鶏の乱
王宮の敷地はかなり広大で、この中に街をひとつ作れるほどだ。
イオンの曽祖父に当たる当時の国王は、恐怖政治を強いており、民にはほとんど土地を分け与えていなかった。
全てを自分のモノとし、王宮が管理する土地を際限なく増やしていった。
それに心を痛めた次の国王が土地を民に返し、都市を作り、畑を作り、今の広さまで減らしたのだ。
それでもなお、十分過ぎるほどである。
その広大な敷地に、昨日の夜遅く新たに小屋が建てられた。その近くで、二人の衛兵が作業をしている。
「これ、本当に国王陛下からの命令なのか?」
「ああ。なんでも、国王陛下が溺愛している王妃様からの頼み事らしい。」
「王妃様って…あの有名なアスティーノ家のドールだろ?」
「バカ、お前!!どこに影が潜んでいるか分からないんだ。口を慎め!」
彼らは、無駄口を叩きながらも、作業の手を止めることはなかった。
「こーらっ!!ピノ!こっち出てきちゃダメよ!君の家はここなんだから!また遊びに来るから、いい子にしてて。」
「君に名前を呼んでもらえる鶏が僕は心底羨ましい…一層のこと、鶏に僕の名前を付けてしまおうか…」
鶏の様子を見にきたアレシアと、その様子を見にきたイオンが、衛兵二人の前を横切って行った。
「「は・・・・・・・??」」
どんな時も常に王子様スマイルを浮かべ、本心を見せることがないと言われているイオン、依然ドールの印象を持つアレシア。
この二人の本来の姿を見た彼らは、驚きと、見てはいけないものを見てしまったかもしれないという不安と恐怖で固まっていた。
話は2日前、アレシアが王妃となったことをイオンが伝えた日まで遡る。
まだ状況を飲み込めていないアレシアは、外で待っていたティモンを執務室に呼び寄せた。
一緒に話を聞いてもらうためだ。
「は??今なんて??姉様が王妃様…???え、なんだそれ…」
「ね?わけが分からないでしょう?」
ティモンも激しく混乱していた。
二人を眺めていたイオンは、すっとソファーから立ち上がり正面に座っているティモンの方へ向かった。
彼の前で腰を落とし、椅子に座っているティモンと目線を合わせる。
「ティモン、君の姉君のことは何があっても僕が守る。アレシアの心も自由も。どんなアレシアも一生をかけて愛し抜くと国王の名において誓う。だからどうか、アレシアとの婚姻を認めてはくれないだろうか。」
「いや、認めるも何も、そっちが勝手に籍入れやがったんじゃない。」
アレシアのツッコミなどティモンの耳には届いていなかった。
イオンの王族らしい威厳のある佇まいと、心に響いた彼の真摯な声、自分を見てくる一点の曇りもない澄んだ青い瞳、その全てにティモンはイオンの強固な意思と決意を感じた。
やっぱり、姉を任せられるのは彼しかいない
ティモンは心の底からそう感じた。
「はい、イオ…国王陛下、不器用な姉のこと宜しくお願いします。僕も公爵を継ぎ、この国と国王陛下とそして、王妃様のことを支えられる人間になってみせます。」
「ああ、ありがとう。僕も必ずこの国を良くする。人々を幸せにしてみせる。共に新しい時代を築こう。」
二人は固い握手を交わした。
ティモンの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「え…味方がいなくなったんだけど…」
ぼやくアレシアに、図ったように現れたファニスがすっと紅茶を出して来た。その隣には、アレシアの好きな菓子が添えられていた。
アレシアは、身に染み付いた、見惚れるほど優雅な美しい所作で、紅茶と菓子を頂いている。
「こうなったら、本気で自由に生きてやるわ。後から後悔しても知らないんだから。」
相変わらず、言葉は令嬢らしからぬものであった。
アレシアはさっそく、邸に帰るティモンにお願いし、アスティーノ家に届くはずだった鶏達の送り先を王宮に変えてもらうようにした。
翌日、アレシア宛の荷物として、数羽の鶏が王宮に届いた。
もちろん、事前通告していなかったアレシア。
最初に荷物を確認する詰め所では、軽くパニックになっていた。
これは、王妃様への祝いの品か食用なのか、厨房に運ぶべきか、いや王妃様のペットかもしれない、仕込まれた鶏で害悪なものである可能性もなくはない、悪質なイタズラってことも、、、と答えの出ない問題を皆口々に言い合っていた。
騒ぎを聞きつけたファニスは、アレシア様ならやりかねない…と思い、すぐに本人に確認をした。
結果、アレシアが自ら手配したもので王宮で飼うとのことだったため、ファニスは急いで自分の部下に鶏小屋を作らせたのであった。
そして、冒頭に戻る。
無事に小屋に放された鶏達を確認し、アレシアは1羽ずつ命名していたのだった。
二章始まりました^^
ここまで読んでくださった方本当にありがとうございます。この先も読んで頂けるように、最後まで丁寧に書いて参ります。
引き続きどうぞ宜しくお願いします。




