最終兵器
「ねぇ、クロエ。貴女、野営の経験はある?」
アレシアの言葉は唐突だった。
彼女は、あの夜の翌日、丸一日かけて最後の作戦を練り続けていた。
最終兵器の構想に辿り着いたアレシアは、それを実現させる方法を模索すべく、その実行に向け、一番可能性の高い人物に質問を投げかけていたのだ。
「ございますが…何故そのようなご質問をされるのです?」
1日ぶりに見たアレシアはいつもの彼女のままであり、そんな様子を見たクロエは心から安堵したのだが、またとんでもないことを考えていそうな主君に、どうしても眉間に皺がよる。
「クロエ、最終作戦を決行するわ。日時は、一週間後の昼時。場所はテオのところよ。」
アレシアはクロエの言葉を華麗に流し、堂々と作戦の決行を宣言した。その瞳は希望とやる気に満ちている。
キラキラと目を輝かせて、声高に話すアレシアを目の前にして、クロエはそれを止める術を持ち合わせていなかった。
「畏まりました。」
アレシアに向かって、恭しく一礼をした。
それからの一週間、アレシアは市井には行かず、作戦決行の準備に時間を費やした。
鍵となるアイテムの入手、事前許可の申請、必要な道具の手配など、やるべきことは多かった。
「さぁ、やるわよ。」
「…本当に、実行なさいますか?」
作戦決行日当日、その実行場所にてようやく全貌を聞かされたクロエ。
薄々そんな気はしていたが、本気でやるとは思っていなかった。
二人の目の前には、煉瓦を二段積み上げた土台の上に鉄で出来た四角い箱が乗せられたものが置かれている。四角い箱の向かい合う二辺には、小さな穴が4つほど空いており、それは横一列に並んでいる。
箱の中には、木の枝や伐採時に発生した木屑など可燃性の高いものが敷き詰められていた。
「もちろんよ。さぁ早く火をつけて。」
アレシアがクロエにお願いしていたのは、この箱の中で火を起こすことだった。
「さすがに、このような街中で火を付けるのはまずいのではないでしょうか…火事と勘違いされたら大変な混乱を招くかもしれません。」
「それなら、大丈夫よ。事前にイオンへ火器の使用許可は取ってあるし、周辺地域に住まう者にも通達は出しているわ。」
「なんという理由で申請を…?」
「えっと、、何だったかしら…大切な儀式のためとかそんな理由だった気がするわ。でも大丈夫よ。イオンは、理由も聞かずに秒で申請書にハンコを押してくれたわ。」
「国王陛下、公私混同が過ぎます…」
アレシアの話を聞いたクロエは諦めたようにため息をついた。
「分かりました。火を付けますので、アレシア様は私の後ろにお下がりください。」
クロエは自分の背にアレシアを隠すと、緊急時用に装備している火打石と短剣を懐から取り出した。
剣で石を打って火花を散らし、それをを木屑に移す。両手で木屑を持ち上げ、息を数回吹き付ける。火が出てきたら用意した箱に投げ入れた。
あっという間に他の材木に燃え移り、パチパチと小枝を燃やす音が聞こえ出した。
「火加減は問題ございませんでしょうか?」
「さすがクロエね!!あっという間に火がついたわ!ありがとう。」
火加減を確認してもらったクロエは、針金で出来た網状の板を箱の上に置いた。
「よし、ここからが私の番ね。」
アレシアは腕まくりをすると、持ってきた袋から燻製のサーモンを取り出した。
それを網の上に並べようとしたが、クロエに止められた。
「万が一にでも、アレシア様にお怪我をさせるわけにはいきませんので。」
強い言葉ともに、クロエから取り上げられた。
アレシアは過保護っぷりに苦笑しつつも、素直にお願いすることにした。
網の上でじっくりと焼かれていく燻製のサーモン。溶けた油が網の下に落ちるたびに火柱があがり、魚の焼けるいい匂いが辺り一面に広がる。
「いい感じね。そろそろかしら。」
アレシアは辺りをキョロキョロと見渡した。物陰から隠れてこちらを見ている姿が複数あった。
「あーあ、こんなにたくさん、焼き過ぎちゃったわ…お腹いっぱいでもう食べられない…困ったわぁ…」
わざとらしく、大声で周囲にアピールしまくるアレシア。
「誰かもらってくれないかしらー。これ捨てるのは勿体無いわー。」
アレシアの言葉に、小さな女の子がひょっこりと顔を出し、こちらを見てきた。
アレシアはその瞬間を見逃さなかった。
「これ、あげるわ。」
手に取りやすいように、棒に刺したサーモンを持って一歩女の子に近づいた。
一瞬女の子の顔が強張ったが、アレシアが無理に近づいてこないことを確認すると、ほっとした顔をした。
「…本当にもらっていいの?」
女の子がアレシアに尋ねてきた。
その視線は脂の滴るサーモンに釘付けだ。食欲をそそる美味しそうな匂いのする焼き立てのサーモンに、ごくりと生唾を飲んだ女の子。
「もちろんよ。ほら。」
「…ありがとう。」
女の子は、伸ばしたアレシアの手からサーモンを受け取った。
礼だけ伝えると、恥ずかしがるようにその場を走り去って行った。
それが皮切りとなった。
女の子とアレシアのやり取りを見ていた子どもたちが僕も欲しい、私も欲しいと近づいて来たのだ。
何事もなく食べ物だけをもらう女の子の姿に、それなら自分も欲しい!と食欲が優ったのだ。
「たくさん持ってきたから安心して!すぐに皆の分も用意するわ!」
長い間望み続けていた光景に、アレシアの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
そんな君主を労わるかのように、彼女の隣にいたクロエは、必死にサーモンを焼きまくっていた。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「これお魚?初めて食べた!すごく美味しい。」
「もう一個食べたい。」
「これなんて言う食べ物?」
アレシアの周りに集まった子供たちは、皆思い思いに話しかけてくる。
あまりの嬉しさに、彼女は胸がいっぱいになった。
胸に抱いた喜びを噛み締めるように、子どもたちの言葉にひとつずつ丁寧に返事をしていった。
「この騒ぎはお前か…」
聞き覚えた声にアレシアが後ろを振り向くと、そこにはテオの姿があった。
彼の登場に、子どもたちの間に緊張が走る。
頑なに避けてきた施し、それを自分たちは食欲に負けて受け入れてしまった。そんな後悔の色と罪の意識が皆の顔に出ていた。




