初めて知りたいと思ったこと
バルコニーにある椅子に並んで座り、涼むアレシアとイオン。
会場から漏れた出た演奏が微かに聞こえてくる。とても賑やかな曲だった。
早々に主役のいなくなった婚約パーティーは、ファニスによって、舞踏会へと早変わりしていた。
アレシア達によって一気に上昇した会場の熱はまだ冷めず、アップテンポの曲で大いに盛り上がっている。
アレシアが演奏に耳を傾けながらぼーっとしていると、イオンが唐突に話し始めた。
「アレシア、君はこの国が好きかい?」
「え?」
いきなりの質問に驚くアレシアを見て、彼は彼女の手を握った。
「僕は、この国の人達に幸せになってほしいと思っている。僕の力でそれが成せるのなら、喜んで何もかも差し出すだろう。王子として生まれた僕には、その責任と権利がある。」
イオンはアレシアの目を見た。
「僕のことを愛してとは言わない。でも、僕が好きなこの国を、この国の人達を、アレシアにも好きになって欲しいと思う。お互いに見つめ合うことは叶わずとも、同じ方向を向いて歩んでいけたら、それはどんなに幸せなことだろう。」
それで幸せだと言いながらも、イオンの表情はどこか悲しげだった。
「僕は、君とこの国を良くしていきたい。そして、出来ることなら、皆を幸せにしたい。それが無理でも、明日に絶望する人を1人でも多く救いたい。欺瞞かもしれないが、王子である僕にはそれが出来ると、本気でそう思っている。」
彼はすごい人だ…
私には、彼のように高尚な考えはない。
隣に悲しんでる人がいたら助けたいと思う、それだけだ。
たったそれだけの気持ちで、為政者の鏡のような彼の隣にいられるだろうか…
「私はこの国のことを知識でしか知らない。そんな私には、国のためになんて、大それたことは出来ないわ。」
それは、半分嘘で、半分は本音だった。
本当は、出来ることなら、イオンと同じ目線に立って、他の人の役に立ちたいと思った。
「知らないなら、知ればいい。最初から全てを分かっている者など誰1人としていないよ。ねぇ、この国に興味はある?」
「それはもちろん、自分の国だもの。」
「じゃあ問題ないね。今度僕と一緒に市井に行こう。自分の目で見て、君がどう感じるか確かめて欲しい。」
「市井に…?」
「そう。貴族なんてほんの一握りしか存在しないからね。国民のほとんどは平民だ。だからこそ、人口の大部分を占める平民が幸せでなければ、国の安寧は得られないんだ。」
「これまで平民のことなんて考えたこともなかったわ…。酷い話ね。」
「それが貴族の当たり前だよ。アレシアは何も間違っていない。これは僕の我儘で、君にも僕と同じ世界を見て欲しいと、そう思ってしまっただけ。」
彼と同じ世界…
彼の目には、この国はどう映っているんだろう…
私は初めて、『知りたい』と思った。
「…見たい。私も見てみたいわ。」
「よし、決まりだね。一緒に市井へ行こう。」
アレシアが本当に見たかったのは、イオンから見たこの世界のことだったが、市井へ行けば何か分かるような気がした。
認識の齟齬については黙っておくことにした。




