見たことのないイオン
「そう、両方。自由に生きられて、助けを求めたら国が手を差し伸べてくれる。そんな世の中になったら皆が幸せだと思わないかい?」
「思うけれど、そんなの…」
「夢物語だと思うかい?」
イオンは帽子を軽く上げ、アレシアの瞳を見つめた。
「僕は、夢を見て生きたい。理想を語りたい。最後にはそれを現実のものとしたい。これは、王族として生を受けた僕の意地でもある。何か後世に残したいんだ。自分が生きた証を、生き様を。」
彼は儚げに微笑んだ。
「堅苦しい話ばかりで悪かったね。」
「貴方の話すごいと思った…。貴方の作る理想の国を私も見てみたい。そんな国に住みたい。」
「ありがとう、シア。こんな話、真に受けない者がほとんとだから、君にそう言ってもらえて嬉しいよ。」
イオンは少年のような屈託のない笑顔を見せた。
「さて、たくさん歩いてお腹が空いたね。せっかくだから屋台で買って食べようか。」
「さっきの大通りに美味しそうなお肉が並んでいたわ!」
一転、アレシアは屋台の方向を指差して、目を輝かせていた。
屋台からいい匂いがして、ずっと気になっていたのだ。
「本当に僕のシアは可愛いね。よし、じゃあ行こうか。」
イオンがアレシアに手を差し伸べた。その時、後ろから声がした。
「お前ら、貴族のガキか?そんな格好したって、俺には分かるんだよ。」
見るからに柄の悪そうな、体格の良い男が二人、やらしい目付きでジロジロと見てきた。
イオンは不躾な視線からアレシアを守るように一歩前に出た。
「そっちの嬢ちゃんは随分と上物だな。はっ、高く売れそうだ。男の方は…殺っちまってもいいが、せっかくだから、身代金でも貰っておくか?」
男は、ヘラヘラと笑いながら、愉快そうにアレシア達のことを好き勝手言い始めた。
イオンは、無表情のまま、すっと目を細めて男を睨み付けた。
「今すぐこの場を立ち去れば、今回だけは見逃してやる。忠告に従わなければ容赦しない。」
それは、アレシアが初めて聞く、彼のひどく冷たい声だった。
帽子のせいで顔が見えないが、雰囲気から、彼が物凄く怒っていることが分かる。
「あぁ!?ガキのくせに調子に乗りやがって!貴族だからって俺らのことを馬鹿にしてんじゃねえよっ」
イオンの動じない姿にキレた男は、いきなり殴りかかってきた。
お忍びとはいえ、イオンには必ず護衛がついている。
今回も、アレシアには伝えていなかったが、数名の護衛が近くに控えているのだ。
ただ、今回はアレシアとの外出のため、近づくなと厳命されており、通常よりも距離を取った位置で待機している。
待機していた護衛にも、男の怒声が聞こえた。
何か事件事故に巻き込まれていないかと焦った護衛が、イオンの元へと向かった。
彼の姿を見つけた時、それは、男がイオンに殴り掛かろうとしているその瞬間だった。
イオンは相手が激昂しても顔色ひとつ変えなかった。アレシアは彼の後ろで、恐怖に固まっている。
彼は安心させるように、アレシアの手をぎゅっと強く握ってから、そっと離した。
その瞬間に男の拳がイオン目掛けて飛んできた。
怒声の次は暴力だろうと予測していたイオンは、動揺することなく、左足を斜め後ろに引いて半身を晒し、最低限の動作で直線的な攻撃をかわした。
それとほぼ同時に、自分に当たらなかった男の腕を両手で掴み、殴打しようとした勢いを利用して、男の身体を自分の背に担ぎ上げ、一回転させるように、背中から地面に叩き落とした。
「…ぐはぁっ!!」
地面に叩きつけられた男は、痛みに悶絶している。起き上がる気配はない。
イオンは、男が戦闘不能になっことを確認した後、もう一人の男に向き直り、静かな声で言い放った。
「お前もか?」
何を、とは言わなかった、イオン。
イオンの迫力と、その無表情のあまりの恐ろしさに、怯んだ男は一目散に逃げた。
が、すぐに、やってきたイオンの護衛に捕まり連れて行かれた。
もちろん、ノックアウトされていたもう一人も同様に。
え…うそっ…
一瞬の出来事にアレシアの理解が追いつかなかった。
「シア、大丈夫?」
いつもの優しい眼差しのイオンが、アレシアの元へに駆け寄ってきた。
「怖い思いさせて、ごめん。」
安心させるように、ぎゅっと抱きしめた。
アレシアはまだ胸がドキドキしていた。
突然の恐怖と目の前の暴力と、何より…
自分を守ってくれたイオンの姿に。
それは見たことのない彼だった。




