クッキーの誘惑
アレシアは、婚約解消を実現するための策を練るために、絶望を怒りのエネルギーへと変換し、毎日机に向かって思考した。
だが、その成果は芳しくない。
『王命を覆すには…どうしたらいい?
いや、さすがにそれは無理だろ…』
彼女は、このやり取りを頭の中で、すでに100回は繰り返している。
王命を覆すって、、、自分が王に成り代わるしかないんじゃない??
公爵令嬢が反乱を起こす??
いや、そんなの出来なくない?
百歩譲って、王妃の立場になって王政を乗っ取るとかなら私でも出来なくないかも…
ってあれ…??
私、王子との結婚回避のために策を考えているのに、自分が王妃になる話になってたわ…
なんてこった…
アレシアは頭を抱えた。
…コンコンコンッ
「姉様、お茶休憩にしない?」
ティモンがドアの向こうからひょっこりと顔を出した。
彼は今、イオンが派遣してくれた家庭教師の元で毎日領地経営についた学んでいる。
父親が領地に引っ込んでしまったため、イオンが彼の将来を気遣って手配してくれたのだ。
アレシアとのお茶会の日以降も、イオンは変わらず婚約者として、彼女と弟のことをとても大切にしている。
たまにファニスも様子を見に来てくれ、彼が勉強を教えてくれることもある。
彼はどうやら、この姉弟のことが心配で仕方ないという個人的な感情で動いているらしい。
アレシアとティモンは気分転換を兼ねて、庭でお茶をすることにした。
「姉様、婚約解消のこと、一緒に考えてあげられなくて本当にごめん。」
ティモンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいのよ。貴方には貴方の将来があるんだから。自分のために時間を使いなさい。それに、貴方の頑張りが領民のためにもなるからね。」
「ありがとう。うん、家の借金をちゃんと返して、今よりも豊かな領地に出来るよう、精一杯努力する。」
イオンからは、この借金は王家の責任でもあるから返済は不要だと言われているが、アレシアとティモンは返す気満々でいるのだ。
少しでも早く完済しようと、日々倹約に取り組んでいる。
「その意気よ。さすが私の弟ね。」
その後2人は自分たちで用意した紅茶とクッキーを口にしながら、おしゃべりを楽しんだ。
借金返済のため、使用人の数も最低数まで減らして、自分たちに出来ることは全て自分たちで行うことにしたのだ。
「姉様、このクッキー物凄く美味しいね。」
「これ美味しいよね。やっぱり、王子が贈ってくれるお菓子はどれも格別ね。」
「え…」
ティモンは、食べようとした2枚目のクッキーをぽとりと落とした。
「…姉様、王子から贈り物頂いているの?」
「贈り物…じゃないと思うけど。クッキーとかマフィンとかただのお菓子が王子の名前で毎日届けられるだけよ?」
「それ絶対に受け取っちゃダメなやつだよ…」
「え?日持ちしないし、送り返すのも手間とお金がかかるし、、それに、、」
「それに?」
「ほら、美味しいし。」
「はぁ…」
ティモンは盛大にため息を吐いた。
自分の姉は完全に王子の狙い通りになってしまっている気がする…
姉様の代わりに、僕がしっかりしないと。
ティモンは心の中でそう固く思いながらも、しっかりと2枚目のクッキーを口に運んでいた。
よほど美味しかったらしい。




