初めて知った菓子の味
「だからなんでその色を選んだのよ…」
「ふふ。恥ずかしがり屋のアレシアのことだから、僕が絶対に選ばない色にすると思ったんだ。君のことをよく分かっているだろう?」
イオンは誇らしげに微笑んだ。
「またしてもやられたわ…」
アレシアがやさぐれていると、給仕の者がお菓子を運んできた。
ケーキや焼き菓子に加え、氷菓、チョコレート、ゼリーなど、軽く30種類はありそうな色とりどりの菓子をアレシアの前に並べていく。
一つ一つは通常よりもかなり小ぶりに作られているが、これだけの種類を並べられると圧巻の景色だった。
「美味しそう…」
アレシアは自分の口から出た言葉に驚き、はっとして口元を隠した。
王子とのお茶会で、美味しそうだなんて初めて思ったわ、、
いつも、王子が紅茶を啜ったら自分も紅茶を頂く。王子が手に取った菓子を自分も手に取る。ただし、食べる量は彼よりも少なめにする。
そんなことしか考えてなかった。
本当に自我のない人間だったわね…
「さぁ、召し上がれ。」
イオンに促され、アレシアは最も手の届きやすかったタルトを自分の皿に移した。
自分から動くという慣れない行動にやや緊張しながらも、小さな一口を齧る。
「ん…おいしいっ…」
口の中に広がった程よい甘さとバターの香りとフルーツの酸味に、アレシアは目を見開いた。
こんなに美味しいものだったの…?
王宮の菓子は、これまで何度も口にしていたはずなのに、初めて感じたその美味しさに激震が走った。
大きく目を見開いたまま、飲み込むことを惜しむかのように、ゆっくりと時間を掛けて咀嚼し、口の中の感動に浸るアレシア。
紅茶を飲むことも、次の一口を齧ることも忘れて、ただひたすら菓子の余韻に酔いしれていた。
アレシアの様子に目を細めるイオン。
彼は、取りにくい位置にある菓子を皿に取って並べ、どうぞと言わんばかりに彼女に差し出した。
イオンに勧められるまま、アレシアは色んな菓子を手に取り、口に運んだ。毎回異なる美味しさに、一々感動しながら食べ進めた。
目の前に並ぶ物の美味しさを知ってしまったアレシアの手は止まらなかった。
ん?
もしかして………私だけ食べてる……??
ふと思って王子を見ると、目が合った。
こちらを見てニコニコしていた。
「…食べないの?」
「甘いものは苦手だからね。」
「え…私とのお茶会の時は普通に食べていたと思うのだけど??」
「ああ、あれは、君に食べて欲しかったからだね。」
「どういうこと?」
「君は、いつも僕の動きを真似ていただろう?だから、君が菓子を食べられるように、率先して僕が手を付けていたんだよ。」
「えっ??」
「この中に君の好きなものがあるかもしれないと思って、毎回違う菓子を手に取って試したのだけど、どれを口にしても君の表情は何一つ変わらなくてね。毎回色んな国の菓子を用意させていたんだよ。」
確かに、見たことのないものばかり並んでいた気がする…
そんな気遣いをしてくれてたんだ。
全く知らなかった。
婚約者だから、義務として定期的に私と顔を合わせているだけで、そこに気持ちはないと思っていた。
自我が希薄だっただけでなく、人から受けた気遣いにも気が付かないなんて…本当に私は酷い性格をしていたわ。
「だから僕は今物凄く幸せなんだ。目の前の君が目を輝かせて美味しそうに食べているからね。」
心の底から嬉しそうな弾んだ声でイオンが言った。その顔には眩しいほどの笑顔を浮かべていた。
「私、貴方の思いやりに気付いてなかったわ…」
「あれは、僕が勝手にしていたことだから。気付いて欲しいなんて思ったことは一度もないんだよ。だから気にしないで。」
「ありがとう。昔の私にも優しくして下さって、アルティーノ家の立て直しにも尽力頂いて、、本当に、何と御礼を言って良いのか分からないわ。心から感謝してる。」
「御礼はいらないから、僕と結婚してくれる?」
「それはちょっと…」
「え?この流れで断るの?君に心は無いの?」
「・・・」
先ほどの気遣いはどこへやら、イオンはニコニコ顔のままアレシアの一番痛いところを突いてきた。
返す言葉が見つからないアレシアは、彼の視線から逃げるように自分の皿に目を移し、残っていたケーキを黙々と食べ始めた。
分かりやすい彼女の行動にイオンは声を上げて笑っていた。




