美少女ガンスリンガーは牛乳がお好き
夜、辺境の酒場に客がひとり入ってきた。
室内の一画から口笛と小さな笑い声が挙がる。
ステットソンを被り、ガンベルトにリボルバーの収まったホルスター。出で立ちはカウボーイのようだがスイングドアから頭が出ないほど小柄で、細く柔らかな体の線は少女のそれだった。
少女はバーカウンターに硬貨を滑らせた。
「牛乳ちょうだい」
耐え兼ねたように笑い声が響き渡るが、少女は素知らぬ顔で帽子を傍らに置いた。
「よお、お嬢ちゃん。牛乳好きかい」
酒臭い息を吐きながら、荒くれた男がカウンターの隣にもたれかかる。
「うん。たくさん飲めば背が伸びるしね」
「そうかそうか、なら俺が手伝ってやろう」
出てきたマグを乱暴に掴むと、男は少女の頭に牛乳をぶちまけた。笑い声が更に大きくなる。
「おい、やめないか」
バーテンダーの制止の声も耳に入らない様子だ。少女は口の周りをぺろりと舐めて男を睨み上げた。
「勿体ないなあ。牛乳代払ってよね、お兄さん」
「これでいいか?」
男は腰の拳銃を引き抜き、少女の眉間に銃口を当てた。撃鉄を起こす。少女は表情を変えない。
「お兄さん。ここでソレを抜く意味、分かってんだよね」
「ガキは東部に帰ってママのミルクでも吸ってろ、酒が乳臭くなるんだよ」
その時、酒場の窓をぶち破って、黒い塊が飛び込んできた。
「ぶ、ブギーマンだッ!」
酒場に悲鳴が満ちる。人のようだが不定形の異形。開拓者の亡霊とも先住民の呪詛とも呼ばれる西部に跋扈する怪物だ。男は思わず銃口を少女からその異形に向けた。
次の瞬間、怪物の爪が男の肘から先を切り飛ばしていた。
少女はすでに拳銃を抜いている。飛び掛かる異形目掛けて一瞬で全弾を撃ち込んだ。壁に激突し、そのまま蟲の大群のように霧散していく怪物を見ながら、少女は指先で回転させた拳銃をホルスターに落とし込む。
「奴は文明を食らう魔だ。不用意に武器を見せれば襲って来る。誰かお医者呼んで!」
「すまん。この街でお前もブギーマンも知らんとは、こいつこそ東部に帰らせるべきだな」
錯乱する男の傷口をスカーフで縛る少女。バーテンダーがそれを手伝っている。
「気にしてないよ、西部に流れ者は絶えない。それよりお風呂貰える? 牛乳と血でべとべとだ」
「新しい牛乳もつけよう」
「やった。風呂上がりの冷えた牛乳はまた格別なんだ」
少女は白い歯を見せて笑った。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
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・テーマ:牛乳