第5話 淵緑の末裔
一行がコメンスの研究室を目指し大陸を南下して数日、もうまもなく目的地の廃村に至る、その手前の村に到着していた。元から小さい村のようだが、例にもれず、さらに人口は減っているように見受けられた。
「この村を越えれば、まもなくです。」
「わかりました。ニャ。ですが、ここで一泊していきましょう。まもなくと言っても、数時間は歩かなければならないのでしょうし。ニャ。」
「さ、賛成です。ぼくは、もう、足も棒きれです――――」
「それにしても・・・ここもだいぶ寂れていんなぁ。」
四者が会話を交わしながら、村の中を歩いていた。当面の目的地は宿屋とのことで、それらしき建物がないか辺りを見回しながら歩く。そんな中、エンペアだけは、自分の杖にしがみつきながら、やっとの思いで歩いていた。
しかし、突如として状況が一変した。村人たちが道の奥の方から走ってきていた。その表情には、悲壮感が溢れている。それを見た一行は、自分の武器に手をかけ、そして構えをとった。
「十中八九、奴らだろうな?」
「そう見るのが妥当でしょうね。」
スサノオは軽く笑みを浮かべつつ、そして、マリアはいつも通り冷静な表情のままそれに答えた。
「エンペア君は無理をなさらず。ニャ。私と一緒に、今私たちの後方に逃げていった人たちを護衛に行きましょう。あちらに黒が現れないとは限りませんので。ニャ。」
「わ、わかりました!!」
「そちらは任せましたよ!ニャ!」
チャートがエンペアへと声をかけた後、残る二人へ前方の状況を託すと、返答を聞くより早く、後方へ向きを変え行ってしまった。エンペアは、その後を必死の形相で追いかけた。
「あいよ―――――では、行きますかね!」
「承知しました!」
スサノオは、チャートが既にこの場にいないにもかかわらず、彼に対して返事をすると、続いてマリアに号令をかけ、共に、敵がいると思われる場所へと向かって走り出した。
数分と経たず、その姿を捉えることができ、そしてまさに、村人たちが襲われている最中だった。
「その人たちから、離れなさい!!」
そう言葉にしながら、村人に迫る魔手を両断し、さらに、もう片方の腕に握った剣で胴体と思われる部分を両断するマリア。黒はそのまま霧散し消えていく。
「あ、ありがとうございます。」
「いえ・・・あなたも早くお逃げください。アレにつかまっては、二度と戻ってこられませんよ。」
村人は礼の後さらに深々とお辞儀し、そして、マリアの言う通りに、すぐ逃げていった。
辺りを見渡す。黒の量こそそこまでではないが、まだ村人が避難しきれておらず、ちらほらと逃げ惑う人たちが見て取れた。スサノオは雄叫びを上げながら暴れまわっていたが、村人の近くの黒を排除しており、ただ考えなしに動き回っているわけではないことが見受けられた。
(「この程度なら、大丈夫。犠牲者なく、この場を切り抜ける!」)
心の中で意気込みを表し、マリアも敵へと疾駆する。その刹那、視界の端にそれが映った。さらに道の奥の方で、子供の女の子が転び行く様子が見えた。そして、その近くにはすでに黒が迫っていた。
「だめっ!?」
自分では間に合わない距離。声だけが無情に漏れる。だが次の瞬間、その黒の、頭部と思われる付近が吹き飛んだ。
「えっ!?」
マリアからさらに声が漏れる。もちろん、自分は何もしていない。スサノオが何かをしたわけでもなさそうだった。まず、スサノオは今の出来事に気づいていない。誰がと思った次の瞬間、別の道、建物の影になっているところから、一人の男が現れた。そして、その人は瞬く間に女の子へ駆け寄り、抱き上げた。
・
男は女の子を抱き上げると、左腕でしっかりと体を寄せた。
「このまま少し戦う。しっかりと、しがみついていろ。」
女の子は話しかけられたことに少し驚いたが、助けられたことを理解すると、男の首にしっかりとしがみついた。その時、女の子は自分の頭に何かが当たったのを感じた。
(髪の毛の中に何かある・・・これって・・・角?)
・
その様は圧巻だった。女の子を左腕に抱いたまま、それでも華麗に敵の間をすり抜けながら戦っていた。右手に携える歪な銃が放つ弾丸は的を外さず、銃身についた刃は近づく敵を両断していた。
数分の後、黒は一掃された。もともとの数が少なかったことに加え、謎の男を含むマリア達3人の戦力が圧倒的に勝っていたがゆえだった。マリアとスサノオが武器を納めるころ、男は女の子と別れ、その子と手を振りあっているところだった。
スサノオがおもむろに男に近づき、声をかける。
「よぉ。あんたのおかげで、予想より早く片付いた。礼を言わせてくれ。まぁ、それより・・・あんたも訳あり、だよな?あの黒と戦い慣れしている気がしたんだが・・・どうだ?」
マリアが近づいていく間に、スサノオは突っ込んだ質問を投げかけていた。
「そう・・・だな。訳ありと言えば、訳ありだ。あれらとも、よく戦ってはいる。その質問をするということは、あなた達も、訳ありということだな?」
マリアが合流すると同時位に、男は振り向きながらそう口にした。
長身でガタイのいい体躯。髪は女性ほどに長く、背後にはくすんだ緑色と思われる色の体毛を持つ尻尾があった。
「訳ありということなら、話しが聞きたいのだが・・・構わないか?」
男は続けて口を開き、提案を持ちかけてきた。マリアとスサノオは顔を見合わせるも、特に異論はなく、むしろ自分たちも話を聞きたいとのこともあり、その提案を受け入れることにした。
チャートたちと合流し、とりあえず宿を確保すると、その一室に一行は集まった。
「で、話しが聞きたいってことだったが・・・まずはあんたの話しを聞かせてもらってもいいか?」
話しの切り出しはスサノオからだった。彼にしてはめずらしく的を射ているとチャートが思うくらいに、皆、異論はなかった。場の空気を感じ取り、男も一つ深呼吸するとその口を開いた。
「オレは、大陸各地を回り大型の獣に困っている町や村から依頼を受け、狩猟を行うという生活をしていた。でも、一人で旅をしていたわけじゃない。オレには兄がいた。二人で旅をしていたんだ。だがある日、オレたちの前に奴らが現れた・・・」
「黒・・・ですね?」
男の説明にエンペアが割って入る。男は小さく頷くと再び話し始めた。
「黒はオレたちの前で、獣をあっさりと捕らえ地面へと引きずり込んでいった。オレたちも奴らの噂は聞いていたから、すぐに逃げる体勢をとった。一点突破を試みて、恐怖もあったが、オレと兄は何とか善戦できていた。でも・・・そこでアレが現れた。」
「?・・・アレ、とは?ニャ。」
男が言葉に詰まっていく様子に、チャートがその真意を聞き返した。
「・・・今の黒は、人型をとっているが・・・オレたちが初めて遭遇した時は、揺らめくただの棒状の姿だった。だが、その中に奴は佇んでいた。一匹だけ、馬鹿でかい獣のような図体を持ち、四肢も持ち合わせ、そして、その体躯には、同じく馬鹿でかい口だけがあった。オレはその存在に気づけなかった。兄が突然オレを突き飛ばし、オレが後ろを向いた時にはすでに、兄はそいつと黒に捕らわれていた。兄の言葉で、オレはその場をなんとか脱したが・・・兄がどこに行ってしまったかはわからない。もう手遅れなのかもしれない。でも・・・オレは兄を助けたい。その為に今、奴らを倒して回っている。だから、どんな情報でも、あるだけ今は欲しいんだ。」
話し終えると最後に「頼む。」と小さく言葉にし、深々と頭を下げた。頭を上げるように言うと、今度はマリアとエンペアがこちらの事情を話し始めた。
「そうか・・・確かに、その話から行くと、そのコメンスという男の研究室は怪しいな・・・そこへ、オレも同行させていただくことはできるか?」
状況を伝えたところで、男が同行を求めてきた。黒と関わるうえで、奴らと戦ったことがある人間の参入は喜ばしいことではあった。ふと、エンペアはマリアを見た。次にマリアはチャートへと視線を変え、最後にチャートがスサノオを凝視する。そのまま見つめ合うような形になるスサノオとチャート。
「くっ、またその顔か!?別にオレの許可なんざとらなくていいって!オレが率いているわけじゃないんだ!」
「いやぁ、何となく流れでなってしまうんですよね。ニャ。」
「そう・・・ですね。」
スサノオが大きな声を出しているのに対し、チャートは満面の笑みを浮かべつつ、そしてマリアは軽く苦笑いを浮かべつつ答えた。そしてその傍らで、一連のやり取りを見てエンペアは笑っていた。
「ったく。まぁ、そういうことだ。あんたを歓迎するよ。えぇ・・・と。まだ名前聞いてなかったな。オレはスサノオ。よろしく。」
そう言ってスサノオが片手を差し出す。その流れで、チャート、マリア、エンペアも自身の名を名乗った。
「あぁ、よろしくお願いする。オレは、バハムートだ。」
男も自分の名を明かすと、差し出された手を握り、強く握手を交わした。
会話がひと段落したところで、エンペアが気になったことを問いかけた。
「バハムートさん、ひとつお伺いしてもいいですか?」
「なんだ?何でも聞いてくれ。」
「その・・・バハムートさんは獣人族のようですが・・・何族の方なのか、いまいちわからなくて。差し支えなければ、教えていただけますか?」
エンペアの質問に、確かにと一行は思い、バハムートへと視線を向ける。バハムートは一度瞳を閉じると考えるような仕草をとる。そして、意を決したように目を開けると口を開いた。
「そうだな。もしかしたら命がけの旅路になるかもしれない。その仲間に、隠し事をしておくわけにもいかないな。」
「いえ、そんな無理に聞こうと思ったわけではないので!?」
ちょっと取り乱し、発言を撤回しようとするエンペアに、小さく首を振り、大丈夫だと言わんばかりの表情を浮かべるバハムート。
「やっぱり、この尻尾は気になるよな。自分でも思う。だけど、オレは獣人種ではないんだ。」
「それは・・・どういうことですか?ニャ。」
バハムートの言葉の意味が分からず、怪訝な顔をしながらチャートが聞き返した。
「今の世で共通の認識とされている種族から見れば、オレは未分類に該当する。それでもあえて種族的な話をするならば・・・オレは〝竜人〟。かつて人々からは〝竜人族〟と呼ばれ、今は滅びた一種族の末裔。その、混血種だ。」
そう言ってバハムートは後ろ髪をかき上げる。そこには、耳のやや上付近から延髄の方向に向かって生える角があった。
しかしその言葉を聞いても、チャートの怪訝な顔は解消されなかった。チャートはその顔をスサノオに向けるが、彼も首を傾げる動作をするだけだった。次にマリアとエンペアに顔を向けると、そこには、驚愕の表情を呈した二人の顔があった。
「竜人族の・・・末裔――――――」
エンペアから漏れる声。そして、その隣でマリアは深々と土下座の形をとっていた。
チャートとスサノオは事情がまったく分からず、言葉に詰まっていると、バハムートが静寂を破った。
「頭を上げてくれ、マリア。別にオレは、君たちに恨みを持っているわけじゃない。」
「だとしても!だとしても・・・そう、私たちが直接関わったわけではない。でも、落とし前はつけなくてはいけません。私は、聖王皇堂を代表する、聖隊の一人ですから。」
バハムートの言葉にも、いっこうに頭を上げる気配がなく、地面を向いたまま言葉を返すマリア。バハムートも少し困った表情になってきていた。蚊帳の外になっていたチャートとスサノオだったが、これでは埒が明かないと思い、意を決し、チャートが一石を投じた。
「深い事情があるのは見て取れるのですが・・・私たちにもわかるような説明を、していただいてもいいですか?ニャ。」
そこでようやく顔を上げたマリアは、バハムートへと視線を向ける。バハムートは軽く微笑むとゆっくり首を縦に振った。マリアは地面に正座のまま、ゆっくりと話し始めた。
「聖王皇堂の歴史において、大きな戦が度々ありました。しかし、大陸全土にその権力が及ぶことは、今日に至ってもまだありません。それは、節目の闘いでは、必ず強大な力に立ち塞がれたからです。」
「強大な力?」
その単語にいち早く反応を示したスサノオ。マリアは小さく頷くと、そのまま語らいを続けた。
「その強大な力とは、〝竜人族〟。彼らはいかなる時代においても、聖王皇堂の行く手を阻む時だけ表舞台に現れ、そしてそれ以外で目撃されることもなかった。聖王皇堂の記録に、竜人族に勝利したとの記述は、一つを除き、一度もありません。」
マリアの顔は、その最後の言葉を出すとき、とてもつらそうな表情をしていた。彼女の語らいに出てきた〝一つを除き〟という言葉。そこに全てが詰まっていると感じたチャートは、あえて何も言わず、ただ次の言葉を待っていた。
「衰退していた聖王皇堂が再び動き出したのは今から約100年前。その時の最初の一手が、ただでさえ歴史の表舞台に現れない竜人族を、その存在をさらに希薄にするものでした・・・・。」
「それは―――――。」
「竜人の一掃。つまり、虐殺だ。」
言葉の詰まったマリアに先を促そうとスサノオが口を開く。しかし、言葉をつなげたのはバハムートだった。
「バハムート――――。」
「ありがとう、マリア。ここは、オレが話そう。オレも、もはや聞いた話だから何が真実かはわからない。でもとりあえず、オレが聞いた話ではこうだ。今から約150年前、竜人も衰退を見せ始めていたそうだ。理由は〝王〟の不在。先代の王は、竜人の中でも伝説とされる白き体躯を持った〝真王〟と呼ばれる者だったらしい。だが当時、王は突如としてその姿を消した。それから里では、大人たちによる王の選定が始まった。内容は単純、力の示しあい。一番強いものが王の座につくというものだ。しかし、過去の王がいかに偉大であったかわからないが、そこから始まったのは不毛な王座の奪い合いだったそうだ。強き者が立ち替わり王の座につき、その度に自らの種族の数を減らしていく。そんなのが50年ほど続いたある日、それが起こったとのことだ。聖王皇堂による竜人の虐殺。竜人の里は誰も知らないはずだった。どうやってその場所を知ったかわからないが、奴らは里を襲いにやってきた。時期も竜人にとっては最悪、彼らにとっては好都合な時に。そして、大半の竜人は死に絶え、命からがら生き延びた者たちの、その末裔の一人がオレというわけだ。だからたぶん、聖王皇堂の中では竜人は滅んだことになっている。だからこその、二人のあの反応だったんだろうさ。」
バハムートが話し終えたところで、全員が一息ついた。スサノオとチャートは事情を知り、今は何もかける言葉が出てこなかった。そしてマリアとエンペアは、より苦悶の表情となっていた。
「私は・・・聖王皇堂の領土の拡げ方は、確かに武力によるところが多く、お世辞にも褒められたものではありません。ですが、貧困な町村が大陸に散在し、そして、その町村が聖王皇堂の領地となったことで、貧窮を脱しているのもまた事実です――――――戦争では多くの血が流れてしまう。だから私は、戦争で血を流すことがなくなるよう、その力を手に入れられるように、聖隊まで昇りつめました。流れた血は、元に戻ることはできない。だからせめて、これからの戦に、血は流したくない。私は、そう思って剣を抜いています・・・自分を擁護するわけではありませんが・・・いえ、ごめんなさい。私は、私自身を正当化したいだけですね。ただこれだけは・・・聖王皇堂がとった手段で、許されるものではないことも多々あるでしょう。竜人族の件も、間違いなくその一つです。その時期に、竜人族の方にどのような事が起こっていたかは関係ない。結果として、そうなってしまったのなら・・・私たちに・・・後世にいる私たちにできるのは、謝罪くらいしか―――――聖王皇堂の行いを許していただこうというわけではありません。ですがどうか、思いだけでも、受け取っていただくまで、頭を下げさせてください。」
そう言いながらマリアは、また、深々と頭を下げた。その様子を見たエンペアも、同じように頭を下げる。スサノオとチャートは、ただ黙ってその様子を見ていることしかできなかった。
どのくらい時が経ったかはわからなかった。ずいぶん長い時間そうしていたようにも感じるし、もしかしたら数秒しか経っていないのではないかとも錯覚する。そんな中、静寂を破りバハムートが席を立つ。ゆっくり歩くと、マリアとエンペアの前に立ち、しゃがみ込む。そして、二人の手にそっと自分の手を添えた。
「顔を上げてくれ、二人とも。さっきも言ったが、オレは君たちに対して恨みの感情は持ち合わせていない。聖王皇堂自体には・・・まぁ、思うことがないでもないが・・・その程度だ。二人が何かを背負い込むような事じゃない。」
バハムートの優しい言葉遣いに、二人は顔を上げる。マリアが臨んだバハムートの表情は、微笑みを含んでいた。マリアの目からは、自然と涙が一筋こぼれた。
「―――――竜人族の方は、皆滅んだのだと聞かされていました。だけど・・・もし、もしどこかで生きている方がいたならば、その時は謝罪をしなければならないと、考えていました。どんな叱責を受けようと――――――初めてお会いした竜人族の方が、あなたでよかった。」
バハムートの差し出した手を取ると、マリアは立ち上がる。次いで、エンペアにも、バハムートは同じように手を差し伸べた。二人が立つと、再びバハムートがマリアへ手を差し出してきた。
「これから、よろしくお願できるか?」
マリアは、その手を迷いなく握り返した。
「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いします。」