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【本編完結】ドールと呼ばれた公爵令嬢の乱逆  作者: いか人参
第二章 王国編

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開店初日


アレシアは目立たないシンプルなワンピースの上に黒の外套を羽織っており、髪は結い上げて帽子の中に隠している。ぱっと見、少年と見間違うかのような姿だった。


後ろに控えているクロエもいつもの騎士服ではなく、黒のパンツに白シャツというとてもシンプルな服装だ。だが彼女の腰にはしっかりと重量感のある剣が携えてある。



二人は、今日これから市井に赴くのだ。

もちろん、アレシア考案の無料食堂の運営とその視察のためだ。下女はひと足先に食堂に移動しており、厨房を借りて準備している。


今すぐにでも馬車に乗り込みたい気持ちでいっぱいのアレシアは、執務室でイオンに捕まっていた。




「アレシア、市井に行くにあたって、僕と約束したこと覚えているかい?」


「ええ、貴方に約束させられたことならちゃんと覚えているわ。『自分の身分を決して明かさないこと』『1時間以内に戻ってくること』でしょ?」


「アレシアは一番大事な約束事を忘れているね。まったく困った子だ。」


困ったと口では言いながら、全く困ってないニコニコ顔のイオン。



「『行ってきますとただいまのハグを僕と交わすこと』これが1番大事なんだから、ちゃんと覚えておいてね。」


「ねぇ、それ必要なの?せめて握手とかに変えてもらえない?」


「ふふ、恥ずかしがり屋のアレシアのために、今は握手にしといてあげる。」



早く行きたいアレシアは、さっさと握手を交わして出掛けようと、すっと自分の手を差し出した。


イオンは彼女の主体的な行動に、嬉しそうに目を細めて彼女の手を握った。そして、握ったまま離さずに、自分の方へと引っ張った。


「えっ」


ぽすっと倒れ込むようにイオンの胸に収まったアレシア。



「気を付けて行ってくるんだよ。アレシア、愛している。」


イオンはアレシアの頭を軽く抱きしめたまま、周囲に聞こえないように耳元で囁いた。


今日は髪を結い上げているせいで耳元の防御力が皆無だった。甘い声音と吐息と熱が直接耳に届いた。


「ひゃあっ!」


思わず声を上げてしまったアレシアは、慌ててクロエに声を掛けた。



「用は済んだわ!クロエ、さっさと行くわよ!」


アレシアは、赤くなった顔を見せまいと、クロエの腕を引っ張り、嵐のように執務室を去って行った。



「ちょっと…幸せ過ぎて辛い…今日は何も手に付かないかも…」


イオンの独り言に、ファニスは隠すこともなく盛大にため息を吐いた。




アレシアとクロエは無事に馬車に乗り込み、市井へと向かっていた。


店の混雑を考え、無料食堂の開店は昼時を外してお茶の時間帯に設定している。

時間と場所を明記した子ども向けの無料食堂の案内紙を作り、店の近くの掲示板に張り出していた。



「アレシア様、ちょうどお茶の時間を過ぎた頃に店に到着予定となります。混雑度合いが不明のため、まずは私が店に入り様子を伺って参ります。私が戻ってくるまで、アレシア様は馬車の中でお待ちくださいませ。馬車の周囲には平民に扮した護衛を配置しますので、ご安心を。」


「分かったわ。」


市井に入った馬車は店の裏手にある停車場に停まった。停車場から近いこともこの店を選んだ理由だ。



「今のところ、大きな混乱は無さそうね…」


「念の為、中を確認して参ります。アレシア様はこのままお待ち下さい。」



クロエはすぐに戻ってきた。


「どんな様子だった?」

「それが…誰も来ていないようでした。」

「え??1人も来てないの!?」


クロエは申し訳なさそうな顔で頷いた。


「少し様子を見てみましょうか…」

「畏まりました。」




その後も、クロエが何度も店の様子を覗きに行ったが、無料食堂を目当てに来ている子どもは1人もいなかった。


「嘘でしょ…なんで誰も来ないのよ…」


「もしかしたら、張り紙を出す場所が悪かったのかもしれません。知名度の低い試みですから、張り紙を出す場所を増やして、明日もう一度様子を見に参りましょう。」


「そうね…」


混雑による混乱や早々に食材が無くなってしまうことばかり危惧していたアレシアは、誰も来なかったという事実に落胆の色を隠せなかった。


イオンと約束した時間が近づいていたため、アレシアは何も出来ないまま帰還した。




暗い顔で執務室にやってきたアレシアを心配そうな顔のイオンが出迎えた。


「久しぶりの外出で疲れだろう?今日は部屋でゆっくり過ごして。」


市井でのことは一切聞かず、アレシアの身を案じた。


「ええ、明日もまた様子を見に行くから、今日はもう部屋に下がるわ。」





それから毎日、同じ時間に店に向かったが、この一週間1人も来ることはなかった。



「おかしいわ…こんなに誰も来ないだなんて。皆お腹は空いているんだから、何か理由があるはずよ。」


「市井で噂になっているほどですから、認知度は問題ないと思われます。」


「そうね…」


誰も訪れない理由を解明すべく、アレシアは自室でクロエと会議をしていた。



「お腹が空いていて、食べ物を無料で配る場所を知っているのに近寄らない理由って何かしら…」


「行きたくない或いは行けない理由があるということですね。」


「行けない理由…」


しばし沈黙の時間が流れた。

アレシアもクロエもそれぞれ自分の思考の中に沈む。


数分後、閃いたようにアレシアが声を上げた。



「そうよ!来てくれないのなら、こっちが行けばいいのよ!!」


アレシアのとんでもない発言に、全くこの方は…とクロエは目元を覆って点を仰いだ。





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