第7話 橙将の進軍
・橙将の進軍
黒で溢れかえる中、青の服の女性を含めた数名が善戦していた。その時、突如として大きな姿が現れた。それは今までの、何ともわからない形状の奴らとは違い、黒い甲冑を着た、騎士のような姿をしていた。身の丈5mはあろうかというほどの黒騎士と共に、黒も多数出現した。しかし、すぐには襲いかかってこない。先ほどまで戦っていた敵も同時に静まっていた。まるで、黒騎士の指示を待っているかのようにも感じられた。
その様子を確認した騎乗した女性が即座に仕掛ける。猫人族の女性もそれに続き、騎乗の女性は槍でもって足を狙い、猫人族の女性は跳躍し刺突剣で頭部を狙う。振るわれた一撃は、双方とも、何もせず立ったままの黒騎士に直撃したように見えたが、刃は黒騎士に触れる寸でのところで〝何か〟にはじかれた。走り抜ける騎馬の後ろに乗っていた魔術士と思われる女性が、魔術を行使して黒騎士に雷を撃ち降ろすが、その一撃も、敵に到達することなく大きな音を立てて霧散した。
『無駄だ。我が〝無敵〟と呼ばれる所以、教えてやろう。我が身は特殊な力の一切を受けつけぬ。魔術しかり、魔剣・聖剣の類しかり。〝王の証〟は唯一、我が力を関与させぬが、力を解放せぬのであれば敵にあらず。』
「ということは――――」
「主殿の王槍が、その王の証というものであれば、我らに奴と戦う術はありません。」
黒騎士の発した言葉に対し、騎馬との会話で結論に達した騎乗の女性は悔しそうに唇をかみしめる。その後ろで魔術士の女性も、自分の魔術が使えない事の悔しさを表情に表していた。
「・・・それじゃ、私のこの子達も使えないのね――――」
その会話を聞いていた二刀を持つ女性も、閉じられた両目ながら、己の刀に顔を向けつつその表情を曇らせた。
一行が揃って士気を低下させている時、一人、大剣を両手で持ち、黒騎士の前に歩み出る者がいた。
「つまり、私は、あなたの無敵の条件に値しないってことよね?」
青の服を纏う女性が不敵に笑いながらそう答える。
「私の武器は〝王の証〟なんて大層な代物じゃない。ちょっと頑丈につくられているだけの〝ただの武器〟。あなたとは実に相性がいいわよ?」
『ふん、王の証を使わなければいいというだけか。そんな程度でのぞみができたとでも?否。汝の死期が早まるだけだ。』
そう言うと、騎士は腰の巨大な剣を抜きとる。青の女性がその様子をじっと見ている時、緑の髪の女性がその横に並ぶ。
「ボクも加勢するよ。」
「ありがとう。でも、こいつは私一人で相手をするわ。ボワはマレーンの援護にまわってくれる?」
「それはいいけど・・・大丈夫?」
「まかせて。今日はいたって冷静のつもりよ。」
そう言って頬笑みかける。それを見たボワと呼ばれた女性も、安心したかのように微笑み返すと、〝がんばって〟と一声かけ走っていった。
それを見送ると、再び黒騎士に顔を向ける。黒騎士がこちらに剣の切先を向ける。それを合図ととったか、青の女性は一層大きく口元を歪ませると、一気に間合いを詰め剣戟を仕掛けた。
・
「はっ!?」
そこで飛び起きる様にマリアは目を覚ました。呼吸は荒く、額にも汗をかいていた。
「マリアー?どしたの?」
傍らで寝ていたオラージュが、寝ぼけ声ながらも声をかけてきた。それに対しマリアは軽く微笑みつつ首を横に振り返答した。
「ううん。なんでもない。ただ夢見が悪かっただけだから。」
「ふぅん・・・そか。それなら、よかった。」
オラージュはその返答で理解したのか、あくびをしながらさらに返事をすると、寝返りをうってまた寝入ってしまった。その様子にマリアは苦笑いをみせると、またすぐに真剣な表情になりさっきまでの夢のことを思い出していた。
「また彼女の・・・・でも、一人じゃなかった。あの人たちは、彼女の仲間?たぶんそうなのだろうけど・・・気になることが多すぎる。」
そう言葉にしつつ、マリアは上を見上げ両目を閉じ、さらに詳細に夢のことを思い出そうとしていた。
(「猫人族の人・・・・・あの人が持っていた武器はチャートのものに似ていた。それに、あの両目を閉じていた人の刀も。アレはスサノオの刀に・・・・・それと騎乗していた人が持っていた槍。アレも、どこかで見たことがあるような気がする。それだけじゃない―――――間違いなく、戦っていた相手は黒。そして・・・・・言葉を話せる黒・・・黒騎士。」)
マリアは目を開くと顔を正面へと戻す。
「こほっ・・・・これは、本当に私の夢?それより、何か別の――――こほっこほっ・・・・・。」
咳き込みながら言葉にすると、再び無言になり思考に閉じこもるマリア。そして、そのまま夜は更けていった。
・
・
・
廃村を後にして数日、オラージュを加えた一行が向かった先は聖王皇堂南部支部がある街だった。街の中は活気に満ちており、賑わいは心地がいい程だった。そんな中にありながら、武装した聖王皇堂兵士をあちこちで見受けられたのが、不思議に思えていた。しかし、その答えはすぐにわかることとなった。
南部支部に到着すると、そこには聖王皇堂兵士が所狭し、と集まっていた。
「これは――――どういう・・・・」
「おぉーーーい!久方ぶりの顔がいるなぁ?!」
マリアの口から言葉が漏れるとほぼ同時、すさまじい音量の声が聞こえてきた。その方角を向くと、そこには声の音量に相応しい体格と風貌をもった大男がいた。
全身を甲冑で包み、橙色のマントをたなびかせ、同色で白髪交じりの頭髪はその風貌を一層際立たせていた。
「お久しぶりです。オランジュさん。」
「おうよ。主と会うのはいつぶりかのう、マリア?主は西の戦場以来か?紅いの。」
「どうもー。オランジュは相変わらずでっかいねー。」
聖隊の3人が再会のあいさつを交わす。スサノオたちには、ただの会話の風景にしか見えなかったが、エンペアだけは違う情景で捉えているようだった。
「すごい・・・聖隊が、ぼくの目の前に3人も・・・・」
「3人もって、いままでもマリアと旅してきたし、この前からオラージュも加わって2人。さらに1人増えただけじゃねぇか。」
「確かにそうですが・・・よく考えたら今までも普通ではなかったんですよ。聖隊は、聖王皇堂に属している者にとっては憧れ以上の何物でもありません。直にお会いして会話するなど、本来はありえないこと。そんな存在が目の前に3人も―――――感無量です。」
スサノオの言葉に返答すると、エンペアは天を仰ぐように感慨に浸っていた。その様子に苦笑いを示しながらも、チャートは周囲の状況に興味を示していた。
「それにしても・・・この兵の数は何なんでしょうね?ニャ。まぁ、簡単に考えれば戦の準備だとは思いますが・・・・・」
「空気が緊張していない―――――ってところか?」
チャートの言葉が詰まったところで、バハムートが的を射た解を口にする。そして、チャートはその言葉に頷きで答える。
「戦の準備であれば、もう少し空気が張り詰めていてもいいようなものですが・・・まぁ、それがまったくないと言えば嘘になりますが、圧倒的に緊張感がないようには感じますね。ニャ。」
「それは、私たちが橙将のオランジュの配下だからです!」
チャートの言葉に答えたのは、凛々しい女性の声だった。声のした方へ振り返るとそこには、一本の槍を携え堂々とした立ち振る舞いの女性がいた。軽装の甲冑を身に纏い、橙色の腰布は風に揺れ、肩ほどまである同色の髪は誰かを彷彿させた。
「橙将のオランジュの配下である旨は、まぁ、理解しているが?」
「ならば結構です。私たちは、橙将の指揮のもとあらゆる戦場を駆け勝利を収めてきた。その自信と自負、そして何より橙将の実力に対して絶対の信頼を持つ。故に、これからどんな戦に臨むことになろうと、必要以上に緊張することなどただの労力にすぎません。橙将の下にいる限り、勝利以外のものはなし。それが皆わかっているからこその、この空気間です!」
「・・・・はぁ。」
自信満々で語る女性に、半ば気圧される様に気の抜けた返事となったチャートとバハムート。その語りは一行全員の耳に届いており、いつのまにか皆が女性に注目していた。
「フィユ。さすがに今の口上には恥ずかしいものがあるぞ。」
「私は事実を言ったまでです!」
オランジュに言われるも、女性は自信に満ちた態度のまま返答した。
「オランジュさん、彼女は?」
「ん?あぁ、オレの娘だ。」
「はい!聖王皇堂南部支部所属、橙将直轄近衛隊、フィユといいます!」
マリアの問いかけにオランジュが答えると、フィユが続けて自己紹介をした。
「娘さんが・・・いたんですね。」
「わたしは前の戦の時に一回会ったなぁ。ほら、西の戦の時に。」
マリアが驚いた表情でいると、続けてオラージュが言葉を発した。
「ほんとにあのおっさんの娘か?全然似てないぞ?」
「いや。あの髪色を見るあたり、親子であることを如実に物語っているように思えるが。」
スサノオとバハムートが会話を交わす中、その横を通り過ぎフィユはオランジュ達の傍までやってきた。
「それより父様。そうやってすぐにフラフラとどこかに行かれては困ります。もう間もなく出陣予定時刻なのですから。」
「まぁそう固いことを言うな。そんなことより、ほら、すごい奴が来ているぞ?」
オランジュはそう言って首で方向を示す。フィユはその通りに顔を向ける。
「すごい人って・・・あっ、オラージュさん!ご無沙汰して、お、り――――」
オラージュが目に入ったフィユは、挨拶を口にする。しかし言葉途中で、もう一人が目に映り言葉を失った。その視線の先にいたのはマリアその人だった。マリアは視線が合ったのを感じると軽く会釈した。
「あ・・・じゅ・・・純白の・・マ・・・・マリア・・・さま?」
フィユは石化したかのように体が固まり、言葉もうまく出てこなかった。そんなフィユの間近にまで近寄り、顔の前で手を振ってオラージュが声をかけた。
「おーい。フィユー?どしたー?」
「はっはっは!マリア。お前さんはフィユの憧れなんだとよ!毎日毎日、お前さんの話をしているわ!」
豪儀な高笑いと共に事の真相を語るオランジュ。そのことを聞いたマリアは、自らフィユの前まで行き、挨拶を口にする。
「初めまして、フィユ。聖隊が一人、純白のマリアです。私に憧れを持ってくれているのはとてもうれしく思います。これからも、よろしくお願いしますね。」
そう言って右手を差し出すマリア。フィユはしばらくその右手を呆けて眺めた後、不意に覚醒したかのように目を見開き、若干後ずさると同時に片膝をついて頭をさげた。
「滅相もございません!お手をお戻しください!あなた様のようなお方に触れるなど、そんなおこがましいこと私には到底・・・お声をかけていただいたことだけで十分でございます!本当にありがとうございます!」
尊敬の意を込めながら全力の否定をみせるフィユ。マリアやオラージュはその様子に呆気をとられていたが、数秒と待たず笑い声をみせた。
「あはははは!フィユ、おもしろいね!」
「そう笑ってやるな、紅いの。我が娘ながら堅物だとは思うがな。」
堪えられずに言葉にするオラージュに声をかけるオランジュ。その様子を脇目に、マリアは進み出てフィユと同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。
「フィユ、ありがとう。でもそこまで私を特別視しないでほしい。聖隊と言えど、人であることに変わりありません。同じ地に立ち、同じ場所で、共に戦う同士です。できるならばただの顔見知りではなく、友人としていてほしい。ですから、この手を取ってはいただけませんか?」
そう言うと再び右手を差し出すマリア。フィユは頭を上げると、泣きそうな表情をしながらマリアを見た。
「そんな・・・・そんなことが許されるのでしょうか?」
「許されるも何も、誰も咎めてなどいませんよ。それに、私が共に旅をしてきた仲間たちは、私のことを普通にマリアと呼んでくださっています――――フィユ。私はあなたにも普通に名前で呼んでもらいたいです。」
マリアはフィユの手を取るとそのまま立ち上がり、つられて立ち上がったフィユににっこりと笑顔を見せた。
「よろしくお願いしますね、フィユ。」
「―――――はい。ありがとうございます、マリア様。よろしくお願いいたします。」
フィユは、まだ緊張が完全には取り除かれてはいないながらも、頬を染め笑顔で言葉を返した。
その様子を満足気に眺めていたオラージュは、雰囲気を堪能すると本題をオランジュへと質問した。
「ところでさぁ、今回はどこに戦に行くの?また西側?」
「いや、今回はちと様相が違う。戦になる可能性は秘めているが、先だっての方針は調査だ。」
「調査ですか?」
オランジュの言葉にエンペアが疑問を返す。そして、そのままオランジュは言葉を続けた。
「あぁ。目的地は東部支部だ。南部支部は奴さんらと定期的に連絡を取り合っていたんだが、最近それが途絶えていてな。例の黒の調査をしていた遊撃隊の奴らがここを経由して東部へと向かったんだが・・・そいつらにも定期で連絡するよう伝えたが一向に音沙汰がない―――――その黒の仕業かどうかはわからんが、何らかの異変が起きていることは明らかだろう。なれば軍を起こしてでも調査に向かわねばなるまいと思ってな。今日出立の予定だったわけだ。」
そう言ってオランジュは東部支部のある方角を見つめさらに呟く。
「何が起こっているんだろうなぁ。」
「オランジュさん、私たちも同行してよろしいですか?」
フィユとの話を一段落させたマリアが、オランジュへと言葉を投げた。
「こちらは願ってもない限りだが・・・まさか、お主らの目的は――――」
「えぇ。私は独自に黒の調査をしており、その時にこの者たちと出会い旅をしてきました。そしてこの子は、皇堂直轄の黒事調伝隊の一人。もし黒が絡んでいるのであれば、彼は必要不可欠な存在になります。」
マリアの紹介で出てきたエンペアは、小さい背をさらに小さくしながらも、一礼をして挨拶をした。
「そうか、ならばなおさらというわけだな・・・・よし、頼もう。フィユ、マリア達の支度を手伝ってやれ。あと、行程の説明もな。」
「わかりました、父様!」
「じゃ、オレたちはここまでだな。」
フィユがマリア達の案内をしようとしたところ、不意にスサノオが言葉を発した。マリア達がその方向を向くと、スサノオの傍らにはチャートの姿もあった。
「すみません、私たちが同行するのはここまでにさせていただきます。ニャ。」
「スサノオさん、チャートさん?」
「元々オレらはエンペアの護衛を兼ねて、南に向かうっていう共通の目的地があったから一緒に旅をしてきたわけだ。」
「ここが目的地と言うわけではございませんが、あなた方の進路が東へと変わるのであれば、我々との共通の目的がなくなりますからね。ニャ。それに、ここら辺で進路を西に取ろうかとも思っていたところでしたので。ニャ。」
「なにより、同胞が大勢いる中ならもう心配はいらねぇだろ?」
エンペアが消え入りそうな声で二人の名前を呼ぶと、スサノオとチャートは離別する旨の説明をしてきた。それはもっとも当然なことで、異を唱える理屈も、唱えようとする者もこの中にはいなかった。ただ、短いながらも時間を共にした者たちは、どこか寂しさをおぼえていた。
エンペアは二人の前まで歩いていくと、頭を下げた。
「スサノオさん!チャートさん!ここまで本当にありがとうございました!二人がいなければ、ぼくはここまで辿り着くことはできなかったと思います。お二人に会えて、本当に良かったです。安い言葉しかかけることができず心苦しいばかりですが・・・お元気で!また会えることを楽しみにしています!」
「おうよ!オレも楽しかった。元気でな、エンペア。」
「私も楽しかったですよ、エンペア君。ニャ。また、いつかどこかでお会いしましょう。ニャ。」
言葉を交わすと、3人は握手しあった。
その後マリア達とも軽く会話を交わした二人は、別れの言葉と共に人混みの中へと消えていった。エンペアの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「それで?バハムートはどうするの?」
その傍らで、オラージュが覗き込むようにバハムートへと顔を向け問いかけていた。聖王皇堂に関わりなくこの場にいるのは彼一人となっていた。
「オレは一緒させてもらう。目的が奴らだ。どちらかというと君たちの目的に近いからな。」
「では、これからも引き続きよろしくお願いしますね。バハムート。」
バハムートの言葉にマリアが返事をした。そしてお互いが再びあいさつを交わすと、フィユの案内で、旅支度へと向かった。
・
・
・
数日をかけ東部支部まで到達した橙将の一団は、その光景に衝撃を受けた。
「なんだ・・・これは?」
「予想はちょっとしてたけどね?でも、当たってほしくない予想だったなぁー。」
オランジュに続きオラージュが言葉を発する。彼らの目には、壊滅状態の東部支部が映っていた。惨状を目に焼き付けながらも、一行は進軍を続けた。敵と思しき気配は感じ取れず、しかし、最大の警戒は続けながら歩を進める。
東部支部が存する場所は丘のようになっており、さらに東には中規模の都市が栄えていた。東部支部を通り過ぎれば丘下に見えてくるはずだったのだが、一行はその場所に今までなかったものを確認した。都市も壊滅状態にあるように見受けられたが、それ以上に、黒い塔のようなものがそびえ建っており、それが、どうにも異様な雰囲気を醸し出していた。
「父様。あれは・・・・」
「んむ。何かは分からんが・・・元凶のようなものであろうことは予想がつくな。」
「黒・・・・というだけで、奴らとの関連を連想してしまいますね。」
フィユの声にオランジュが答えると、続けてエンペアが言葉を発した。そして、オラージュの目はある光景を捉えていた。
「エンペア大正解。黒の大群がこっちに向かってきてるよ!」
そう言って拳をもう一方の手で覆うようにさすりながら指を鳴らし、戦闘態勢に入る。その隣ではマリアもすでに抜刀していた。その様子に、オランジュも自前の槍を構えると高らかに吼えた。
「出陣だぁーーー!調査しようにも奴らを片付けてからでなくては話にならん!皆、蛮勇をもって蹴散らせぇーーーい!!」