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私はマスターを殺しました

作者: 芳川見浪

 僕の先生は、ある日ちょっと変わったロボットの話をしてくれた。


「昔、高齢の男性が心臓発作で倒れた。その時側にいた家政婦ロボットが救命措置を行ったおかげで男性は一命をとりとめたんだ」

「それだけ? よくある話じゃないか、ロボット三原則第一条の、ロボットは人間に危害を加えてはならない、また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 を忠実に守っただけだよ。何もおかしなところはない」

 

 ロボットには必ずロボット三原則が組み込まれており、違法改造されない限りそれが破られる事はない。ロボットが人間の代わりに仕事を行い始めたこの社会において、人間がロボットに対してイニシアチブをとるために必須の事だ。元々は大昔にアイザック・アシモフが自作「われはロボット」にて提唱した三原則だが、それは今のロボット社会の根幹になっている。

 先生が話したロボットはそのロボット三原則を正しく守った普通のロボットに聞こえる。

 

「そうだ、確かにここまではよくある話だ。しかし面白いのはここからだぞ」

「というと?」

「病院で緊急手術が行われる直前、担当医は倒れた時の状況を知るためにそのロボットに質問をしたんだ」

「ふむ、その時の状況を答えるのは当然として、それ以外に何かおかしな事を言ったわけだね」

「鋭いな、その通り。ロボットはこう答えたんだ」

 

 そう言ってから先生は少し溜めを作って間を開けた。一泊置いて続きを言う。

 

「私は所有者(マスター)を殺しました」

 

 それは確かに妙な話である。ロボット三原則を遵守してる筈のロボットが人を殺す訳がない、もしそんなのがあるなら答えは一つ。

 

「つまりそのロボットは違法改造なわけだ」

「そんな単純な話ではない、そのロボットはちゃんとした正規品だし、違法改造された形跡もない。ロボット三原則もきちんと遵守した模範のようなロボットだ」

「それならあれだ、その所有者の男性と何かしらの弾みでぶつかってしまったとかで倒したんだ、そのショックで心臓発作を起こしてしまって死んでしまった」

「忘れたのかい? 男性は一命をとりとめたんだよ、それにぶつかった記録もない」

 

 違法改造されたわけではない、事故で死なせてしまったわけでもない。これは確かにおかしな話だ。

 誰も殺してないのに、そのロボットは殺したと言ってるわけだ。

 これが人間であれば、ミステリーのトリックを疑ったり心理的なものを探るが、正規品のロボットだとそのような小細工はありえない。

 

「難しいな、これって実在の出来事?」

「そうだ……だが、検索はするなよ。それは野暮ってやつだ」

 

 僕はいそいそと検索サイトを閉じた。

 

「じゃあ先生、その人が倒れた時の状況を教えて貰っても?」

「うん、その男性はね、ロボットとゲームをしていたんだ。ロボットは家政婦でもあったんだけど、一人暮らしの男性の精神的ケアも行っていたんだ。

 男性が倒れたのはそのゲームをプレイし終わった直後だった」

「なるほど、つまりゲームにおいてショッキングな出来事を経験したゆえに心臓発作をおこしたわけだね」

「正解ではないね」

「マジか」

 

 ゲームといえばフルダイブのVRゲームが主流となって数十年経った。そのクオリティは現実と区別のつかない程レベルの高い物が増え、度々リアリティのある映像でショックを受けて気絶するプレイヤーは後を絶たない。

 それはご老体によく見られ、これもそのパターンかと思いきやそうでもないらしい。

 

 だがゲームが無関係という事はないようだ。なぜなら先生は「正解ではない」と答えた。先生は間違えた時はハッキリ違うと答える、このように遠回しな否定はしない。

 ゲームでショックを受けたのは正解ではないが、間違いでもない。

 

「ゲームが鍵なのは確かなんだね」

「いいぞ、その通りだ。因みにプレイしていたのはVRゲームではなくコントローラーを使うアナログなゲームだ」

 

 VRゲームが主流ではあるが、コントローラータイプのアナログゲームも未だ廃れない、根強い人気は不動であるし毎年新作もでる。

 

「もしかして、その男性はゲーマーだった?」

「正解だ、付け加えるならかつてeスポーツの選手だった」

「わかった! ロボットがゲームで男性に勝ってしまったんだ! それでかつてプロゲーマーだったプライドがズタズタにされてショックを受けたんだ」

「違う、いいところはついていたんだがな」

「いいところか、もしかしてゲームで勝ったのは事実でそれがきっかけだった?」

「エクセレント! いいぞもう少しだ」

 

 ロボットは元プロゲーマーの男性にゲームで勝った。それが引鉄となって心臓発作が起きたのは確からしい。

 しかしまだ足りない、そうなるに至るプロセスが足りないのだ。


「プライドが関係ないのなら、なんだろう」

「訂正しよう、プライドが全く関係ないわけではない」

「ふむ、ならプロゲーマーそのものの矜恃とかそういうのかな、男性個人ではなくて、もっと複数の、こうふわっとした感じの括りで」

「いいぞその調子だ」

「なら、男性はロボットに負けた時、プロゲーマーの矜恃が崩れてしまった。例えばプロゲーマーの時代がロボットに移ろうとしていたとかそういうのを感じたんじゃないかな。

 人間の仕事の大半をロボットが代替わりし始めて、いよいよeスポーツも代替わりしそうになった事を実感した。それがショックで心臓発作をおこしたんだ」

「いいぞ! 九割正解だ!」

 

 微妙すぎる!


 ロボットが代替わりするのを感じた訳では無いとかだろうか。いやそれではこのロジックの九割正解に反する。

 プロゲーマーの矜恃ではないとか、それも違う、先生は先にそれを肯定した。

 矜恃は崩れて、ロボットが代替わりしてショックを受けるが正解の筈。

 そこでふと、僕は頭の中がクリアになる気がした。有り体にいえば名案がうかんだのである。

 

「もしかして、ショックを受けたわけでは無い? そうだ、ショックなんかじゃないんだ、むしろ男性はロボットが代替わりする事を望んでいた。

 男性の中の矜恃が崩れたとも言ったけど、実際は崩れたわけじゃなくて、新しく作り直したんだ」

 

 チラッと先生の様子を見やる。先生は無表情にこちらをジッと見ている。

 

「男性が感じたのはショックじゃない、安堵……じゃないかな。憂いていた未練がなくなって気が緩んだ……とか」

 

 先生は変わらず無表情、しばらく僕は先生とにらめっこするように見つめあい、そして先生は突然拍手をした。

 

「エクセレント! 正解だ。男性は気を緩めた瞬間に折り悪く発作を起こしてしまったんだ。

 よし最後の謎が残っているぞ」

「ロボットの殺人発言だね」

「そうだ、わかるかい?」

 

 簡単だ、男性がショックを受けたわけでなく、また死んだのでないなら。

 ロボットが殺した所有者(マスター)というのは物理的なものでなく、心理的なものになる。

 例えば尊厳死というものがある。生きた物でなく、人間として扱われながら死にたいというもの。

 

「男性は矜恃を作り替えた、いやもっと簡単に言えば価値観が変わったんだ。多くの宗教では価値観を変えることを、古い自分を殺すと表現している事がある。

 男性はゲームに負けた瞬間、比喩表現でロボットに古い自分が死んだと言ったんじゃないかな。

 そしてロボットは言葉の裏にある比喩表現を理解できず、そのまま自分が殺したと答えた。なぜならロボットは精神的ケアも担当していたからだ、通常のロボットなら肉体しかみないものを、そのロボットは精神面まで鑑みてしまい、更にケアできなかったと間違った判断をしてしまったんだ。

 だからロボットはこう答えるんだ。

 私は所有者(マスター)の精神を殺しましたって」

 

 果たして正否の程は。

 

「グレイト、正解だ。心臓発作自体は偶発的なものでほんとに事故だったんだ、そのロボットが意図して、狙って起こしたものでは無い。

 そしてその前に男性が比喩表現で自分が死んだと発言してしまい、それがロボットを混乱させてしまったわけだ」

「ぶっちゃけただの勘違いなわけだね」

「いかに優れたロボットでも人間の感情を読み取り、言葉の裏を感じる事はできないわけだね」

 

 それは人間でも同じ事だ。

 

「ところで、そのロボットと男性はその後どうなったの?」

「男性は二年後に心臓を本格的に悪くして逝去したよ」

「ロボットは?」

「一時男性のコネで本格的にプロゲーマーになったが、程なく引退して……今君の先生をしている」

 

 因みに先生は僕のeスポーツのコーチだ。

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