終わらない鬼ごっこ
翌日、アレシアは早速行動に移した。
店へ向かい、いつものようにクロエだけが店内に入った。
下女に茹でたジャガイモを袋に詰めるよう依頼をし、それをクロエが受け取り、アレシアの待つ馬車へと運んだ。
「アレシア様、本当に現地に伺うのですか?」
クロエは、出来ればやめて欲しいという想いを全面に出しながら問いかけた。
「来ないんだから、行くしかないじゃない。きっとお店に入りにくいのよ。手渡しすれば受け取ってくれるはずだわ。」
以前のクロエなら、どうしてそこまでするのかと問い返したところだが、アレシアの強い想いを知った今、ここで止めることは出来ない。
「畏まりました。これから向かうエリアは安全とは言えませんので、私の側からは決して離れないで下さいませ。」
「ありがとう、クロエ。」
アレシアはクロエと共に馬車を降りて路地裏の道を進み、人気のない場所までやってきた。
そこは、以前イオンに連れ行ってもらった場所と酷似していた。建物に挟まれた暗くて細い道が続いている。
アレシアはすっと目を細めて、その先を見る。物陰に隠れるようにして座っている人影が見えた。
「誰かいるわね。」
アレシアが見えた人影に近付くと、その背格好から相手は子どもであることが分かった。
建物に寄りかかった状態で、膝を抱えて頭を下げ、座り込んでいる。
「ねぇ、君。お腹空いてない?これ食べる?」
アレシアは、少し離れたところから、にっこりと微笑んで持ってきたジャガイモを見せた。
「…」
相手は一瞬だけアレシアのことを見たが、返事はなかった。また先ほどの姿勢に戻った。
「これあげるわ。」
「…」
「ここに置いておくわね。」
「…」
何も反応がないので、諦めたアレシアはその子の足元にそっと紙袋を置いた。
反応の有無はともかく、目的を達成できたアレシアは次の対象を探そうと踵を返した時、何かが壁にぶつかる音が聞こえた。
「え…」
振り返ると、先ほどの子どもの手によって、彼の足元に置いた紙袋が向かいの壁に叩き付けられていた。
「な、何するのよ!!」
少年はアレシアの言葉を無視して、走って逃げて行ってしまった。
「せっかく、作ったのに…」
アレシアは壁に叩き付けられた袋を拾い上げ、両手で抱きしめた。自分で育てた食べ物を粗末にされた悔しさに、目が滲む。アレシアは涙を堪えるために、唇をきつく噛み締めた。
「お嬢様、一度馬車へ戻りましょう。」
アレシアの名を呼ばないように気遣ったクロエに促され、アレシアは馬車へと戻った。
「クロエ、今日のことは国王に言わないでおいてもらえる?言ったらきっと反対されるわ。私はこんなことでやめたりしない。せめて、拒絶される理由くらいは知りたいの。」
帰りの馬車の中、アレシアの声に悲しさや怒りは感じられず、そこには強い意志だけが宿っていた。
「畏まりました。しかし、アレシア様の身に危険が迫る場合は、力づくでも連れ帰りますので、ご承知おき下さいませ。」
「そうならないように貴女がいるんでしょ?頼むわね。」
アレシアはにっこりと微笑んだ。
対して、クロエは思いっきり苦笑していた。
翌日から、市井での壮絶な鬼ごっこが始まった。
昨日と似たような場所で子どもを探し、見つけて声を掛けたり、こちらの存在を認知されたりすると、すぐに逃げられる、そしてそれを追いかける、その繰り返しだ。
毎回彼らの居場所は変わるので、行く度に彼らがいそうな場所を探すところから鬼ごっこは始まる。
それは、体力のないアレシアにとって苦行でしかなかった。
身体的な疲労と、成したいことを成せないことによる心労は、日に日に募り、アレシアの心身に悪影響を及ぼしていた。
「アレシア、大丈夫かい?」
傍観に徹していたイオンだったが、見るからに調子の悪そうなアレシアに、我慢の限界を迎え、朝食の時に声を掛けた。
「ええ、問題ないわ。鬼ごっこに負け続けて悔しいだけよ…」
悲壮な面持ちでアレシアは答えた。
食欲がないのか、彼女の前にあるのはヨーグルトとフレッシュジュースだけだった。一週間以上この状況が続いている。
「無理はしないで。君の想いも努力も僕が一番理解している。アレシア、君は十分に頑張っているんだ。必要以上に自分自身を追い込んではいけないよ。」
イオンは痛みを堪えるような顔で微笑み掛けた。
「まだ大丈夫、まだ私に出来ることがあると思うの。お願いだから、あともう少しだけこのまま私にやらせて欲しい。私は大丈夫だから。」
アレシアにしては珍しく、必死で泣きそうな声だった。
「分かったよ。その代わり、明日少し僕に付き合って欲しい。気分転換をしよう。」
「ありがとう、分かったわ。」
アレシアの必死の想いに、イオンはそれをやめさせることは出来なかった。




