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【番外編】国王の憂慮


外は数日ぶりの抜けるような青空だというのに、ここ国王専用の執務室は曇天の如く暗い空気が漂っている。



「はぁ…」


そのような中、憂いを帯びた深いため息が聞こえた。


それを聞いた国王側近のファニスは、またいつものことか…と声を掛けるどころか視線を向けることすらしない。

王妃が単独公務で王宮を留守にしている際に度々目にする光景であり、例によって今日アレシアは式典参加のため不在であるからだ。


アレシア様がお戻りになればすぐ元に戻るだろう…

そう軽く考えた時、耳を疑う発言が聞こえてきた。



「もう一層のこと退位してしまいたい。」

「………っ」


驚きのあまりファニスの鼓動が止まりかける。手にしたペンに無意識に力が入り、ピシッと嫌な音を立てながら必死に思考を巡らせる。


最近ご公務を詰めすぎて無理をさせてしまっていたか…?いやしかし、アレシア様との食事やデートの時間は最低限確保できていたはず。まさかアレシア様との間で何かあったのか…?しかし、それがどうして退位の話にまで…?


…これはもうアレシア様に直接お尋ねするしかない。


断固阻止すべく、ファニスは急ぎ仕事を片付けて執務室を後にした。



「というわけなのですが、何かお心当たりはございますか?」


公務から帰宅後すぐ、そうアレシアに尋ねたのは王妃専属護衛騎士のクロエだ。

本当はファニスが直接聞きたかったのだが、独占欲の強すぎる主の報復を恐れてクロエ経由で尋ねることにしたのだ。



「そう言われてもねぇ…」


思い当たることが何もないアレシアは、片手を頬に添えて顔を傾けている。



「こういうのは直接聞くのがいいわ。」


そう言うとアレシアはすぐ、自分の執務室を出てクロエと共にイオンの元へと向かった。



「会いたかった」

「…ちょっと!」


アレシアが姿を見せた瞬間イオンはばっと瞳を輝かせ、椅子を蹴り倒して駆け寄ると彼女を自分の腕の中に収めた。


すっぽりと収まるアレシアを目を細めて愛おしそうに見つめ、おでこ、こめかみ、瞼にとキスの雨を降らせた。アレシアは頬を赤く染め、逃れようと必死にジタバタもがいている。


その場に居合わせたクロエとファニスは揃って壁に顔を向けた。照れたアレシアの顔を見た日には物理的に首が飛ぶかもしれない…本気でそう危惧していたのだ。



「イオンに聞きたいことがあるのよ!」

「え?」


囚われた腕の中からアレシアが必死に声を上げると、イオンの瞳が大きく開かれた。



「この僕に…聞きたいこと?…アレシアが…?」


信じられないといった表情で口元を隠すように手を当てる。

拘束を解かれ余裕の出たアレシアは、好機とばかりにイオンに尋ねた。



「もしかしてイオンに何か悩みがーー」

「嬉しい」

「ふぎゃっ」


自由になったと思ったのも束の間、勢いよく抱きしめられたアレシア。

あまりの勢いに内臓が潰されそうになり、思わず変な声が漏れた。



「僕だってアレシアのことは何でも知りたい。例えば、君が今日誰に声をかけられ誰と話したのか、その瞳に何を映して何を美しいと感じたのか、君の一挙一動だけでなく心の動きさえも全て知りたいんだ。まさか君も僕にそう思ってくれていただなんて…」


溢れる感情を抑え、イオンは普段よりやや低い堪えた声で早口に想いを告げた。

抱きしめながら耳元で伝えられた言葉に、アレシアの鼓動の音が煩くなる。それでも平常心を保とう必死に心を落ち着かせたが、イオンの前では無意味であった。



「愛してる、アレシア。僕の世界を照らしてくれる最愛の人。どれだけ言葉を尽くしても僕の増幅し続ける君への愛は伝えきれないな。それがひどくもどかしい。」


両肩に手を置かれ、真っ直ぐに瞳を覗き込んでくるイオン。

あまりに愛の溢れる強い眼差しに、アレシアの心はすぐさま平常心を失った。一気に顔に熱が集まる。


イオンの言葉はいつも真っ直ぐで愛に溢れていて、どうしようもなく気持ちが高揚してしまう。

「愛してる」そう言葉を返せたら楽なのに、それだけでは足りない気がしてどうして良いか分からず、結局もらうばかりだ。


だからこそ、今日はこのまま引くわけにはいかなかった。



「ねぇイオン…国王であることが嫌になった…?退位したいって本気なの?」


言葉を選ぶ余裕がなく、アレシアは直球勝負で尋ねた。

突然の問いに驚いたのか、イオンは美しいその瞳をひとつ瞬いた。



「だって…」


アレシアの肩に手を置いたまま、イオンが足元に視線を落とす。



「この国の王妃は人気があり過ぎるから。」

「はい???」

「民が皆、アレシアに魅力を感じているのが許せない。あの悦びに満ちた視線が耐えられない。」

「え…」

「僕のアレシアなのに、どうして他の者が勝手にああいう目で君のことを見るんだ。王妃という立場になければ部屋に閉じ込めておけたのに…」

「はぁ」

「だから僕が退位すれば君も王妃でなくなり、二人だけの、二人きりの、心安らぐ暮らしが待っていると思ったんだ。僕の目にしか君が映らない毎日…あぁ、想像しただけで心が満たされる。」

「いっ」

「それに大体この王宮は男が多過ぎなんだ。どう采配したって君とすれ違う者が出てくる。アレシアのことを僕以外の男が視界に入れるなど…想像するだけで腑が煮えくりかえる。王族でなければ自分達だけでいられたというのに…」

「・・・」


イオンのぼやきは止まらず、最後はもう合槌すら打たなかったアレシア。


ああ、こういうことだったのね…


大きく息を吐いて心を整えると、とびきりの笑顔でイオンのことを見上げた。



「この国のために責務を果たしているイオンのことを格好いいって思うわ。本当に素敵よ。」


「アレシア…君の期待に応えられるよう、僕は死ぬ気でこの職務を全うする。これは僕にしか出来ないことだからね。」


「ええ、私も王妃としてあなたと…んっ!」


イオンに口付けされたせいで最後まで言えなかったアレシア。

最高潮に達したイオンの口付けが一度で終わるわけがなく、二度三度と続き、その度に深くなっていく。

意識が朦朧としていく中、残った僅かな理性でファニス達の存在を思い出し部屋の様に視線を向けたがそこには誰もいなかった。空気を読み、すでに部屋から逃げ出していたのだった。


二人きりであることに気付いていたイオンは、逃がさないようアレシアの腰を支えながらゆっくりとソファーまで誘導していく。

外はもう陽が落ちかけており、気を利かせた誰かさんのおかげで灯が消された室内は薄暗い。


足元がふらつくアレシアの後頭部を支えながら丁寧にソファーに横たえると、イオンは上着を脱ぎ捨て彼女の上に覆い被さった。



「きゃっ」

「言葉で伝え切れない愛は、やはり行動で伝えるべきだよね。」


そう言って極上の笑みを見せると、羞恥心で顔を背けるアレシアの顎を掴み自分に向けさせた。涙で潤む彼女の瞳を優しく指で拭う。



「ぜんぶ受け取って」


恥ずかしさで死にそうになっているアレシアは何も言えず、顔を隠すようにイオンの首にしがみついた。

それを肯定を捉えたイオンは、全身を使って存分に己の愛を伝えたのだった。


お読みいただきありがとうございます!

相変わらず暴走気味のイオンです笑

ちなみに、ファニス達が退出後外側から鍵をかけており、イオンはその音を確認してから決行してます。

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