交渉成立
「僕たちのことを見て、惚けた顔をした人がいたら、それを1人と数えよう。近くに控えている、ファニスに数えさせる。数え間違いをしないように定期的に報告をさせるから。これでどうだろうか?」
「惚けた顔って…見て分かるもの?それに、私たちを見てそんな感情を抱く人なんているの?」
「僕たちで力を合わせて、その感情を皆に抱かせるんだよ。当日ちゃんと説明するから安心して。
「分かったわ。細かい点は当日に確認するとして…パーティーはどのくらいの規模になる予定?」
「恐らく300人程度かな。」
300…さすがに全員は無理だけど…
少なくとも、1ヶ月分くらいは稼ぎたいわね。
アレシアの頭の中は報酬のことで一杯だった。
その大勢の中で、自分がイオンとの婚約を祝福される立場になるということに微塵も気付かない。
もちろんそれは、イオンにによって、そうなるように仕向けられているのだが…
「僕はいつも以上に惜しみなく愛を注ぐから、君はそれを享受するだけでいい。」
「…それ想像つかないわ。」
「演者になったつもりで、報酬のために、愛されている女性を演じたら良い。」
「それなら出来そうな気がする。」
アレシアには、報酬をもらって演じるという考え方にしっくりきたらしい。変なところで自信を付けた。
「よし、これで交渉成立だね。当日のドレス一式は僕から贈るから気にしないで。」
「ええ、より多く稼げるように死ぬ気で頑張るわ。」
「…ああ。」
最後はイオンが若干引いていた。
帰りの馬車の中、イオンは悩ましげに息を吐いていた。
「はぁ…どうしてこの前、心はいらないなんて格好付けてしまったのだろう…」
はぁーともう一度深いため息を吐いた。
「あんなにコロコロと表情を変える彼女が愛おし過ぎて…あのままの彼女で僕の隣にいて欲しい…やっぱり、彼女の心まで僕のモノにしたい…僕のことを見てくれない彼女なんて、今はもう耐えられない…」
「婚約パーティーが良いきっかけになりそうですね。」
「これまでの彼女も深く愛している自信があったけれど、色んな表情をする彼女はなんて魅力的なのだろう…僕も彼女に純粋な笑顔を向けてもらいたい…『報酬』という言葉にまで嫉妬してしまいそうだ…」
「・・・」
ファニスが気遣って掛けたはずの声は、イオンには届いていなかった。
それどころか、彼の暴走に拍車をかけてしまったような気さえする。
イオンは恋する乙女のように、馬車の外を何とも色っぽい艶のある瞳で、ぼーっと眺め続けていた。
呆れ顔のファニスは、もう気にしないことにした。
次にアルティーノ家を訪問する時の手土産は何が良いだろうか、最近出来たパン屋のサンドイッチにしようか…そんなことを熟考していた。
 




