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第3話 悪夢の始まり

マリアが生者の世界へと帰ってから1ヶ月が経過した。

しかし、マリアからは未だに何の連絡も無いままだ。

私はミゼルと一緒にお茶を飲みながら過ごしている。

生きていた頃ならこんなにお茶ばっかり飲んでたらすぐにおしっこがしたくなっていた。

しかし、死んだ今ではどんなに飲んだり食べたりしてもトイレに行きたくなることが無い。

死んですぐの頃はたくさん飲んだり食べたりしてもトイレに行きたくならないのには不安を覚えていたけど、今となっては当たり前のように受け入れてる。


「お茶のおかわり持って来るわね」


ミゼルがそう言って席を立とうとした時、教会の方から音が聞こえてきた。

私たちが教会の方を見ると、大怪我をしてボロボロになったマリアがフラフラと入ってきた。

私たちは大慌てでマリアに駆け寄り、部屋まで連れて来て怪我の処置をした。

処置中、マリアはそのまま意識を失ってしまった。

私たちは必死にマリアの処置を続けたが、この日マリアは目を覚ますことはなかった。

結局、マリアが目を覚したのは4日後のことだった。

私たちはマリアに事情を聞いた。

するとマリアは事の顛末を話してくれた。

どうやら最近、生者の世界では無差別に大量虐殺を繰り返す凶悪な魔物『デス・ナイト』の封印が解けてしまい、生者の世界で大暴れしていたらしい。

ここ最近、多くの人がこっちの世界に来てたのはそういうことだったのか。

そして2週間くらい前、セリンの町にも侵攻してきたらしい。

しかしそこに黒いブレザーを来た、見るからに女子高生としか思えない一人の戦士が現れ、なんとたった一人でデス・ナイトを倒してしまったそうだ。

生きていた頃、世界一の賢者と言われた私ですら封印するのが精一杯だったのに、そんな敵をそんなあっさり倒すなんて……。

しかし、問題はその後だった。

本来であれば大量虐殺の罪を犯したデス・ナイトの魂は神様によって地獄へと落とされるはずだったが、なんと奴は地獄へ落とそうとする神様のチカラを振り切り、この世界に来てしまったらしい。

さらに奴はこの世界に導かれてきた人たちの魂を砕き、その魂のカケラを糧にこの世界でチカラをつけているそうだ。

そしてマリアはこの世界に再び来たところを奴に襲われ、命からがらこの教会へと来たらしい。

正直、マリアにここまで大怪我させたデス・ナイトは許すことはできない。

しかし、私が生きていた頃よりもさらに強くなった奴を今の私が倒すことができるのだろうか。

下手をすれば私も魂砕きに遭う可能性もある。

とはいえ、放置もできない。

その時、外から人々が騒ぐ声が聞こえてきた。


「うわー!!!デス・ナイトだー!!!」

「きゃー!!!」


私たちは顔を見合わせた。

本当ならこの世界を守るためにも戦いたい。

しかし、今ここには大怪我をしたマリアがいる。

しかもマリアはまだ生きている人間だ。

もしマリアがやられれば魂が砕かれるだけでは済まない。

私たちは外に出た。

そこではデス・ナイトが次々とみんなの魂を砕いて自身の身体へ取り込んでいっていた。

奴を止めるには、奴の魂に『断罪の楔』を打ち込むか、魂を砕く以外に手立ては無い。

しかし、断罪の楔はこの前全て使い果たしてしまった。

つまり、今できるのは奴の魂を砕く以外に無い。

私たちは覚悟を決め、杖を構えた。


「ミゼル、私が攻撃魔法撃つまで拘束しておいて」


私がそう言うとミゼルは頷き、『戒めの鎖』で奴を拘束した。

私はそれを確認し、呪文を唱え始めた。

この『シャインボール』という魔法は、生成するサイズと凝縮する魔力の量に応じて詠唱文が長くなる。

そして、奴を倒すためにはおそらく最大サイズかつ最大の凝縮量が必要になる。

そうなると詠唱文がとびきり長くなるため、大抵の人は詠唱が終わる前に攻撃されてしまうため実戦では使いこなすことができない。

それに消費する魔力自体も凝縮させる魔力が多い分、上級魔法の中ではとびきり大きい部類に入る。

しかし、私にはそれを何度も使えるくらいの莫大な魔力がある。

そして今はミゼルが戒めの鎖で奴を拘束してくれている。

だからこそこれを使うという選択ができている。

ところが、呪文詠唱が半分くらい終わったところで鎖が悲鳴を上げているかのような音が聞こえてきた。

とはいえ、私が今、呪文詠唱を中断するわけにはいかない。


「アンジュ……もう……あんまり……」


ミゼルが私にそう言ってきた。

私もなるべく高速で詠唱はしているが、どうしても限界はある。

そして、呪文詠唱が終盤に差し掛かった時、鎖が砕ける音がした。

その直後、奴は私たちに大剣を振り下ろしてきた。

私は剣が私たちに届く前に、奴に攻撃魔法を放った。


「グワアァァァァー!!!」


奴は魔法を放ち終わった後もずっと苦しんでいた。

この魔法には闇を浄化する効果は無い。

だからここまで苦しむのはあり得ない。

すると急に奴の体が光り始めた。


「まさか……!」


私は天界アイテム『ソウルスコープ』で奴を見てみた。

すると奴の魂の周りには砕かれた魂の破片が集まり、奴の魂を砕かんというばかりに攻撃をしていた。

どうやらさっき私が使った魔法が、砕かれた魂の破片たちを活性化させていたようだ。

ただ、魂の破片のチカラ程度では魂を砕くには至らない。

私は杖から弓へと持ち替えた。


「今なら……行ける!!」


私は弓を引き絞り、矢に魔力を込め始めた。


「滅びなさい!デス・ナイト!」


私は奴の魂目がけて『ブレイクアロー』を放った。

矢はまっすぐと奴の魂目がけて飛んでいき、見事に貫いた。

すると奴の魂に一気にヒビが入り、砕け散った。

そしてデス・ナイトは断末魔の叫びをあげ、砕け散った。


「や、やった……」


私は腰が抜け、その場に座り込んでしまった。

人々は歓喜の声を上げた。

しかし、奴に魂を砕かれた人たちはもう二度と戻って来ない。

私には彼らの魂の破片が無事、神の下へ辿り着き、生まれ変わった時、幸せになることを祈ることしかできなかった。

その後、私はそのままミゼルに教会の中へと運ばれ、椅子に座らされた。

それにしても、まさかあのデス・ナイトを倒せるとは思いもしなかった。


「お疲れ様、アンジュ」


ミゼルはそう言ってコップ1杯のスピリットティーを出してくれた。

この紅茶は魔力を回復する効果があるけど、淹れ方次第で魔力の回復量が変わることで有名なため、魔力をしっかり回復する用途で淹れる人はほとんどいない。

しかし、ミゼルはこの紅茶を淹れるのがものすごく上手く、私ほど莫大な魔力を持っている人の魔力さえも半分以上回復させてしまうほどだ。


「ありがと」


私はスピリットティーを一口飲んだ。


「相変わらず、ミゼルはこの紅茶淹れるの上手よね」

「アンジュの助けになればと思って頑張って練習したからね」

「ほんと私に献身的ね。それもいいけど自分のことも大切にしなきゃ。今からでも彼氏作ったら?」

「もう……。すでに死んでる身なんだから今更作っても子供だって作れないんだから意味ないよ。それに私はシスターだし」

「ふふっ。確かにね」


それから私とミゼルは夜遅くまで談笑した。

死んで以来こんなに楽しく話したのは初めてかもしれない。

翌朝、私はマリアを地上へ連れて行くために朝イチで神様に生者の世界へ降りる許可を申請した。

申請自体はかなりあっさりと通り、私は朝食後にマリアをおぶって生者の世界へと降りた。

するとセリンの町のみんなが驚いた様子でこちらを見ていた。

マリアが大怪我していることはもちろんだったけど、何よりそんなマリアが宙に浮いているのに凄く驚いていた。

まあ、みんなには私の姿は見えないから当たり前か。

その時、占い師のおばあちゃんが私たちのところまで歩み寄ってきた。


「ぬぅ!?お、お主、アンジュではないか」


占い師のおばあちゃんの一言に、みんなが一気にざわついた。

そういえばセリンの町の占い師は、死者の霊魂に関するいくつかの修行を、賢者一族である私の家系の家元の下で受けて合格しなければ占い稼業をしてはならないんだっけ。

私は占い師のおばあちゃんに一礼をしてマリアを託し、死者の世界へと帰ってきた。

本当は自分の家も見ておきたかったけど、今回神様にその申請はしていない。

だから今回できるのはここまでだ。

私は再び教会に戻ってきた。

そして、生者の世界の様子を水晶玉で確認した。

やはり占い師のおばあちゃんが私を見たというので反響がかなり大きく、まだ騒ぎになっているようだった。

続いて私は自分の家を見た。

私の家は、次の家元をどうするかで未だに騒ぎになっていた。

いかんせん、家元の修行を済ませていたのは私一人だったが、その私はこの通り死んでいる。

さらに妹のアリアは6年前から行方不明、そしてアリスはまだ9歳で賢者どころか魔法使いの修行すら受けることができない。

正直、現状家元になれるのは賢者の最高称号『エンペラー』を持つ兄のアルスだけなのだが、うちの家元になれるのは女系女子のみと決まっているため、なることができない。

さらに一番問題となっているのは、家元になれるのは女系女子の中でも『生きている中で一番年上の者』という決まりがあることだ。

私が死んでしまっている今、それに当てはまるのはアリアだ。

つまりアリアが生きている以上、アリスは家元になる要件を満たすことができない。

せめてアリアが『絶縁の儀』をしていれば良かったのだけれど……。

私は占いの館へ行き、リィン様にアリアについて聞いてみた。

するとリィン様は水晶を見て、アリアは生きているが居場所が分からないと仰った。

私がこのことで頭を抱えているのは、実はクレマンの石化病を治すためには、私の家系の人間のチカラが必要だからだ。

石化病の治療の要となる素材の一つは、私の家系の賢者のチカラが無いと見つけることができない。

他にも私にしかできないとマリアに言われたことはあるけど、最終的にはこの問題を解決しないことにはどうすることもできない。

だから私は魂砕きに遭うリスクのある話よりも先にこの話を片付けようと考えたのだ。

私は神様にそのことを相談した。

ただ、やはりそれを理由として生者の世界へ行くことは『生者の世界への干渉』という禁忌にあたるようで許可してもらえなかった。

実はさっきマリアを地上へ連れて行く際に占い師のおばあちゃんと話さなかった理由もこれだ。

下手なことを言えば禁忌に触れ、神様によって魂を砕かれてしまうので、私は喋ることができなかったのだ。

そういえばデス・ナイトを倒したという黒いブレザーの女子高生とやらはまだ町にいるだろうか。

私は水晶で町中を見渡してみた。

すると町長の家でもてなされている、その子らしき人物を見つけた。

私はその子の顔を見てみた。

その子の顔は、どこかお母さんを思わせる面影がうっすらとあった。

私はその子の魂を見てみた。

それは紛れもなくアリアの魂だった。

まさかあの子がデス・ナイトを倒した戦士で、しかもセリンの町に帰ってきてるとは思いもしなかった。

ただ、アリアは『クリス』という偽名を名乗っていた。

だからこそ誰も彼女がアリアだと気付いていなかった。

正直、みんなに教えてあげたい。

しかし、それは禁忌に触れてしまうためできない。

無論、マリアを通して教えることもできない。

そんなことをすれば私が魂を砕かれるだけでなく、マリアも絶命し、それと同時に魂を砕かれてしまう。

つまりみんながアリアに気付くのに賭けるしかない。

しかし、私が死んだ頃にはすでにアリアの顔を覚えている町民は誰一人としていなかった。

すると横からミゼルが話しかけてきた。

そしてしれっととんでもない提案をしてきた。

それは『知らないフリをしてマリアにあの子がアリアか魂を確認してもらう』というものだった。

確かにそれならギリギリ禁忌には触れない。

ただ、そのためにはマリアが完治するまでアリアが町にいる必要がある。

これでもしアリアが宴会後すぐに町を出発するという話になったら目も当てられない。

結局、今の私にはマリアが完治するのを待つしかできなかった。

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