手遅れ
「シア、あっちの方にもね、美味しい揚げいもの屋台があるんだよ。」
「…いらない。」
「あ、そう言えば、果物にチョコレートが掛かった珍しいお菓子も売っていたな。」
「…い、いらない」
「ふふ。僕が食べたいから買ってこようかな。」
「やめてー!」
イオンは歩けないアレシアを抱っこしたまま、屋台に並んで食べ物を買っていた。
今度は横抱きではなく、片腕の上にアレシアを座らせるような恰好で縦にして、片手で抱えている。
イオンは、空いたもう片方の手で器用に金を払って、品物を受け取っていた。
購入した食べ物を持ちながら、一連の動作を行うのはさすがの彼でも無理であるため、音もなく近づいて来た護衛に渡して持たせていた。
もちろん、アレシアは気付いていない。
「結構買えたし、ベンチにでも座って食べようか。」
イオンはようやく買い物をやめ、ベンチを探しに近くの公園までやってきた。
木陰になっている綺麗そうなベンチを見つけたイオンは、片手でさっとハンカチを広げて置き、その上にそっとアレシアを座らせた。
「ありがとう。やっと解放された…」
「ふふ、本音出てるけど、帰りもちゃんと運んであげるからね。なんなら、君の部屋まで…」
「もう歩けるから、結構!」
「ははは」
イオンは楽しそうに声を上げて笑っていた。
その陰で、護衛は気配を消して背後からベンチに近づき、手にしていた食べ物を手際よく並べ、その後は音もなく消えて行った。
イオンの隣に並べられた食べ物は、アレシアが気になっていた肉の串焼き、イオンおすすめのカリカリとしたチーズを焼いたもの、パンに卵を挟んで油で揚げたもの、果物にチョコレートが掛かっているものだ。
最後のデザートは、アレシアが気になっている素振りを見せたため、しっかりと護衛に買いに行かせていたのだ。
「さぁ、食べよう。」
「ぜんぶ美味しそう…!」
アレシアは真っ先に、肉の串焼きを手に取り、躊躇なくかぶり付いた。
「…んっ、おいひぃ!」
アレシアは目を輝かせた。
焼き過ぎと言っても良いくらい黒い見た目をしているのに、噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出て、口一杯に肉の旨みが広がる。
その後に、香辛料の香りと炭の香りが鼻からすっと抜ける。
柔らかい肉を何度も噛み締め、ゆっくりと幸せそうな顔で味わうアレシア。
そんな彼女を、それ以上に幸せそうな顔でイオンは眺めていた。
その後もアレシアはニコニコ顔で食べ進め、どれを口にしても新鮮な反応で、美味しさに驚き感動していた。
「本当に僕は、幸せ者だ…」
イオンは蕩けるような笑顔でアレシアに見惚れていた。
彼女は、チョコレートの掛かった果物を口いっぱいに頬張ったまま、イオンの声に反応した。
「ふぁひっ?」
「ふふ、君は食べていて良いよ。僕は幸せそうな君を見ていることが幸せなんだから。」
うんうんと頷きながら、アレシアはお言葉に甘えて食べ続けた。
「アレシア」
唐突に名を呼ばれた。
それは、いつもの彼ではない、ひどく深刻そうな声だった。
雰囲気が変わったことに気付いたアレシアは、手を止め、身体ごとイオンの方を向いた。
「これから忙しくなる。次に会えるのは、2ヶ月後の僕の成人の儀以降になると思う。」
成人の儀とは、王族が18を迎える当日に行う儀式のことだ。
18になる年は誕生日パーティーは行われず、一般貴族には非公開で儀式が執り行われる。その代わりに、後日成人の祝いとして祝賀パーティーを開くことが通常だ。
「必ずまた会いに行くから、僕のことを忘れないでいて。僕のことを信じていて。」
どこか切羽詰まったような言い方に、アレシアの心がざわついた。
ちゃんと言わないと。
婚約解消をするつもりだって、自分の気持ちは変わってないからって。
後から裏切るような真似にならないように、今自分の気持ちを彼に伝えないと。
だから早く…
「…分かったわ」
「ありがとう、アレシア。」
アレシアは何も言えなかった。
了承することしか出来なかった。
二人はその後、馬車へと向かった。
行きと同様、二人は別々の馬車で帰るため、イオンはアレシアの馬車までエスコートしてくれた。
「アレシア、また会う日まで、どうか元気に健やかに過ごしておくれ。」
「ええ、王子もお身体気を付けて。」
挨拶を交わし、イオンが外側から馬車のドアを閉めようとしたが、何か思い出したような素振りで、再びドアを開けた。
「君から依頼を受けていた婚約制度改変の件、無事に国王陛下の承認が下りたよ。伝えるのが遅くなってすまない。」
「え…」
「ただ、申請者が僕の名だから、施行されるのは僕が18を迎えたその日からとなる。成人でないと、政治には関われないからね。だから、君の願いを叶えるまで、もう少しだけ待ってて。」
ありがとうと言えなかったアレシアは、頷いて微笑んだ。
久しぶりにあの笑顔をしてしまった。
イオンは、彼女の変化に少しだけ寂しそうな顔で微笑んで、馬車から出て行った。
初めて悲しくて寂しいって思った。
自分にこんなこと思う権利なんてないのに…
自分で望んだことだから、やっぱりやめたいなんて言えない…それに、もうここまで来てしまった。
今更、後戻りなんてできない。
なんで今になって自分の気持ちに気付いてしまったんだろう。
なんでもっと早く気付かなかったんだろう。
もっと前に気付いていたら、こんなにも痛みを感じることにならずに済んだのだろうか…




