報酬
「姉様…本当にこれ受け取って大丈夫なの…?」
「た、多分大丈夫なはずよ…」
今2人の目の前に並んでいるのは、バターと生クリームたっぷりのふわふわの白いパン、ラム肉のステーキ、白身魚のパイ包み焼き、フレッシュサラダ、きのこのポタージュ、野菜のテリーヌ、加えて、食後には卵たっぷりのプリンまで用意されている。
父ネストルがいた頃と同じくらい、豪勢な食卓だった。
婚約パーティーから1週間後の今日、王宮お抱えのシェフが直々にアルティーノ家を訪れて、夕飯を用意してくれたのだ。
もちろん、これはアレシアへの『報酬』だ。
期間は360日、つまり、アレシアは、会場のほとんどの人を魅了してしまったらしい。
やはり、最後のイオンとアレシアの自然な絡みが大きな一押しになっていた。
2人は無事、仲睦まじく、互いに深く愛し合っていると皆に認知されたのだ。
目の前に並ぶ料理の数々、昔はよく食べていたはずなのに、最近の質素な献立に慣れた2人は、嬉しさを通り越して、軽く罪悪感を抱いていた。
「やっぱり、僕たちの食事にお金を使うよりも、借金返済に充てた方が良いんじゃないかな…僕硬いパンに慣れてきたし、ほら、ふわふわだと食べた気がしないかも…」
目の前の豪華な食事に弱気になったティモンは、よく分からない言い訳までし始めた。
「ふふ、安心して下さい。お二人が気に病むと思い、イオン王子は極力材料費を掛けないように働きかけてくれました。野菜・果物は全て王宮の庭で取れたものを使用しています。羊や乳製品は各領地から直接取り寄せ、平民にお金が落ちるようにしております。無駄な贅沢はしておりませんから、ご安心を。」
シェフと一緒に来ていたファニスが、不安そうな2人の顔を見て、安心させるように説明をした。
「そこまで考えて下さっていたのね…」
アレシアは、イオンの気遣いに胸が熱くなった。
「ティモン、食べるわよっ」
「うん、無駄にしちゃいけないよね。」
食べ始めた2人は、そのおいしさにあっという間に笑顔になった。一口運ぶことに目を細め、口の中いっぱいの美味しさを味わう。
美味しいものを食べる幸せに満たされる二人。
そんな二人を見て、自称アルティーノ家長男のファニスは目頭を熱くしていた。
この姉弟にはこのまま純情に育ってほしい…
心からそう願いながら二人を眺めていた。
食事を終えた二人は、美味しいものをお腹いっぱい食べた幸せに浸っていた。
二人の満足そうな顔を見たファニスは、食後の紅茶が出てくるのを待って、事務連絡を始めた。
「アレシア様、2点ご報告がございます。1点目ですが、婚約制度改変の書類、私の方で例の文を追加してイオン王子への提出が完了しました。」
…ズキッ
ファニスからの報告に、アレシアは胸に痛みを感じた。
あんなに望んだ婚約破棄、王子との婚約なんて自分だけに押し付けられた、拒絶して然るべきものだと思っていた。
なのに… 今はそう思えない。
王子の自分に対する想い、自国に対する想い、国民に対する想い、それらをすべて知ってしまったから。
何も知らなければ、この痛みも感じずに済んだのに…
アレシアは誰にも見えないように、テーブルの下で自分の服の袖をぎゅっと握りしめた。
「2点目はイオン王子からのご伝言です。市井に行く件、明後日にしたいとのことです。王子の都合がその日しか空いておりませんため、急で申し訳ないのですが、よろしくお願いします。」
あ、あの時話したこと覚えてくれていたんだ…
それは結構、嬉しい…のかも…
「分かったわ。王子に、楽しみにしていると伝えてもらえる?」
「畏まりました。」
自然と、楽しみという言葉を口にしたアレシア。でも彼女はまだ自分の感情に疎く、これが社交辞令なのか本心なのか、分からなかった。
だが、ティモンとファニスには、一目瞭然だった。
イオンからの誘いの話を聞いた瞬間、アレシアは、ぱっと輝くような笑顔を見せていたからだ。




