第4話 純白の騎士
「それにしても・・・奴らとの遭遇が増えてきていますね。ニャ。ここまでの頻度で出会うことは、いままでなかったですからね?ニャ。」
チャートが疑問を呟きながら歩く。スサノオはそれに対し、片手で果実を食べながら合槌程度に返事をした。エンペアは少し後方をお馴染みの革手帳に何かを書き込みながらついてきていた。
3人は、出会った町から数日をかけ南下し、大陸を南北で二分した中央線「聖同線」が通る街にいた。この街は規模的には大きめの都市であったが、行き交う人も少なく、活気は目に見えて薄れていた。
聞く話によれば、ここ最近この街にも黒が現れ、住人が多く消えてしまった。それが原因となり、引っ越した者が多くいるという。
「食いもんと寝床に今のところは困らないが・・・それも時間の問題かもしれないな。」
そう言いながらスサノオは、果実の最後の一口をたいらげると、芯の部分を傍らに見えたゴミ箱へと投げ捨てた。
「これも、もちろん黒の影響――――――でも、ぼくはまだあれの対処法を、何もつかめていない。」
「あなたが気に病むことではありませんよ、エンペア君。私が口を出すことでもありませんが・・・アレは異質すぎる。そんなものの生態をこの短期間で解明しろという方が、無理難題です。ニャ。」
エンペアが肩を落とし言葉にすると、すかさずチャートが励ますように声をかけた。
二人がしばらく会話を交わしていると、いつの間にか少し前を歩いていたスサノオにチャートがぶつかった。
「ちょっ!?どうしたんですかスサノオ?急に立ち止まったりして?ニャ。」
チャートは帽子を直しつつ額をさすりながら声をかける。しかし、当のスサノオは呆けたような顔で、前方を覗き込むように見ていた。
「スサノオさん?」
「ん?あぁ―――――すまねぇな。いや、なんかえらい別嬪さんが歩いて行ったもんでな。ちょっと、見呆けちまった。」
エンペアが覗き込むように声をかけると、スサノオがやっと返事をした。
「珍しいですね?あなたが女性に興味を持つなんて。ニャ。」
「あぁ。なんていうか、唯の別嬪じゃなかったからなぁ。あれは、相当できるぞ。」
チャートが目を丸くさせながら問いかけると、今度は不敵な笑みを浮かばせながらスサノオは答える。そして、その言葉に引っ掛かりを感じたエンペアも質問を投げかけた。
「できるって・・・何がですか?」
「剣だ。ものすごい剣気を感じた。両腰の帯剣もさることながら、なにより背負っていた馬鹿でかい大陸剣だな。あんな小さな体で扱えるわけがないと見た目では判断してしまいそうだが・・・あの気を感じちまったら、その剣技を見てみたくてしょうがなくなっちまうな!」
珍しく熱く、興奮気味に語るスサノオに、2人は少し気圧されていた。
「それに、甲冑部分も含めた、あの白一色の服装だな。オレの国じゃ白装束は死衣装を思い起こさせるが・・・どちらかと言えば、返り血すらも浴びずに勝利を収めるという意気込みにすら感じられるな!」
エンペアは、そのスサノオの言葉にとある人物を思い描いていた。そんなはずはないと思いながら、彼の足は既に道の先へ向かい駆けていた。
「エンペア君!どうしたんですか!?」
「ちょっ、おい!?」
2人も、エンペアの後を追い走り出した。そして道の最初の角を曲がると、この街の中心地、その広場のようなところに出た。
エンペアが少し息を切らせながら辺りを見渡すと、それほど探すこともなくその人物を見つけることができた。そして、チャートとスサノオもエンペアに追いつき、その人物を見つけた。
「おぉ、アレだ!アレ。」
「もしかして、お知り合いなのですか?エンペア君。ニャ。」
二者二様の反応を示す。エンペアは呼吸を整え一度息をのむと、チャートの質問に答えた。
「知り合い、ではありませんが・・・この大陸にいて、彼女を知らない人はほとんどいないと言っても過言ではない。あの方は、そういう方です。」
その言葉に怪訝な表情を含ませながら、チャートは先を促すように質問する。
「それは、どういう意味で、ですか?ニャ。」
「――――――――聖王皇堂、〝聖王直轄最高位戦技保有特別遊撃騎士隊〟。通称〝聖隊〟。その中で最強と謳われている剣士〝純白のマリア〟。それがあの方です。」
「たいそうな肩書だな――――それで、強いのか?」
エンペアの言葉に、スサノオは嬉々として聞いてきた。
「はい・・・・聖王率いる聖王皇堂発足から数百年。過去の繁栄から一転し、衰退していた聖王皇堂は、ここ数十年でその領土を拡大し勢いを取り戻してきています。その際に隣国との間で起きた戦争はことごとく聖王側が勝利し、その立役者となったのが〝聖隊〟だって言われています。そして、ここ数年でその勢いはさらに加速した・・・その一番の功労者が〝純白のマリア〟だって噂です。軍隊にも臆せず単騎で特攻し、圧倒的強さで敵をねじ伏せ勝利を収める。さらに、彼女の戦った跡に血は流れていないっていうのが、〝純白〟の由来の一つだと・・・・実際とある戦場では、敵味方共に死傷者なく戦闘を終えたって話も聞きました。」
「それは・・・大層なご経歴をお持ちみたいですね。ニャ。ただ・・・・」
言葉がつながらないチャートに、エンペアは視線を向ける。
「どうしました?」
「いえ・・・圧倒的な実力の持ち主であることは理解できました。ニャ。しかし、そのような話をスサノオの前でしてしまいますと―――――」
そう言って前方を指さすチャート。エンペアの話途中で移動を始めていたのではないかというくらい遥か前方、純白のマリアのすぐそばにスサノオの姿はあった。
「スサノオさん・・・どうしたんですか?」
「大方、手合わせでもしに行ったんじゃないですかね?あの人は一応、武者修行でこの大陸に渡ってきていますから。エンペア君。行きますよ。ニャ。」
エンペアはチャートに言われるがまま、その後を小走りで追いかけた。
・
「よう、〝純白〟さんとやら。一手、手合わせ願えませんかね?オレと。」
その後ろ姿に声をかけるスサノオ。女性はゆっくりとこちらを向き、スサノオと相対した。整った顔立ちに幼さを残したような表情、到底剣を扱えるようには見えない華奢な身体。噂に違わず、部分的に身に着けた甲冑まで異名通りの純白。そして、鮮やかな黄色の右目、同じく鮮やかな橙色の左目という非対称の瞳が、彼女をより神々しく魅せていた。
しかし、スサノオは彼女の見た目よりも、彼女から発せられている強い剣気が気になってしょうがなかった。
「あなたは?」
単調に質問だけを返してくる女性。
「オレはこの大陸の東にある島国から参った侍。名はスサノオという。名のある剣豪と相対し、己が修錬を高めるために旅をしている。そして今、あんたの噂を聞いた。是非、手合わせ願いたい。」
そう言って不敵な笑みを見せつつ返答するスサノオ。女性は考えるように数秒スサノオを見た後、目を閉じ、ため息を一つすると口を開いた。
「あなたがどのような噂を聞いたかは知りませんが、概ね、私が想像しているような内容で、そして、事実に相違ないものだと思います。名乗られたからには・・・・私は〝マリア〟と申します。聖王皇堂に数ある部隊の一つ、通称〝聖隊〟の末席を拝命しています。そして、あなたと戦うことはありません。」
「なに?」
口上の末、断りの文句が入ったことにスサノオは怪訝な顔をした。そしてマリアは、そのまま言葉を続けた。
「特別に理由があるわけではありません。聖隊の一人だからと言って私闘を禁じられているわけではありませんし、私自身、そういった研鑽の手合いは受けてきた方です。ですが、ここは剣を交えるような場所ではありません。それに、私も暇を持て余し、今ここにいるわけでもありません。次、また出会えるようなことがあれば、一手、お相手いたしますので、今日のところは失礼させてもらいます。では。」
そう言って踵を返そうとするマリア。しかし、スサノオは食い下がった。
「ちょいと、待ってくれよ。あんたの言い分もあるのはわかっている。だが、あんたほどの強者と戦える機会が、そう何度と訪れるとは思えない。そして、あんたと再び会えるともな・・・つまりは、あんたをその気にさせればいいわけだな?その頭の髪留め紐の一つでも奪って見せれば―――――って、あんたのそれ、耳か?」
スサノオが注目した通り、マリアの頭で二つ結われていたのは髪ではなく兎の耳であった。マリアはその言葉に敏感に反応し、再び振り向きスサノオを鋭い目つきで見る。しかし、数メートル先にいると思われたスサノオは、いつの間にか目の前まで移動してきていた。
「!?」
「兎人族だったのか。それにしても長ぇ―――――!?」
『 ガガキンッ!!! 』
マリアの耳に手を伸ばそうとしたスサノオの言葉途中で、彼はそれに応戦した。腰の二刀を抜き、応戦した体勢そのままに相手を見定める。先ほどまで手の届く距離にいたマリアはその姿を消し、自分の前方数メートル先に移動し、そして、彼女も腰の二剣を抜き、こちらを威嚇するような姿勢で構えていた。その眼光は、先ほどまで持っていた柔らかさはどこに消えたのかというほど、鋭いものになっていた。
「六閃―――――ただ飛び退いたあの一瞬の間に、これだけの数を斬りつけていくのか。こいつは、想像以上・・・・・オレより強い可能性、極大だな。それに、あの態度の変わりようは・・・獅子の尾を踏みつけた系の窮地感だな。」
構えたまま独り言を呟くスサノオ。その額には汗が滲んできていた。彼女の潜在能力を初撃から魅せつけられ、そして尚も底の見えない剣気に若干の恐怖を抱いた。しかしそれと同時、この化物とこれから戦えるという高揚感が、沸々と彼の体温を上げていっていた。
「まぁ、予期せずして理想の状況となったわけだ。それなら、楽しませてもらう!!」
その言葉と同時にスサノオは疾駆する。それに反応するようにマリアも前に出てきた。
攻防はマリアが優勢に立ち回る。しかし、スサノオもただ劣勢にあるわけではなく、隙を見ては一撃のもと斬り伏せようと刀を振るう。どちらも常に動き回り、早い展開で闘いが進む。しかし、その激しさに比例せず、剣戟音はあまり聞こえてこなかった。
マリアは常に余裕を持っているかのようにスサノオの一撃を躱し、たまに剣ではじき回避し続け、スサノオはマリアの攻撃を常にかわし続け、危うい一撃にも刀は合わせず大きく飛び退くなどして回避していた。
そのような戦闘の様相が十数分続いたところで、両者の距離がかるく離れ、若干の静寂が訪れた。すると、マリアは構えを解き姿勢を戻した。スサノオはその様子を怪訝に思いながらも、構えは解かず相手の出方を伺った。
「あなたは、なぜ剣で受けるということをしないのですか?」
「・・・・は?」
唐突な質問にスサノオは咄嗟に答えられず、ただ声だけが漏れた。しかし、マリアは先を続けた。
「今の攻防の間、私の一撃を剣ではじけば、あなたの反撃の機会は格段に増えたと思います。だけどあなたはそうしなかった。自らの体勢を崩してまで、攻撃を避けるという手段しか取りませんでした。それは、なぜですか?」
マリアの言いたいことをやっと理解したスサノオは、自分も構えを解き、その質問に答えた。
「オレの国伝来のこの刀ってやつは、その切れ味に絶大の特性をおく業物だ。刀身で攻撃を受けたりすれば刃は欠け、切れ味を落とす。それはオレたち侍にとって、命取りと言っても過言ではない。確かに、刀を消耗品ととらえ、剣戟や鍔迫り合いを好む奴だっていないわけじゃない。だが、大抵の侍にとって刀は相棒であり、腕そのものだ。絶対的信頼を置く相棒が斬れなくなった、それは命が尽きるときに相違ない。それがオレの考えだ。まぁ、オレだって戦場となれば刀で攻撃を受けることはするだろうさ。だが、一対一の立ち合いならば、可能な限り刀に無理はさせない。」
「・・・・・・。なるほど、信念をもって戦っていた。ただ、戦いたいだけの戦闘狂というわけではないのですね。」
「当然。侍の矜持は携えているつもりだ。それに、ただ刀の消耗を避けるためだけにそうしているわけでもない。最高状態の刀をもって、其の真に一体と成した一刀は、敵の武器果ては甲冑をも厭わず両断に付す。その会心の一撃を常に狙うためというのも、理由の一つだ。」
スサノオの熱い語らいに、マリアは考えを改めた。初めは、ただの戦いたがりが、純白の名前を聞き遊び半分で挑んできたのだと思ったが、彼は真剣に己の研鑽のため挑んできていた。立ち合いと彼の言葉で、それはしっかりと感じ取れた。
マリアは二剣を腰に戻した。その様子に、スサノオも二刀を納めると今度は後ろ腰に携えた大太刀に手をかけた。
「さぁ、語らいを終わりにして第二幕を始めようぜ。オレも次は力押しのできる大太刀で行く。だから、あんたもその背中の大剣を抜いてくれよ!」
「いえ、ここまでにしましょう。」
俄然勢いづいたスサノオとは対照的に、マリアは平静を取り戻し、姿勢を正し服の汚れを払いながら停戦を呼び掛けた。
「な・・・なんだよ、せっかくこれからだったのに。」
そのマリアの様子にせっかくのやる気が削がれ、スサノオも体を起こし大太刀を肩に担ぐ。その表情は、不満でいっぱいだというのが目に見えて受け取れた。
「すみません。先ほどは、我を忘れて剣を抜いてしまったに過ぎません。お恥ずかしながら、私は、自分のこの耳があまり好きではなくて・・・・賛否を問わず話題になることすら嫌で、触られるなんてもってのほか・・・・触られそうになると、たびたびあのように我を忘れてしまうことがありまして。」
「そうだったのか。それは、悪いことをしたな。すまない。」
マリアの説明に、スサノオはためらうことなく謝辞を添えて頭を下げた。
「いえ、気になさらないで下さい。もとはと言えば、そういう自分が原因ですので。でも・・・先ほどの立ち合いは、正直なところ私も楽しかったです。先ほどの理由も含め、勉強させていただくことがありました。ぜひとも、もう一度お手合わせをお願いしたいくらいです。」
「じゃぁ・・・やろうぜ!」
スサノオは勢いを取り戻したように声を上げると、大太刀を構える。しかし、マリアは首を横に振って返答した。
「いえ。この場では、終わりにしましょう。」
「また!?なんでだよ?」
再び出鼻をくじかれたスサノオは、大太刀を地面に立てそれによりかかるように立つ。全身から不服という感情があふれ出ていると思えるくらい、むくれた表情をしていた。
「この街も人が少なくなってはいますが、それでも今は白昼の往来。剣を抜くような場所ではありません。どうせならば相応しい場所で、思う存分手合わせをお願いします。私から約束させてください。今日のところは、それで。」
そう言ってマリアは軽く微笑んだ。
「・・・・わかったよ。」
スサノオは諦めたように返事をすると、大太刀を腰に納めた。その横を通りエンペアが前に出てマリアに声をかける。
「あ、あの!は、はじめまして、純白のマリア様!」
「あなたは・・・皇堂の方ですね?」
「は、はい!本都魔術士部門所属、エンペアと言います。今は、黒事調伝隊の任を承っています!」
がちがちに緊張したエンペアが、それでも一応の説明は口から出した。マリアは、その様子以前に、黒事調伝隊という単語に反応した。
「ですと・・・・あの、黒の調査をしているんですね?」
「あ、はい。こちらのスサノオさんと、あちらのチャートさんに同行していただいて、調査しながら旅をさせていただいております。」
エンペアの紹介に、一人後方にいたチャートが会釈しながら同列に並んだ。マリアは会釈に応えると、何やら思案するように腕を組み、数秒の後、口を開いた。
「すみません、少し事情が変わりました。あなた方のお話を、少しお伺いしたいのですが、いいですか?」
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近くの食事屋に入ると、マリアはエンペア達から黒についての話を聞き、そして自分も黒の調査で独自に動いていたことを語った。
「私が目指していたのはコメンスという男の研究室があった場所です。彼を捕らえに行ったのは私たちですが、その時に何らかの魔術が発動した。黒はその後から現れるようになりました。コメンスから話を聞こうにも、彼は刑務所内ですでに亡くなっており、取れる手段としては、もう一度あの場所に行くことくらいかと思いまして。」
「なるほど。確かに、その話ですとコメンスという男は怪しいですね。ニャ。その研究室があった場所というのは遠いのですか?ニャ。」
「この街から南の方へ数日行ったところにある廃村。そこに彼の研究室があります。」
話しの中で投げかけたチャートの質問に、マリアは簡潔に答え、さらに続けた。
「そこでご提案があるのですが、私に同行していただけないでしょうか?御二方の黒との戦闘経験はもちろんのこと、コメンスの研究室についた時、魔術的知識も必要になると思います。私はそちら方面は無頓着でして・・・・いかがでしょうか?」
マリアの提案に、チャートはスサノオの方を向き凝視した。
「またその顔かよ。別にもんくはねぇよ。好きに決めてくれ。」
スサノオは半ば投げやりに口を開いたが、チャートはその内容に満足したのかにこやかに笑みを見せると、再びマリアに向き直った。
「わかりました、同行いたしましょう。ニャ。エンペア君とも、南へ向かうとのことでご一緒していましたので、方角が同じならば、あなたへの同行も特に異論はありません。よろしくお願いします。ニャ。」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
そう言って、チャートとマリアは握手を交わした。
「話はひと段落付いたってことでいいか?じゃぁ、オレからもあんたに質問が一つある。あんたより強いやつってのは、何人くらいいる?」
スサノオが嬉々とした顔で質問を投げかける。その話題の投げかけの早さから、黒に関しての話しも半ばくらいにして、それを聞くことだけを考えていたようだった。
「スサノオ・・・あなたって人は。」
「そうですねぇ。私より強い人・・・・・」
呆れるように言葉が漏れたチャートをよそに、マリアはその質問に答えようと、頭の中を探っていた。
「とりあえず、一人はいますね。本気で立ち会ったことはないですけど、間違いなく、彼女は私より強いです。〝オラージュ〟は――――――」