第一章2 『ラジュカ』
小さな人影ーーー否、少年は家に向かって歩いている一竜の後をつけていた。彼女のことについて、少年は事前に竜弥から聞いていた。だから、一竜の事はよく知っているつもりだった。
「腰まで届く金髪に、人よりも少し低めの背丈……。多分、あいつが一竜だと思うんだが……」
まだ顔を見ていないので確証は得られないが、竜弥の妹ならば、彼と同じ金髪のはずだ。おそらく彼女が一竜だろう。
「なんとしても、確認を取らないと。一竜が『ゴーストパーティ』の所持者なのかを……」
少年は、どうしても一竜に話を聞きたかった。なぜなら、竜弥からとても興味深い話を聞いていたからだ。
一竜は魔法の複数所持者。つまりミーシャと同じであるという事。
こんな話を信じるバカはまずいない。だが、その話をしているのがこの一城の国で次期『四神』と言われる竜弥なのだ。しかも一竜が複数の魔法を使っているところを見たとも言う。信じ難い話だが、竜弥はとても興奮して話すものだから、ぜひ自分でも見てみたいと思った。だが、このまま後をつけていても魔法を使うところを見られない。そこで少年は行動に出てみることにした。
「おい、お前が一竜か?」
「え……はい、そうですが、僕に何かようですか?」
声をかけると、一竜は重そうな荷物を持ちながらこちらを振り返り、首を傾げた。丸くて大きな黒目、金髪、人より小さい背丈、全ての条件に当てはまる少女だ。一竜で間違いない。ここから仲良くなっていろいろ話を聞き出そう。
「ああ、竜弥さんからお前の話を聞いたんだ。珍しい魔法を使うって」
「竜弥から? 竜弥の友達なんですか?」
「……まぁ、そんなもんだ。俺はラジュカ。隣国の大空から来た。よろしくな」
「へー、大空から……よろしく。ラジ、ジュ、ラー」
ラジュカと竜弥の関係は友達とは少し違うが、そんなことをいちいち話していたら長くなるので、とにかく早く話を進めることにした。……それにしても、ラーとは自分のことだろうか。そんな呼ばれ方は今までされたことがないので、なんだかこそばゆい。あとなんで敬語?
「ところでラー、竜弥は仕事中はどんな感じですか? 怪我はなかったですか?」
「ん? ああ、竜弥さんはとても強いからあんまり怪我はしてなかったな……でも最後……」
そこまで言った後に、ラジュカは自分の失態に気づいて口をつぐんだ。これは竜弥とその仲間の魔法に深く関わることなので言ってはならない。許可がなければ魔法の口外ができないのは魔法使いのルールの基本だ。魔法がバレてしまえば、それに対抗する魔法でやられてしまう可能性があるからだ。危うく、仲間を危険に晒すところだった。
……となると、自分が一竜から魔法のことを聞き出すのは違反か?いや、これから許可をとるから大丈夫か。
「……最後、どうなったんですか?」
「……ごめんな。それは竜弥さんの魔法にかかわることだから、俺からは話せないんだ。竜弥さんから直接聞いてくれ」
「……そうですか」
一竜は残念そうに下を向いた。悪いことをしてしまったかもしれない。ここは元気づけてあげないとな。
「でも大丈夫だ! 竜弥さんが無事に帰ってきたのが、その証拠だろう?」
「……そうですね」
一竜は下を向いたままだったが、さっきよりも少し安心したのが声音からわかった。
「あの、ラー。よかったら僕の家に遊びに来てくれませんか?」
下を向いていた一竜が突然、さっきまでのことがなかったかのように、顔を上げて笑顔を向けてそう言った。こう見ると、自分の妹は可愛い、可愛い、と竜弥が言うのもわかる気がする。
「いいけど、なんでいきなりそんなことを?」
「えへへ、友達と一緒にいるところを見れば、仕事で疲れ切った竜弥にーにも元気になるかなって……」
一竜は恥ずかしいそうに、頬を赤らめながら言った。ラジュカはその姿に一瞬見惚れそうになったが、すぐに我に帰った。
「……そうか、いいよ。竜弥さんが元気になれば俺も嬉しい」
一竜は竜弥のことを気遣っているのか、それとも、竜弥が安心する姿を見て自分の心を落ち着かせたいのか。それはどうでもいい。自分も一竜も、竜弥を心配しての行動をとっているのだから。それに、女の子から遊びに誘われることなどそうそうあることではない。今日の事は自分にとって貴重な体験になる事だろう。家に着くのが楽しみだ。だがその前に、気になることがある。
「てゆーか、竜弥にーにって……」
「……き、聞かなかったことにしてください」
一竜は赤面したままそっぽを向いてしまった。ラジュカはひとしきりその顔を見た後、一竜に謝って、2人はそれぞれの身の上話をしながら、楽しく林道を歩いて帰った。
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「ただいま」
「……お邪魔します」
2人は20分ほどかけて家に着いた。一竜は竜弥のものらしい荷物を玄関に置くと、ラジュカを自分の部屋へと案内した。玄関からリビングに向かうと、一竜の母親と出会った。何やら手紙のようなものを封筒に入れていた。
「お、一竜、ついに遊びに来るほど仲の良い友達ができたんだ?」
「うん。竜弥にーにに自慢する」
「竜弥にーに……」
「そうか。でも男友達だと竜弥は怒るんじゃない?」
「俺来た意味ないじゃん」
ラジュカは自分の前を歩く一竜と一竜のお母さんとの会話を聞いてガックリと肩を落とした。竜弥に邪険にされるのだろうか……。それはとても悲しい。
「大丈夫だよ、ラー。僕は変な事言わないから」
「フォローありがとうだけど……一竜のお母さん、そんな目で見ないで」
ラジュカは、値踏みするような目でこちらを見てくる一竜の母親をジト目で見返しながら言った。別に、一竜の彼女とかそうゆーのじゃないんだけどな。
「まぁまぁ、2人とも。僕は竜弥にーにを元気づけられればそれでいいの。仲良くしてよ」
「一竜がそう言うなら……」
一竜のお母さんは、彼女の眩しい笑顔を前に何も言えず、そのまま作業に戻った。一竜は部屋に着くと人形やらぬいぐるみやらが入った一抱えもある、大きな箱を取り出してきた。
「ラーは可愛いものは好きですか?」
「え? まぁ、好きだけど……一竜は好きなの?」
「もちろん、大好きです。竜弥にーにもぬいぐるみを集めてまして。これは竜弥にーにのコレクションです」
「竜弥さんそんな趣味が⁉︎」
あり得ない。仕事中はあんなにかっこいいのに、まさか趣味がぬいぐるみコレクションだなんて。完璧な人間なんていない、と言うのがよくわかる。見なかったことにしよう。
「ラー、僕と勝負しませんか?」
「勝負? っていきなりなんで」
ラジュカがそう言うと、一竜は箱の中を漁って、人形とぬいぐるみの間から、小さな四角いケースを取り出した。黒く塗ってあるので、中は見えない。一竜がケースを開くと、その中には数字が書かれた、たくさんのカードが入っていた。
「それはなんだ? また竜弥さんのコレクションか?」
「いえ、違いますが……ラーは、『トランプ』を知らないんですか?」
「とらんぷ?」
一竜の話によると、トランプとは一城ではよく知られているカードゲームの一種だそうだ。大空では見たことがない。
「それではババ抜きをしましょう」
「ばばぬき??」
「ルールは簡単です。まず、僕からカードをとって、自分の持っているカードと同じ数が出たら、捨てることができます。カードが先になくなった方の勝ちです」
「なるほど???」
一竜がとても簡単にルール説明をした。ぶっちゃけよくわからない。彼女はカードをきって、ラジュカと自分にそれぞれ一枚ずつ分けていった。ちなみに1人分が約20枚もあって持つのが大変そうだ。だが、最初に同じ数字の書かれたカードを捨てることができるので、結局7枚になった。ラジュカのカードの中には『ジョーカー』と書かれたカードが入っていて、一竜よりカードの枚数が一枚多かったが、事前に説明はされなかった。よくわからないので、手札の中にそのまま残しておくことにした。カードに書かれた数字が見えないように、そしてカードが重ならないように持って、ゲームスタートだ。
「ラーからどうぞ。僕の手札の中から好きなカードを引いてください」
そう言うと、一竜は自分の手札を俺の近くに差し出してきた。その中から適当に一枚引く。揃わない。
「一竜、揃わなかったらどうするんだ?」
「そのカードはそのまま持っていてください」
言いながら、一竜はラジュカの手札からカードを引くと、引いたカードと、彼女の持っているカードのうちの一枚を捨てた。どちらも『ハートの1』だった。どうやら揃ったら捨てることができるらしい。そのまま特に問題もなく、ゲームは進んでいった。これが楽しいのか、ラジュカにはまだイマイチよくわからない。
「そういえば、さっき勝負って言ってたけど、勝ったらなんかあるのか?」
ふと、一竜の手札からカードを引く途中で、彼女が最初に言っていたことを思い出したので、聞いてみた。
「……そうですね、じゃぁ、ラーが僕にやって欲しいこと、なんでも一つ、やってあげます。でも僕が勝ったら逆ですよ?」
「……言ったな?」
「負けませんから」
ラジュカが悪い顔でニヤリ、と笑うと、一竜は歯を見せて笑い返した。これは、面白くなりそうだ。きっと一城の人々は、皆このゲームに何かを賭けるから楽しんでいるのだ。もしも自分が勝ったら、一竜には魔法のことを教えてもらおう。そうとなれば、何がなんでも勝たねばならない。そのためには、この『ジョーカー』についてよく知っておかねば。
「なぁ、俺は勝ちたいから、この『ジョーカー』に着いて教えてくれないか?」
ラジュカは自分の手札の中から、『ジョーカー』のカードを引いて一竜に見せた。
「あ、それは残ったら負けになるカードです」
「え⁉︎ じゃぁ俺勝てないじゃん!」
「大丈夫です。最終的に持っていなければいいので。ですが、それは相手が勝手に引くまで持っていなければなりません」
「そうか……ならまぁ……」
そう言って、ラジュカが『ジョーカー』をカードの束の中に戻そうとして、気づいた。
一竜がニヤニヤしながら『ジョーカー』のカードを見ていることに。
「……危ねぇ」
ラジュカはそれに気づくと、一竜に背を向けて、手札の一番隅に『ジョーカー』を戻した。
「よく気づきましたね」
「俺はなんとしても勝ちたいからな」
すぐに振り返って、ゲームを再開する。ラジュカの手札は3枚、一竜は2枚。このままでは負けてしまう。と、そこでラジュカの脳裏に竜弥との会話がよぎった。
『ラジュカ、敵を自分の思い通りに動かしたいなら、敵がどうすれば動きたくなるかを知るのが大事だ』
一竜に『ジョーカー』を引かせたい。ならば、どうすればそれを引きたくなるかを考える。するとラジュカはこの絶望的な状況を打破する名案を思いついた。
「一竜、この一番隅のカード引いたら竜弥さんの話、もっと聞かせてやるよ」
それは、交換条件を突きつける事。竜弥が言っていた事を活かすことができ、ラジュカは内心でにんまりと笑った。竜弥のことが大好きな一竜ならば、絶対に引っかかってしまう、完璧な罠だった。それが、今日でなければ。
「ふふ、竜弥にーにから直接聞くので大丈夫です。僕に引かせようとした、そのカードが『ジョーカー』ですね?」
「そうだ……。いや、違う!」
完璧な罠だ。そう思っていたのに、穴があった。おまけに質問にも答えてしまった。もう後がない。慌てるラジュカをよそに、一竜は真ん中のカードを引くと、自分の手札から同じ数字の書かれたカードを取り出して捨てた。彼女はもう一枚しかカードを持っていない。
「ラーの番ですよ」
「……くそっ」
ラジュカは床を叩いて悔しがった。最後の一枚を一竜から引いて、最後に自分の手元に『ジョーカー』が残った。全ては自分が招いた結果だった。結局、一竜にいいように遊ばれて、魔法のことは聞き出せなかった。そして、気づいた。竜弥が言ったことを実行できていたのは、自分ではなく、一竜の方だったということに。過去に自分が聞いたのと同じ話を竜弥からされたのかはわからないが、ラジュカが動きたくなる条件を突きつけ、思い通りに操り、勝利を掴み取ったのだ。ここまで簡単に負けるとは。完敗だ。もはや今のラジュカには、トランプで一竜に勝てる気がしなかった。
「さぁ、約束ですよ、ラー」
「好きにしてくれ」
「そうですか。じゃぁーー」
一竜は少し上を向いて、頬に右手の人差し指を当て、しばらく考える仕草をした後、今度は下を向いて、少し恥ずかしそうに言った。
「僕の友達になってください」
「……え? それだけ?」
てっきり、逆立ちして国中歩けだの、立ったまま寝てみろだの、無茶振りをされると思っていたのだが。それに、さっき母親にラジュカのことを友達だと言っていたではないか。もっといいことに使えばいいのに。もったいない気がする。
「さっきは、母さんにラジュカのことをどう言えば良いか分からなくて、つい友達と言ってしまいました」
「俺の名前ちゃんと言えるんだ」
「余計なとこつっこまないでください。……僕は、面白い話もできないし、会話も得意じゃないので、友達はいなかったんです。だから友達になって欲しいって」
「……そっか。でも」
一竜の言い分はわかった。友達がいない事は、結構辛い事なのだろう。自分には竜弥と仲間たちがいるが、みんながいなくなったら、話し相手がいなくなってとても寂しいと思う。でも、友達というのは、こんなふうに相手に許可をとって作るものではない。こんなことを考えているうちは、一竜に友達はできない。余計なお世話かもしれないが、自分を完膚なきまでに負かし、至らなさに気づかせてくれた礼に、ここは一つ、教えておこう。
「俺たちはもう友達だろう? 一緒に楽しい時を過ごせたなら、その時から友達なんだぜ」
右手の親指を立ててサムズアップ。相手を安心させるための笑顔を見せながら、ラジュカは言った。一竜は驚いたように目を丸くして、また恥ずかしそうに頬を赤らめた。それでも今度は、正面を向いて言った。
「……そう、ですか。嬉しいです。これからも、よろしくお願いします」
「おう。そうとなりゃ、もう一ゲームだ」
ラジュカは人のいい笑みを浮かべたまま、カードをまとめて、一竜がやっていたのを真似してカードをきりだした。
一竜は何も言えないまま、その様子をジッと見ていた。こうして、一竜には初めての友達ができたのだった。