絶望
「で、どうしてアレシアは僕との婚約を解消したいの?」
責めるでもなく怒るでもなく、心の底から疑問に思っているような、そんな声音だった。
「どうしてって…私は自由に生きたいのよ。敷かれたレールの上を歩くのはもう嫌。」
「僕のことが嫌い?」
「いや、そういうわけではないけど…」
「良かった。まぁ別に嫌いでも構わないんだけどね。僕はアレシアが隣にいてさえくれれば良い。例え、君の心が手に入らなくとも。」
イオンは、仄暗い瞳でアレシアのことを見つめた。それは本心から言っているようだった。
「それって、どういう意味…?」
「そのままの意味さ。君は僕との婚約を解消することは出来ない。これは王命で、決定事項だからね。」
「嘘でしょ…」
アレシアの顔から血の気が引いていく。
せっかく自分を取り戻したのに…
好きな人生を歩めると思ったのに…
結局、また同じ道を歩むだけなの?
私には何も変えられないの?
突きつけられた絶望に、視界が暗くなる。
「僕は君のことを心から愛している。この気持ちに嘘偽りはない。だから、婚約解消以外であれば、君の願いはなんだって叶えてあげるつもりだ。これでも一国の王子だからね。大抵のことは実現してあげられる。」
表情を無くしたアレシアに向かって、イオンは彼女のことを慮るように優しく語り掛けた。
が、彼女の反応はなかった。
そのまま茶会はお開きとなり、アレシアは無言のままイオンの元を去って行った。
「あんな言い方して宜しかったのですか?」
控えていたファニスがイオンに声を掛けてきた。
「ああ。僕も同罪だから。」
なんてことないその口調とは裏腹に、彼の瞳は悲しみに溢れ、その視線は、彼女が去って行った方向を向いたままだった。
「彼女に嫌われても嫌がられても、彼女の心は僕が守る。もう二度とドールなどと呼ばせるものか。」
彼の瞳から悲しみの色は消え失せ、闘気に満ちていた。
一方のアレシアは、戻った屋敷で怒り狂っていた。
「おかしいでしょ!!!なんで、婚約解消が出来ないのよ!無理やり結婚させるとか頭おかしいでしょう。こんなの誰が得するのよ!うちの家は不正と借金で終わっているっていうのに!!」
「…姉様、少し落ち着いて。ほら紅茶持ってきたから…ね?」
「落ち着いていられないわ!王子も王子よ。こんな私と結婚して何が楽しいのよ!!彼ならもっと素敵なザご令嬢を見つけられるでしょうに。とんだ物好きね!」
「そんなに自分を貶めてはダメだよ。姉様だって素敵な女性なんだから、ね?」
絶望を通り越して怒りに満ちた姉を、ティモンが必死に宥めすかしていた。
彼ららしい、いつもの光景だった。




