ドールの覚醒
イオンの言葉を聞いた瞬間、アレシアは突然、ある記憶を思い出した。
それはアレシアとして生を受ける以前の自分の記憶だった。
自分は孤立していた。
嫌がらせを受けていたわけではないが、本音で話せる相手はいなかったと思う。
何か怒らせるようなことを言っただろうか。
無意識に嫌われるような行動をしていたのだろうか。
相手の顔色ばかり伺う日々。
死にたいなんて思うことは無かったけど、自分のことを知ってる人が誰もいない場所で、ゼロからやり直したいってずっと思っていた。
そして、出来ることなら、こんな自分ではなくて、別の誰かに生まれ変わりたいと…
そこまでぼんやりと思い出したアレシアは、今の自分の人生を振り返って驚愕した。
私、何も変わっていない…
親の言いなりになって、それが正しいって、馬鹿みたいにそれだけを信じて生きてきた。
…こんなの、もう嫌だ。
それは、アレシアの人生で初めて抱いた、『拒絶』という強烈な感情だった。
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『いやよ』
誰も予想だにしなかった、アレシアの返事に、時が止まり、しんと静まり返った。
イオンでさえも、呆然とした顔で立ちすくむ中、唯一ティモンだけが冷静だった。
「ご、ごめんなさい!姉は少し気分が優れないようで、、本日はこれで失礼致します!」
イオンに向かって丁寧に一礼すると、アレシアの腕を引っ張って逃げるようにその場から立ち去った。
2人が去る方向を見ながら、イオンは手で口元を隠し、自分だけに聞こえるように呟いた。
「……嬉しい」
アレシアを連れ帰ったティモンは、両親から姉を守るため、ものすごく具合が悪いからと言い張って、彼女の自室に連れて行った。
アレシアも突然の前世の記憶に頭が混乱していたため、その日はそのまま寝ることにした。
翌朝、心配したティモンが部屋を訪ねてきた。
「姉様、昨日はいきなり驚いたよ…調子はどう?昨日のこと覚えてる…?」
「ええ、もちろん。私は大丈夫よ」
「え…うそ…」
「ん?どうかした??」
大丈夫と言ったアレシアにいつもの微笑みは無かった。それは、相手を安心させるような温かい笑顔だった。
見たことのない姉の表情にティモンは心臓が止まるくらい驚き、唖然とした。
「ねぇ、本当に僕の姉様なの…?」
「失礼ね。そうよ、あなたの姉のアレシア・アルティーノよ。」
今度は思い切り目を細めて笑ったアレシア。
そのあまりの美しさにティモンは別の意味で目を逸らしてしまった。
「私ね、これからは自分らしく生きるって決めたの。もう親の言いなりになんてならない。って言っても、いきなり自分らしさって…まだよく分からないんだけどね…」
でも、アレシアは決めた。
前世と同じ人生は絶対に歩まないと。
せっかくの二度目の人生、自分の好きなことをして、人の顔色なんて気にせず自由に生きるのだと。
「ね、ねね、、姉様が…そんなことを言ってくれる日が来るなんて…僕も姉様には今までの分も自由に生きてほしい。僕に出来ることならなんでも協力するからね。」
ティモンは感動のあまり涙で溢れそうになる目元を手で覆って隠した。
彼は、今まで姉を守れなかった分、これからは彼女のために何でもやろうと心の中で硬く誓った。
「ありがとう、ティモン。こんな素敵な弟なのに、ろくに話さずに長い年月が経ってしまったわね…。これからは仲良くしましょう。」
「ありがとう。ようやく僕の姉様が帰ってきたみたいで、本当に嬉しいよ。」
「ねぇ、ティモン…早速お願いしたいことがあるのだけど…」
アレシアは現状を整理するために、このまま1週間ほど体調不良で通そうかと思っていたのだが、王宮での出来事を聞きつけた父のネストルが早々に部屋に突撃してきた。
「お、、お前はなんてことをしてくれたんだ!この恥晒しめが!俺のおかげでここまで来れたものを…踏み躙るようなことをしやがって…今すぐこの家から出て行け!!お前のことは、自らの行いを悔いて修道院に行ったと王子に伝え、ティモンを王子の側近にするように話を進める。分かったら、さっさと出て行け!」
ネストルは部屋に入るなり、感情のまま強い口調で一気に怒鳴りつけた。
あまりの緊迫さに、アレシアの部屋の前で待機していたティモンが助けに入ろうとしたが、アレシアの声を聞いて固まった。
「そんなの嫌ですわ」
アレシアは真っ直ぐに自分の父親を見据えたまま、臆することなく、はっきりとした口調で言い切った。