見ると、身体が小刻みに震えているようだ。



「ファニス」


憎悪に塗れたイオンの冷たい声が執務室内に響いた。

ファニスは、イオンから放たれる殺気に身動きが取れずにいた。一歩でも動けば命を取られてしまいそうな圧を向けられる。




「イオンもありがとう。私は貴方がいてくれるからもう一度頑張ろうと思えたの。おかげで、大きな一歩を踏み出すことが出来たわ。いつもありがとう。」


アレシアは、イオンの瞳を真っ直ぐに見つめ、心からの笑顔を向けた。

彼女の表情には照れや恥じらいも混ざっており、ファニスに向けた元気いっぱいの笑顔とはまた別物であった。



「君に…君にそんなことを言ってもらえる日が来るだなんて…喜びでおかしくなってしまいそうだ…。君がいるから、僕の人生は光り輝くんだ。いつも僕のことを照らしてくれてありがとう、僕の愛しい人。」


イオンから溢れ出ていた殺気はぴたりとやみ、代わりに今度は周囲に花を撒き散らし、蕩けるような表情でアレシアのことを見つめている。

先ほどの彼とは思えないほどの見事な豹変ぶりだ。


一方、イオンからの殺気から解放されたファニスは、ほっと胸を撫で下ろしていた。





「アレシア」


「え?」


名前を呼ばれたことに反応して、上を見上げた瞬間、イオンはアレシアの額にキスをした。

顔が赤くなっていくアレシアを隠すように、イオンは優しく抱きしめた。



「もうっ、いつもいきなりなんだから…」


「ごめん、君への想いが止まらなくて、つい気持ちが先走ってしまった…今後は自重する。」


「別に、嫌とは言ってないけれど…」


「え…嫌じゃない、の?」


「二回も言わせないでよ。」


「なにこれ、幸せ過ぎてつらい。アレシアが可愛過ぎてつらい。もう片時も目を離したくない。常に僕のそばに置いておきたい。ずっと愛でていたい。誰の目にも触れさせたくない。」


「ちょっと!その後半の発想怖いのだけど!!」



イオンの愛の重さを目の当たりにしたアレシアは、さっきまでのドキドキ感はどこへやら、今度は危機感に心拍数を上げていた。


その後も中々離してくれないイオン。

最後は、クロエの腕力によって引き離され、アレシアは無事に自室に帰還することが出来たのであった。





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