第4話 魂
朝、私はいつものごとく教会の鐘の音で目を覚ました
そしてそのままマリアの部屋を水晶で見た
あの戦い以来、マリアは意識を失ったままで目を覚ます気配が全く無い
「人の部屋を覗くなんて良い趣味してるね」
「きゃっ!マ、マリア!?なんでここに?」
「それがさ…」
マリアは事の経緯を話してくれた
私がマリアを生者の世界へ連れて行ったあの日の夜、マリアの魂はこちらに来てしまったようだ
ただ、見たところマリアはまだ死んではおらず、言ってしまえば仮死状態にあるようだ
それから何度か元の肉体に戻ろうと必死に挑戦しているが、なぜか弾かれてしまって入れないということだった
マリアの話から考えると、あと24時間以内に元の体に戻ることができなければマリアはそのまま死んでしまう
それだけは何が何でも避けなければならない
私は急いで神様のところへ行き、マリアの体を調査する許可を得た
そしてそのまま生者の世界の方のマリアの家に行った
私は試しにマリアの体に憑依できるか試してみた
しかし、不思議なチカラで弾かれてしまった
私は魔法でマリアの体を見てみた
するとマリアの体は真っ黒になった魂の破片で覆われていた
「なんでこんなことに…」
こうなると着の身着のままな今の状態ではどうすることもできない
私は一度死者の世界へと戻り、神様に報告した
「ふむ…。それはおそらく『魂の穢れ』であろう」
「魂の穢れ?」
「生きとし生けるものは皆、大なり小なり罪を犯している。罪を犯すと魂の一部は黒ずむんじゃ」
そう言いながら神様は水晶を取り出した
「稀にお前みたいに穢れの一切無い綺麗な魂がやって来ることもある。その反面、デス・ナイトのような根っからの悪人ともなると、ここに来た時には穢れきって黒一色の魂であることもある。まあお前やデス・ナイトは極端な例ではあるが、基本的には大なり小なり魂は穢れているものなのだよ」
「魂の穢れは落ちないものなのですか?」
「半分以上穢れてしまっている場合は地獄で罰を受けながら浄化をしていくが、そうでなければ基本的にお前さんたちがおる天国と地獄の狭間にある死者の園で穢れを浄化してから転生することになる」
「逆に天国にはどのような人が行けるのですか?」
「『魂の穢れが半分に満たない』、『生者の世界への未練が無い』、『本人が天国へ行くことを望んでいる』の3つを満たしている場合、死者の園で魂の浄化が済み次第行くことができる。お前は私のもとへ来た時、生者の世界への強い未練があったから天国へ行くことはできなかったんだ」
「それはそうですよ。私、まだ16歳ですよ?華の女子高生だったんですよ?彼氏もいたんですよ?やりたいことたくさんあったんですよ?なのにこっちに来てしまったんですから未練しかないですよ」
「わ、分かった。分かったから。とにかく、転生するか天国に行くかは、お前のその未練さえ無くなれば選ぶことができるようになるから。それよりもマリアのことだが、やはりというべきか、あの者の肉体の魂の器は、デス・ナイトの魂の破片に覆われてしまっておるな。あれを回収せねばマリアは元の肉体へ戻ることはできないだろう」
そう言って神様は私に水晶を見せてきた
そこには黒いたくさんの破片に覆われたマリアの体が映っていた
すると神様は瓶を取り出した
「アンジュ、この瓶をマリアの体の側に置いてきなさい」
「これは?」
「魂の破片を回収する瓶だ。この瓶は近くにある魂の破片を勝手に吸い込んでくれる」
「でもそれだとデス・ナイト以外の魂の破片も吸ってしまいませんか?」
「安心せい。この瓶は実は凄くハイテクなものでな…」
「あの、神様。その『ハイテク』って言葉、とっくに死語ですよ」
「むぅ…。時代の流れは速いものだな。まあとにかくだ。この瓶は吸い込んだ魂の破片を魂ごとに中で分別して隔離してくれる優れ物なのだ。だからそこについては心配しなくて良い」
「分かりました」
私は瓶を預かり、再び生者の世界へと降り立った
しかし、運の悪いことに降り立った場所の目の前には占い師のおばあちゃんが座っていた
「むう!?アンジュではないか。何故またここに?」
「あはは…」
私は軽く笑って誤魔化したが、おばあちゃんの声を聞いた町の人たちがどんどん集まってきた
私は咄嗟にダッシュで逃げた
下手なことをすれば生者の世界への干渉に抵触して魂を砕かれる可能性があるし、何より今は時間が無い
私は大急ぎでマリアの家の窓や壁をすり抜けてマリアの体のある部屋に行った
そしてマリアの体の横に神様から預かった瓶を置いた
すると突然、瓶が震え始めた
しかし、それ以外に変化が見られない
私は魔法を使って魂の破片を見てみた
すると、マリアの体を覆っていた真っ黒な魂の破片が瓶の中へと吸い込まれていく様子が見られた
しかし、魂の破片が多すぎて全て回収するのに時間がかかっている
こんなペースだと、魂の破片を全て回収する頃にはタイムリミットを迎えてしまう可能性もある
しかし、私には魂の破片をどうにかするチカラは無いため、今は見守ることしかできない
それにしても、どうしてこんなにもたくさんの魂の破片がマリアに集まったのだろうか
帰ったら神様に聞いてみよう
回収が終わるのを待っていると、誰かが部屋に入ってきた
入口の方を見ると、そこには兄のアルスと、マリアのお母さんが立っていた
話を聞く限り、どうやらマリアのお母さんが助けを求めたようだ
「強い霊のチカラを感じるな…」
お兄ちゃんは部屋に入るなりそう呟いた
すると突如、部屋に結界が張られた
私は咄嗟に足元の魔法陣を見る
やばい。これは対霊用魔法陣だ
私は咄嗟に魔法で対抗した
「なるほど、魔力を持つ霊か。ならば…」
「ちょっ、ちょっと待っ…!」
次の瞬間、魔力が封じ込められるような感覚に襲われた
いくら生前、次期家元筆頭候補だったとはいえ、流石に魔力を封印されてしまってはどうすることもできない
お兄ちゃんは容赦無く次の魔法の呪文詠唱を始めた
やばい。この呪文は霊魂を砕く呪文だ
しかも詠唱しているのはエンペラーの称号を持つ賢者
そんなのを食らえば私は完全に魂を砕かれてしまう
(もう…ダメだ…。ミゼル、マリア、クレマン、みんな…本当に…ごめん…)
私が諦めかけていたその時、占い師のおばあちゃんが部屋に飛び込んできた
「ちょっと待てい!アルス!」
おばあちゃんの声に、お兄ちゃんはびっくりして呪文の詠唱を止めた
「何ですか、おばば様」
「よく確認せんかい!お前、自分の妹の魂を砕く気か!」
「妹?はっ…!まさかアンジュか!?」
お兄ちゃんはそう言うと杖を下ろした
すると足元の魔法陣が消え、魔封じが解けた
「た、助かったぁ…」
私はその場に座り込んでしまった
そんな中、お兄ちゃんは杖を横に振った
すると私の姿がみんなにも見えるようになった
お兄ちゃんとマリアのお母さんは、私の姿を見て驚いていた
「まさか本当にアンジュだったなんて…」
「アンジュよ。そなたがまさかこの世界を彷徨っていたとはな…」
「いえ、実は…」
私は自分が今、死者の園で暮らしていること、マリアが目覚めないのは悪霊の魂の破片が原因であり、神様の命令を受けてマリアを救いに来ていることを説明した
「そういうことだったのか…。ほんと、お前って生前からお人好しというかなんというか…」
「むしろお兄ちゃんはもっと他の人に関心持つべきだと思うけどね。その証拠にアリアが町に帰ってきてるのに気付いてないしね」
「!?」
私の一言に、ここにいた全員が驚いた
アリアはこの町で暮らしていた時は町一番の魔法剣士だったが、私のお葬式が終わってすぐに町から姿を消した
もうその頃からデス・ナイトは猛威を振るっていたから、アリアがいないことに町の人が気付いてからは町中の人がものすごく不安に駆られてたっけ
「ところでアンジュ、1つ聞いていいか?」
「何?」
「ついこの間、デス・ナイトが黒いブレザーの制服を見に纏った女子高生剣士のクリスって子に倒されたんだけど、死者の世界でも奴は好き放題暴れてるの?」
「ううん。ついこの前、地獄行きを免れるために神様の拘束を破って死者の園に逃げ込んできて好き放題暴れた上に魂砕きまでやってたから、私が奴の魂を砕いたよ」
「凄いな…。生前は封印が精一杯だったって聞いてたんだがな…」
「そうなんだけど、私、なぜか死んでからかなり魔力強くなったんだよね…」
「意味が分からん」
お兄ちゃんはどう反応したら良いか分からないといった表情をしていた
私はそんなことお構いなしに瓶の方を確認した
破片の回収は完璧に終わっていた
「よし、私の任務おしまいっと。じゃあ、みんな元気でね」
私はそれだけ告げて神様のもとへ戻った
神様に瓶を渡すと神様は破片の量にかなり驚いていた
そんな神様を尻目に私は死者の園のセリンの町へ戻った
そして、マリアに元の肉体に戻れるようになったことを伝えた
するとマリアは大喜びで生者の世界へ帰って行った
マリアを見送った後、ミゼルが私に話しかけてきた
「アンジュ、クレマンのことはいいの?」
「それは分かってるけど、ドクター・アイリスがいないとどうにもならないし、彼女を連れて来るにはマリアが回復しないとどうにも…」
「あ、そっか…」
私は水晶でマリアの様子を見た
マリアの魂は無事に体に戻れたみたいだけど、少し動きが鈍い
一時的とはいえ、それなりの期間、マリアの魂はこちらの世界にいたため、少し重く感じているのかもしれない
ただ、そればかりはマリアがリハビリを頑張るしかないので私にはどうすることもできない
「私も生まれ変わる時にはこんな感じなんだろうなぁ…」
「いやー、私やアンジュとかはもっときついんじゃない?だってもう死んでから6年も経ってるんだから」
「え?もうそんなに経ってるの?てっきり2〜3年くらいかなって思ってたから…」
「いやいや、そんなわけないじゃん…。逆になんでそんな短いと思ってたの?」
「だって私、16歳で死んで、その時から全く見た目変わってないんだよ?」
「そりゃそうでしょ。私もアンジュも、肉体は防腐処理を施されて棺に入れられてセリンの町の南の共同墓地にそのまま埋葬されてるんだから…」
「火葬されてないんだ…」
ミゼルの話によると、私たちは賢者とシスターという聖職者だったということもあり、遺体も神聖なものとして扱われており、火葬されなかったのも、神聖なものを俗物と同じ扱いをするのは神を冒涜するに等しいと考えられてのことだという話だ
そして、私たちの遺体は町の南にある共同墓地の最も奥に『聖域』と呼ばれる場所が作られ、そこに埋葬されているらしい
しかもその聖域に埋葬されているのは、現状では私とミゼルだけらしい
「私たち聖職者は、通常は死ぬ前に聖職者としての役割を解く儀式を受けないといけないでしょ?でも私たちは聖職者のまま死んだからそういう扱いになってるみたいなの」
「なるほどね、言われてみれば確かに。あーあ。遺体が残ってるならいつでも飛び込めば生き返れるって話なら良かったのに…」
実際のところ、肉体が腐敗していなければ1年以内であれば生き返ることができる
しかし、私たちは死んでからすでに6年が経過しているため、どんなに綺麗な体を維持していたとしても生き返ることはできない
仮にできたとしても全ての筋肉が衰えきっているため、動くことも喋ることもできない
下手をすれば心臓さえも動かないため、そうなればそもそも生き返ること自体不可能だ
「アンジュ、相変わらず未練が強いのね」
「逆にミゼルは未練無いの?」
「無いと言ったら嘘になるわ。だって死に方もそうだけど死んだ年齢がね…」
私たち以外にも同じ死に方をした子はたくさんいるけれど、ほとんどの子は未練が消えて生まれ変わったり天国に行ったりしている
しかし、私は強い未練が残ってしまい、未だに死者の園にいる状態だ
もちろんここにいることがプラスになるという人は良いが、そうでない場合、10年ここにいると神様によって魂を砕かれてしまう
つまり、いることがプラスにならないと判断された場合、私たちはあと4年で魂を砕かれてしまう
もちろん早く未練を何とかしたい気持ちはあるけれど、私の未練はここで暮らしていれば消えるものでもないのでどうすることもできない
だからこそ、今はとにかく魂を砕かれないように頑張るしかない
そう思いながら、私はいつものようにミゼルと一緒に教会の礼拝堂に出た