極メシ!!【どうせ捨てるなら食おうホヤの中身】
一番最初に食った奴の正気を疑いたくなる食べ物と言えば、ホヤである。
固い殻。冬の荒れ海も意に介さぬ刺々しい見た目と同様の頑丈な外皮は、海のパイナップルと呼ばれる程。だがしかし中身は、海の旨味を迸らせる逸材……。
ふーん、パイナップルなんだー。なら、美味しいんだよね? 甘くてさ。
そんな訳で、ホヤを掘り下げてみます。かなりディープな内容なので、苦手な方はやんわりスルー推奨。お子様には向いていません。それでは、ごゆるりと、
稲村某の職場は自宅から数分、歩けばそれなりの距離だが北関東民ゆえ、車で一瞬。おいおい歩けよバカ、と言いたい皆様には、こう答えよう。「……昨夜の売上げを入金しに銀行まで歩けと? 貴方は百万円をポケットに忍ばせて徒歩で二十分歩けるのか」と。防犯対策でもあるし、不意に買い物せにゃならん時とか色々理由はあるのだ。
まあ、それはともかくホヤである。
解体方法はヒト各々だが、仕事柄捌く機会の多い稲村某は皮を剥いて縦半分に割り、中身を洗ってホヤ水(胎内に残っている水)に漬け込むパターンである。
そんな感じで搾り取ったホヤ水をタッパーに移し、その中に解体した黄色とも橙色にも見える身(内側の皮とでも呼びたい)を入れて色変わりを防ぐ。ただ、使うのが握り寿司やつまみの為、形を整える意味合いも含みこの時、内臓を軽く削いでしまうのだ。
ホヤは、全て食べられる。エラも、内臓も、生殖器も。しかも殆ど全て【ホヤ】の風味と味わいがあるのだ。
……いっちょ、食ってみるか?
そう思えば稲村某、仕事は実に早い。取り除いた内臓をザルに受け、その内臓をボールの中で何回か洗う。本来は風味や変色を避ける為、この水すらホヤ水で洗うのだが、構うもんか。どうせ塩漬け、いや塩辛にするのだから。内臓に絡み付いたモズク状の糞(としか思えないんだが)は、特に丁寧に洗い流す。ホヤ好きは気にしないらしいが……まあ、ムツゴロ◯先生もヒツジの糞は食えると言っていた気がする。俺は食わないが。
しかし、同じ味とは知っているが、内臓ってどんな味の違いがあるんだ? そう思い、何となく卵巣っぽい箇所(ホヤは雌雄同体だったか?)を摘まみ、何も付けずそのまま試食してみる。
……先ず訪れたのは、相変わらずの磯の風味。好きなヒトには堪らなく、嫌いなヒトには堪えられない、あの独特の匂いとも臭いとも言い難い、アレである。たまーにワキガを連想してしまうんだが。
そして、次の瞬間やって来た味は……意外にも魚卵、それも鮭類の卵に似た脂質を含んだ濃厚な甘味……いや、待て待て、これホヤなんだよな? 自分で捌いたから当然知っているがホヤだよな!?
まさか、ここまで甘味を感じるとは思わず仰け反りかけたが、これは……明日の夜が楽しみである!
そうして集めた五十グラム程の内臓と、見栄えの為に削った僅かな身を混ぜ、軽く塩を振って使い捨て容器に入れ、ラップで厳重に巻いて冷蔵庫に仕舞った。勝ち確定の気分でウキウキしながら……。
そして明くる日の夜。
晩酌の時間となり、酒飲みの嫁の前に自慢げに取り出したホヤの塩辛だったが、奴の表情は浮かない。何故ならば匂いはやっぱりホヤだからだ。
「これ、臭くない?」
「……愚か者よ、此れは北は松前、青森の浜で獲れた野生の海鞘なり。某が捌き塩辛にしたモノなれば、安心して召され、召されい」
まあ、だいたいこう言って買ってきた灘の冷酒(高くない)を涼しげなグラスのお猪口に注ぎ、一口含んでからホヤに箸を付けたのだ。
……うん、塩辛い。
あれ? いやちょっと待て、これやたらと塩辛過ぎない?
慌ててもう一口。
うーん、塩辛過ぎて甘味もへったくれも無い。取れた量が少なかった為、塩漬けしてから味見しなかったからなぁ……でもしっかり独特の風味だけは一丁前、ってのが悲しい。
「ねー、これ塩辛いよー! 日本酒有ってもキッツいんだけどー!?」
元バーテンダーで唎酒師技能も所持している嫁は、不服そうである。生のホヤはともかく、過去にバクライ(ホヤとイカを共に合えた塩辛)は食った事のある彼女が言うのだから、俺の塩加減が悪かったのだ。
うーん、あの甘味は何処に行ったのだろう。塩加減、難しいのぅ。
結局、味見しながら日本酒を流し込み、そそくさと台所の流しに残りを移し、その場で軽く濯いで再びタッパー(使い捨て容器から移しておいた)に仕舞った。
そして今朝。塩加減を間違ったソレだったが、悔しいので再び試食してみる。まだ朝食前だから控えめな量だ。
では、食してみよう。
うーん、塩辛い。まだ塩抜き足らんのか?
……いや、待て。確か前にホヤを天ぷらにした時も、やたら塩辛かった気がする。つまり、ホヤって身に帯びた塩気が呼び水になり、加熱したり味付けすれば塩気が濃縮し易い食材なんじゃなかろーか。酒や水が甘く感じる所以も、それが少なからず影響しているのかもしれない。
そんな訳で、ホヤの内臓の塩辛。塩抜きしてみりんを足して、再び冷蔵庫で眠らせました。
……誰かが、美味しい日本酒を寄越してくださるならば、ホヤの封印を解くでしょう。出来れば高い奴が良いです嘘ですゴメンナサイ。